第21話 ピンクゴールドの剣

「ほら、これ使って!」


 見知らぬ少年は爽やかな笑顔を浮かべながら、ピンクゴールドの剣を優衣に向かってポンッと投げた。


「えっ?」


 なにこの突然現れた金髪くせ毛イケメン野郎は……と、戸惑いながらも、優衣は剣の柄を器用にキャッチ。

 生まれてこの方、生の剣というものを見たこともなければ当然持つ機会も無かったのだが、なぜか手に馴染むような感覚を覚えた。


「えっと、よく分からないけどありがと──」


 少年に顔を向けたまま律儀にお礼を言おうとしたその時。


「ズネズネェェ!! シャァァァァ!!」


 隙あり、とばかりにオオネズミが優衣に向かって襲いかかる。


「ほら、来てるよ!!」

「あ、うわっ!」


 少年の声にハッとなった優衣が顔の向きを元に戻すと、すでにオオネズミは目の前まで来ていた。


「キャー!! ……なんてね~。調子に乗って襲ってきたりなんかする子はこうだよ!」


 優衣はニコッと笑いながら、少年から貰った剣を振り上げた。

 それを見たオオネズミやギョッと怯んだものの、突進した勢いを急に止めることはできず、そのまま優衣に向かっていく。

 

「えいっ!」


 優衣は、初めてとは思えないほど見事な剣攻撃を、オオネズミの体に食らわせた。


「ズネェェェェェ……ズ……ネ……」


 断末魔の叫びを上げるオオネズミの体から『11』の煙が出ると同時に、銀貨3枚に姿が変わった。


「いえーい!」


 魔物との初バトルで圧勝を収めた優衣は、右手に持ったピンクゴールドの剣を天高く掲げ、左手で作ったピースを真っ直ぐ前に突きだした。

 

 パチパチパチ。


 勝利報酬の銀貨を拾おうとした優衣の背後から、拍手の音。


「凄いねキミ!」


 優衣に剣を渡した少年は、驚き半分、感心半分といった表情を浮かべていた。

 優衣は軽やかに振り向き、


「どういたしまして!」


 と言いながらニコッと笑った。


「この剣すごいね。一発であのネズミみたいなの倒しちゃったよ! 貸してくれてありがと。ってことで、はい返す」


 優衣は剣を少年に差し出した。


「あ、えっと……良かったらその剣、キミにあげようか?」

「えっ?」

「ほら、キミって戦士志望なんだよね? 見た感じ僕とそんなに歳は変わらなそうなのに、剣術凄かったし。剣の扱いが得意じゃない僕なんかよりキミが持ってるべきじゃないかなその剣は。色合いもキミのが似合ってるし、ぶっちゃけかわい──」

「やだ! 返す!」


 少年の言葉を遮るように、優衣は剣をさらにグイッと前に差し出した。


「えっ!? いや、大丈夫だよ売りつけようとしてるわけじゃないんだから……」

「それが気持ち悪いの! そもそもあのタイミングで突然現れたのも不自然だし、タダでくれるとか怪しすぎ! まだ、売りつけようとして来る方が納得できるって感じだよ」


 優衣は毅然と言い放った。

 例えば、もしもこれが母の香織だとしたら「はい、どうも~」と言って深く考えずに受け取っていたに違いない。

 慎重さに関しては父の直樹譲りと言えるだろう。

 もっとも、少年にとっては香織パターンの方が良かったに違いない。

 優衣の口から飛び出した「気持ち悪い」の一言がメンタル的にかなり効いたようで、目を泳がせてしまっていたのだ。

 ただ、すぐに立ち直ったのか、元のキリッとした目に戻る。


「よし、それならじゃあ……友達になってよ! 恥ずかしいけど僕、同い年ぐらいの友達がほとんど居ないんだよね。だから、キミと友達になりたいなって。強いし可愛いし……。で、友達になってくれたら、お礼にその剣をあげる、ってことでどう? それなら意味なくあげるわけじゃないし──」

「は? なんで友達になるだけでお礼くれるの? そんなの友達じゃないし、気持ち悪い!」


 またしても、優衣の口から鋭利な言葉の刃が飛び出した。

 

「ぐぐぐ……」


 しょんぼりと肩を落とす少年。

 仮に、心へのダメージが数値化できるとしたら、少年の心臓から『28』ぐらいの煙が飛び出したに違いない。

 それは、優衣の口撃力が強いからか、少年の守備力が弱いのか……。

 幸い、少年の“心のHP”はそこそこあるらしく、すぐに立ち直って何か良いアイデアを思いついたように顔をパァァと輝かせた。


「よし、じゃあまず剣は返してもらうよ!」

「あ、うん」


 優衣は、ピンクゴールドの剣をそっと少年に手渡した。


「はい、返して貰った。でもさ、元々この剣、女の子っぽいカラーだし、ぶっちゃけあと2本も剣持ってるし」


 少年は腰に下げた鞘をポンと手で叩いた。

 それを見た優衣は「あっ」と声を漏らした。


「だから、もう売るか捨てるかしようかなって思ってたとこなんだ。でも、この辺に武器屋も質屋も無いし、ゴミ箱も見当たらないし、こっそりここに捨てちゃおっと」

 

 そう言って、少年はピンクゴールドの剣をポイッと地面に投げ捨てた。


「さーて、身軽になったことだし、旅の続きに戻ろっと。あー、もうその剣は僕のものじゃないし、誰が拾っても別にかまいやしないよなぁ~」


 少年はわざとらしく大声を出した。

 それを見た優衣は、


「……ははっ! そっか。それじゃ、なんかこの剣かわいいし、拾っちゃお!」


 と、その場にしゃがみ込んで剣を手に取った。

 そして、あたかもいま初めて少年の姿に気付いたていで、


「あっ、どうも。ねえ、見て見て。こんな良さげな剣拾っちゃったんだけど? ラッキー!」


 と言って、顔をクシャッとさせた。


「……プッ……ぷはっ!」


 少年は、自分の三文芝居に対して忠実に付き合ってくれた優衣の臭い芝居に対し、たまらず吹きだした。


「ふふっ、なにこれ、ははっ」


 優衣も一緒に笑い出す。

 実はこの時、近くの草むらに隠れていた魔物が飛び出すタイミングを伺っていたのだが、なぜか突然笑い始める少女と少年の姿を見て、コイツらは何かヤバそうだと感じてそっと撤退したことに、二人は全く気付いていなかった。


「なんか言い過ぎちゃってごめんね! もし良かったら、友達になってくれる?」


 今度は優衣の方からオファーを出す。


「もちろん! 僕の名前はロフニス。よろしく!」

「わたしはユイ。こちらこそよろしく! あっ、そうそう。たった今、こんな可愛らしい剣拾ったんだけど、こんな森の中にポツンと落ちてたなんて思えなくない?」

「おお、ホントだすごい! なんでこんなところに。誰かが間違って落としたのかな? だとしたら、よっぽどのマヌケ……って、いつまで続けるこれ?」

「あっ、そろそろ飽きてきたから終わりにしよっか」

「うん、僕もそう思ってたとこ」


 そう言って、二人はフフッと笑った。

 実はこの時、別の草むらに隠れていた魔物が……以下省略。


「ねえ、ロフニスはこんな所でなにしてたの? ……って、わたしが言うのもあれだけど」

「うん、たしかに」


 ロフニスは優しく笑いながら続けた。


「実は、この辺にあるはずの"小屋"を探してるんだよね」

「ふーん。その小屋に何かあるの? お宝的な?」

「いや、そういうわけじゃ……って、まあそうかもね。そこに何があるのかすら知らないんだけど」

「そっか……って、全然意味分かんない! 何があるか分からないのになんでその小屋がこの辺にあるはずだって知ってるの?」


 ユイはピンクゴールドの剣を地面の土に突き立てると、柄の部分に体重を乗せる。

 意味が分からないからこそ興味を引かれ、リラックスできる体勢でじっくり聞くために。

 

「し──家の片付けを手伝ってたらさ、宝物庫……っていうか倉庫的なところでこれを見つけたんだよね」


 少年は仕立ての良さそうな革製の白いパンツのポケットから、古びた鍵を取り出した。


「おお、なんかいかにも宝の鍵って感じ!」

「うん、実は僕もそう思ってさ、親に聞いてみたんだよね。そしたら、この鍵はこの森のどこかにある"小屋"の鍵だ、って言うから」

「なるほど。だから、“何があるのかわからない宝探し”をしてるんだ?」

「そうそう! あっ、ユイさ、もし良かったら一緒に来る? っていうか、対魔物のボディーガードになって欲しいんだけど。すげえ強かったし、さっき」

「えっ、そ、そう?」


 分かりやすく照れる優衣。

 

「うん。情け無いけどさ、はっきり言って僕より強いと思う。まっ、ユイは戦士で、僕は修行中の身だから仕方無いと言えば仕方無いんだろうけど……」

「たしかに……って、いつからわたし戦士になったの? 剣を持ったのだって生まれて初めてなのに!!」

「えっ、マジ!?」

「うん、マジマジ。あっ、ってことはめっちゃ才能あるのかな? 剣の天才的な……」

「そうかも知れないよ、ホントに。その剣でダメージ10以上出てたし」


 ユイは冗談のつもりで言ったのだが、ロフニスが思いのほか本気のトーンで返してきたもんだから、逆にちょっと恥ずかしい気持ちになっていた。

 ただ、戦士やボディーガードという響きに対しては満更でも無い様子。


「よし、じゃあ小屋探し、一緒に行こっかな。どうせ暇だし!」

「おう! それじゃ早速出発しよう!」

「おー! で、どっち方向に行けば良いの?」


 ユイは、360度ほとんど変わらない森の景色を見渡しながら訊いた。


「うーん……分かんない。逆に訊くけど、ユイはどっちにあると思う?」

「えっ、そんなの分かるわけ……あっ、なんかこっちにありそうな予感する」


 ユイは自分の家がある方向とは逆の方を指差した。

 ここまで来た道のりで小屋らしきものは全く見ていなかったので、だったらさらに先にあるんじゃないか、という極めて適当な考えから導き出した予感であった。


「うーん、そっちには無いと思うよ」

「えっ、なんで?」

「だって、僕はそっちの方から来たから」

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