第22話 小屋……?

「僕は、ここから東にずっと進んだ先にある人間の国ロフレアから来たんだ。ユイは……どうやら違う所から来たみたいだね」


 ロフニスは、Tシャツにパーカー、ショートパンツという優衣の服装を見ながら言った。

 中世ヨーロッパ風のファッションに身を包んだロフニスとは、一見して住んでいる場所が違うのは明らかだ。


「うん。わたしは、ここからちょっと行ったそっちのあたりだよ」


 優衣は、リビングのある方向を指差した。

 

「このあたり? 森の中ってこと?」

「うん。なんか知らないけど、昨日から急に家の外が森になっちゃったの。でも、玄関の方は普通なんだけど」

「……謎すぎるねそれ」


 優衣の説明が雑だということもあるが、ロフニスは何が何だかさっぱり分からず小首を傾げた。


「うーん……じゃあ、質問変更! どこからと言うか、どの国から来たの?」

「国? 日本だけど?」

「ニホン……? 聞いたこと無いなぁ……いや、ちょっと待って。ニホン、ニホン……」


 ロフニスは後ろ手を組んで空を見上げ、その場をゆっくりグルグル歩き出した。

 

「えっ、知ってるの? わたしはそのロフレアって国、ぜーんぜん知らないけど!」

「うーん、どっかで聞いたことあるような……って、ロフレア知らないの? それじゃミリゼアも?」

「うん、それも知らなーい。たぶんだけど、わたしが住んでるのと全く違う世界なんだと思うんだ、ここ」

「違う世界……?」


 ロフニスにとってわけが分からないことだらけで、彼の目に薄らとハテナマークが浮かび上がってきそうなほどだった。

 

「うん。じゃあさ、じゃあさ! みそ汁知ってるみそ汁?」

「ミソシル……? いや、ちょっと分からない」

「ほらね。じゃあ、焼きそばは?」

「ヤキソバ……それは、なに? 魔物の名前とか?」

「ぶっぶー! 焼きそばは超絶ウマい食べ物だよ! っていうか、日本に魔物とか居ないから! ……あー!!! ミスった!!!!」


 突然、優衣は焦ったように大声を上げると、両手で口を塞いだ。


「えっ? ど、どうしたの??」

「焼きそば食べたのに、歯磨かないで出てきちゃったんだよ! 絶対青のり付いてるよ青のり」


 優衣は手で口を塞いだまま、モゴモゴとロフニスの質問に答えた。

 

「アオノリ? 付いてる? ……うーん、もう何にもわかんないよ!」


 ロフニスは降参とばかりに両手を上げて首を振った。


「ふふっ。青のりは焼きそばにかかってるやつで、美味しいけど何故かもの凄い確率で歯に付くから食べた後は絶対確認しなきゃいけないの」


 優衣は、お手上げ状態のロフニスに向かって丁寧に説明してあげた。

 しかし、そもそも焼きそばの存在を知らないロフニスには焼け石に水。

 意味不明な言葉の羅列に頭がパンクしそうになっていた。


「よし! 今度、ウチくれば? ママに頼んで焼きそば作ってもらうから、実物見れば一発だよ!」

「……えっ? ユイの家に招いてくれるの? そ、それは光栄というか嬉しいというか……。ぜひ、その際は正装して伺いたいんで、正式な日取りについて決まり次第──」

「やだ、カタいよちょっと! パパには悪いけど、めっちゃフツーの家だから! そんな風に言われると誘いづらくなっちゃうよー」

「えっ!? あっ、それはダメそれは。正装とかウソだから。ジョーダンジョーダン。はっはっは」

「そっか。って、とにかく今は小屋探しだよ!」

「あっ、そうだそうだ、忘れてた。まあ、今となっては小屋なんかよりユイの家の方が気になって……」


 そんなロフニスの言葉とは相容れず、優衣の頭は小屋探しで一杯だった。


「ねえ、こっちがロフニスが住んでるとこで」


 優衣は東の方向を指差し、体を回転させながらその指をそのままつーっと逆方向に向けて、


「こっちがわたしの家の方。ってことは……その小屋がありそうなのはこっちとこっち!」


 と、優衣は左手で北、ピンクゴールドの剣を持った右手で南を差しながらロフニスの顔を見た。

 

「う、うん、まあそうだけど……こっちはやめておいた方が」


 ロフニスは、北を指す優衣の左腕に自分の手をポンと乗せて、グイッと少し力を入れて下げさせた。


「なんで?」


 シンプルな疑問をぶつける優衣。


「うん。そっち……北の方はヤバいんだよ。もうとにかくヤバいの!」


 歯切れ悪く答えるロフニス。

 普通、そういう風に言われたら余計気になって詮索したくなるところだが、優衣はあっさり、


「うん、じゃあこっち探してみよ!」


 と、南に向かって森の中を歩き始めた。

 何かの理由で敢えて詳細を伝えないようにしていることを、ロフニスの表情から感じ取ったのか、それとも単に深く考えず消去法で行き先を導き出しただけか。

 いずれにしても、その対応により優衣の危機が回避されたことは間違い無かった。

 なぜなら、直樹が出会った商人のポブロトもまた、北方面は絶対に行っちゃダメと言っていたのだから……。




 南方向。

 つまり、この異世界に転移した涼坂家のリビングから南西の辺りを、優衣とロフニスは横に並んで歩いていた。

 オオネズミを倒した場所からしばらく進んでも、しばらく同じような木々の景色が続いていたが、歩きながらずっと2人で会話をしていたので退屈とは無縁だった。

 ほぼ優衣が一方的に普段の生活だったり日本にはどんなものがあるといった話をして、ロフニスは聞き役に徹している。

 優衣にとっては当たり前の日常でも、ロフニスにとっては日本が異世界であり、その異世界の日常は驚きの連続であった。

 

「……えっ? 離れた場所に居るのに会話ができるの?」

「そうそう! 昔は線が繋がってないとダメだったみたいだけど、今はもうみんなケータイ持ってるから! って、わたしはまだ買ってもらえないんだけど……お兄ちゃんだけずるい!」


 優衣は目の前に歩斗の残像を思い浮かべると、それに向かってピンクゴールドの剣を突き刺しまくった。


「そのケータイっていうのは凄い魔法だなぁ……。あっ、ユイってお兄さんいるんだ?」

「うん。いるよ! ロフニスは?」

「いや、僕は一人っ子だよ。だから羨ましいな」

「そう? そんな大したもんじゃ無いけど……って、ん?」


 優衣は突然立ち止まり、目を細めて森の奥の方を凝視した。


「どうかした?」

「うん……いまチラッと見えたような……あっ! あそこあそこ!!」


 右斜め前の方へ、まるで指し棒の様に剣先を向ける優衣。

 ロフニスは条件反射でそっちの方向へと視線を移した。


「特に何も……あ、アレか!」

「うん! あるでしょあるでしょ!」

「あるある! よし、行ってみよう!」

「おー!!」


 二人はグッとテンションを高めながら、何かが見えた場所へと駆け足で向かった。




「あった! これがその……小屋??」


 優衣はを目の前にしてやんわりと小首を傾げた。


「うーん……小屋には見えないな」


 ロフニスはを見上げながら呟いた。

 

「だよねぇ……」


 湧き出る"しっくりこない感"に包まれた二人の目の前には、円筒形の建造物がそびえ立っていた。

 綺麗な白い色の石造りの壁には、等間隔で円い窓がはめ込まれている。

 その窓の配分からして、恐らく3階か4階建て。

 その時点で小屋という言葉のイメージとはズレがあり、円筒形の形状といい、無機質な雰囲気といい、その建造物を現す最適な言葉は……


「小屋というより塔って感じ?」


 優衣が呟いた。

 少し前に観たばかりの、ファンタジーなアニメ映画に出てきた"何とかの塔"にとても似ているように思えたからだ。

 まあ、その塔は目の前のものより何倍も大きいものだったが。


「あっ、確かにそれのがしっくりくるかも」


 ロフニスは、うんうんと頷いた。


「ねえ、あれ扉かな?」

「そうかも」


 二人は塔の1階部分にはめ込まれた木の扉のようなものへと近づいてみた。

 間近で見ると、木の板にはノブのようなものが付いており、形状的にも恐らく扉で間違いなさそうだった。

 そして、木製扉には錠前付きの鉄の鎖が巻き付いていた。


「……これだ!」


 ロフニスは、ポケットから例の鍵を取り出してみせた。


「そっか。その鍵で開けることができたら……ロフニス、早くやってやって!」

「おう! 言われるまでもないぜ!」


 ロフニスは錠前に左手を添えて、右手に持った鍵を鍵穴へと差し込んだ。

 古びた鍵はスーッと穴に吸い込まれていった。

 そして、ロフニスが鍵を回転させると、カチッと気持ちの良い解錠音が鳴り響く。


「よっしゃ!」

「ビンゴ!!」


 同時に歓声を上げた。


「入ってみようよ!」

「おう!」


 ロフニスは鎖と南京錠を扉の横にどかしてから、そっとドアノブを握った。


「じゃあ、開けるよ……?」

「うん……」


 小さな小屋ならともかく、見上げるほどの高さがある塔。

 しかも、こんな森の中にポツンとそびえ立っているという謎。

 今さらながら、二人の間に何とも言えない恐ろしげな空気が流る。

 ロフニスの手がドアノブを押すと、扉の隙間から埃の匂い、そして得体の知れない何かの気配が漂い出てきた。

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