第13話 大きな宝箱と小さな宝
異世界の森の中で息づく木々たちは、元の世界と似てるようでどこか違っている。
晴れた空の水色も、少し違う水色だし、白い雲も……雲は同じ感じ?
香織は興味津々の眼差しで周りをキョロキョロしつつ、ぴょんぴょんと飛び跳ねるふんわりボブスライムの背中を追って歩いていた。
「ホント、スラちゃんと会えてよかったぁ。私ひとりで森をうろうろしてたら絶対迷って──」
香織が呟こうとした矢先。
「イムゥ、イムゥ!」
香織を先導していたボブスライムが、ピタッとその場に立ち止まり、クルッと振り向いて何かを訴えかけるように鳴きながらぴょんぴょん跳ねた。
「あら? もしかして……」
香織はスライムの向こう側に目を向けると、地面に置かれた大きな宝箱が目に入る。
実物の宝箱を見るのは初めてだったが、ゲーム好きの香織にとってお馴染み感満載のデザインと形をしていたため、直樹の言っていた宝箱がそれだとすぐに分かった。
「あっ、でもあの人『フタが開いてる』って言ったような気がするんだけど……」
確かに、目の前の宝箱はきっちりとフタが閉じている。
まっ、風かなんかで閉まっちゃったのかもね、と香織は気にせず近寄っていく。
「イムイムゥ~」
すっかり香織に懐いたボブスライムも、ぴょんぴょん跳ねながら隣に並んで付いていく。
直樹は『宝箱の近くの地面に木の扉があって……』と言っていたが、香織の興味はそれよりも何よりも宝箱の中身に向いていた。
「ねえ、スラちゃん。この宝箱って、勝手に開けちゃってもいいのかな? もしも誰かの所有物だとしたら……って、こんなとこにポツンと置いてるわけないかな」
「イムゥ!」
「だよね! じゃ、開けちゃおっと!」
ボブスライムの言葉を理解しているか否か以前に、そもそもどんな返事が返ってこようと開ける気満々だった香織は、迷わず宝箱のフタに手を掛けた。
パカッと音をたてながら開いた宝箱の中は、一瞬何も入っていないんじゃ無いかと思ってしまうほどスッカスカだった。
「……ん? これだけ?」
香織は、下手したら自分自身が中に入ることが出来るんじゃないか、と思えるほど大きな宝箱の中に、ちょこんと置いてある小さな茶色い布袋の存在に気付いた。
あからさまにがっかりした表情を浮かべつつ、その布袋を掴んで持ち上げる。
小銭入れぐらいのサイズ感。
と言うことは、もしかしてお金とかが入ってるのかしら……と、布の上から手で揉んで中身の感触を確かめてみるが、明らかにコインでは無さそう。
「ハズレ箱だったのかなぁ……」
香織はそう呟きながら、布袋の口を開けて中を確認する。
「……おっ? おお!?」
中身を見た瞬間、香織の表情が一変した。
子どものころ、親から貰ったお年玉の入ったポチ袋の厚みが明らかに1枚分しか無く、ああ千円か……と意気消沈したのだが、いざ中身を確かめたら5千円が入っているのに気付いた時に似た表情。
「これは、今の私にはピッタリすぎるお宝──」
その時。
グラグラグラ……と、地面が大きく揺れた。
「えっ、ちょ、ちょっとなに!? 地震!?」
慌てながらも、布袋はしっかりバッグの中にしまい込んだ。
グラグラグラ……揺れはまだ続いている。
香織は咄嗟に、近くの木に生っている葉っぱに目をやった。
こんなに揺れているにもかかわらず、何故かその葉っぱ少しも動いていない。
視線を下に向けると、香織からほんの僅かしか離れていない場所に居るボブスライムは、まったく慌てる素振りを見せず佇んでいる。
「やだ、揺れてるの私だけ……」
トゥットゥルルットゥッティ~ン♪
そのタイミングで香織の携帯に着信アリ。
そして、その音に驚いたのか、
「イムイムイムゥ~!! イムゥ~!」
と、ボブスライムが甲高い鳴き声を上げながらもの凄い速さで森の奥へと走り去っ……いや、
「あっ、スラちゃん待って~! もう、こんな時に誰かしら」
バッグの中から携帯を取り出すと、画面には『直樹の携帯』と表示されていた。
「はーい。何か用? いまそれどころじゃないんだけど!」
直樹を助けに来るというそもそもの目的をすっかり忘れていた香織は、若干キレ気味で電話に出た。
『あっ、ごめん……って、そうじゃなくて。あのさ、もしかしたら香織、俺の真上に居ない?』
「えっ? どういうこと?」
直樹の言葉を受けて足下を確認した香織は、自分が土では無く木の板のようなものの上に立っていることに気がついた。
そして、電話が鳴った瞬間から例の揺れが収まってることにも。
「もしかして……」
『そうそう。何か香織っぽい声が聞こえるな、って思って、扉をグイグイ押し上げてアピールしてたんだけどね。まっ、それは良いとして、何か重たいものでも乗っかってんの? どんなに押しても全然開かないんだけど』
「ちょっと、重たいって失礼じゃない??」
『えっ!? いや、そういう意味じゃ無くて! や、やだなあもう。香織が重たいわけないじゃない。大学でミスコングランプリ取ったときと全然体型変わってないし! 新居祝いでウチに来た後輩のヤツも「奥さんめちゃくちゃ美人ですねぇ~羨ましい~」とか言ってたし……』
「えっ、そうなの? やだ照れちゃう」
香織は本当にポッと顔を赤らめた。
「やっぱアレかな? からあげも4個食べたいのをグッと我慢して3個で抑えたり、テレビでやってたヨガエクササイズみたいなの意外と続けてやったりしてるのが功を奏し──」
『うん、そうそう。そうだと思うよ! ねえ、それはそれとして。早くここから出たいんだけどさ。木の扉の上に何か置いてない?』
「うん、あるよ。宝箱。でっかいヤツ。だけど開けて見たら中はスッカスカだったんだけどね。ちっちゃい布袋がちょこんと置いてあるだけで。でもでも、それでがっかりしてたんだけど、中身が──」
『オッケー、後でじっくり聞くからそれ。とりあえずさ、その宝箱って動かせそう? それさえ無ければ外に出られると思うんだけど』
「うん、ちょっと待ってて。試してみる!」
香織は通話を続けたまま携帯をバッグの中に戻し、宝箱に両手を掛けた。
「うぅぅぅぅ」
思いきり力を込めて宝箱を押す。
さすがに、そこそこ大きいだけあってビクともしない……かと思いきや、少しずつ動き始めた。
直樹の言葉に嘘は無く、香織はどちらかというと細身の体型なのだが、負けず嫌いな性格の持ち主だった。
なおかつ褒めて伸びるタイプであり、直樹の後輩からの賛辞が背中を後押しした結果、ジリジリと少しずつ宝箱は地面を滑っていく。
『頑張れ香織~』
『にゃーん!』
バッグの中の携帯と木の扉の下、その両方から直樹とささみのエールが響く。
「んっしょ、んっしょ! もうちょい……いい!」
香織は力と気合いを両手、そして全身に込めた。
すると、お相撲さんよろしく、"宝箱乃山"を木の扉の外まで押し出し、見事勝ち星を挙げることが出来た。
そのまま自分も扉の上から離れつつ、カバンの中の携帯を取り出して結果を報告。
『おお、サンキュ香織! んじゃ、一旦切るよ』
通話が終わるや否やバタンッと木の扉が開き、汗まみれの直樹が顔を覗かせた。
「ふぅ……出た! いやぁ、焦った焦った」
「にゃーん!」
直樹に続き、ささみも階段を上って外に出た。
汗だくの主人とは違い、狭い所が好きな猫らしく、ささみは何事も無かったかのように涼しい顔をしている。
「お疲れさま~」
香織はニコッと笑って、
「ほら、これこれ」
と、宝箱を指差した。
「ああ、これか。確かにデカいな! こんなのが乗ってたら開くわけないな。っていうか、魔法の杖が入ってた宝箱とは違うよな……」
直樹は辺りを見回してみたが、元々あった空の宝箱の姿は見当たらなかった。
「何かお探し?」
夫の様子が気になり、香織は訊いみた。
「うん、さっき電話で説明した時『フタが開いてる宝箱があって……』って言ったけど、どうやら香織がどけてくれたヤツはそれとは違うみたいなんだよね」
「あっ、それね。確かに、私が見つけた時はフタも開いて無かったし」
「うーん……。俺とささみが地下ダンジョンに入った後、誰かが扉を閉めて、その上に宝箱を置いてフタを閉めたとか……って、サイズ感が全然違うんだよなぁ」
頭を捻る直樹。
「前のヤツが消えて、代わりにこの大きいヤツが生成されたんじゃない? たまたまその扉の上に。ほら、ゲームだとよくあるじゃん。しばらく経つと宝箱が生まれてたりするの」
香織は、頭の柔軟さを発揮させた仮説を提示する。
いや、でもゲームはゲームであって……なんて言葉がこの世界じゃ通用しないことは、直樹も重々承知していた。
とは言え、ダンジョン入口の扉の上に宝箱が生成されるってのはバグも良いところだな、と苦笑する直樹。
ただ結果として、妻との連携により無事脱出できた事実を踏まえると、バグではなくトラップだったという可能性もあるのかな、とも思っていた。
いずれにせよ、無事脱出できて胸をなで下ろすと同時に、腹の虫も息を吹き返しつつあった。
「とりあえず家に戻ろっか。疲れたし、腹減ったし」
「あっ、もしかして何も食べずに冒険出ちゃった感じ?」
「そうそう。いや、まさかこんなに時間食うとは思ってなかったけどね」
直樹は照れくさそうに頭をポリポリかいた。
「しょうがないなあもう。何か作ってあげるから、急いで帰ろ」
「おお、ありがてえ! って、そうだ。あのデカい宝箱の中に何か入ってたとか言ってなかった?」
「あっ、そうそう」
香織はバッグの中に押し込めた茶色い布袋を取り出した。
「それ? 中身見た?」
「うん。ほらこれ……」
香織は、広げた左手の平の上に袋の中身を出して見せた。
「これって……?」
直樹は、香織の手の上に乗っかっている小さな茶色いつぶつぶをマジマジと見つめながら訊いた。
「多分……種じゃないかな? ほら、どことなくスイカの種っぽく見えない? っていうか絶対種だよこれ。だってあんな大きい宝箱の中にこれだけが入ってたんだよ? それはもう、種しかないでしょ種しか」
「お、おうそうだな……」
妻の謎理論に戸惑いながら答える直樹。
そんな夫の反応などお構いなしに、香織の目はギラギラと野心に満ちていた。
「これをね、植えてみよっかなって。リビングの前の
と、言いながら屈託の無い笑顔を見せる香織の頭の中では、今まで見たことも無いような綺麗な花が咲き誇る光景が広がっていた。
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