第11話 レベルアップ隊と金貨
尖った頭を下にして逆さまの状態で天井に張り付いていた紫スライムは、直樹と目が合うなり大きな口でニヤリと笑い、体の力を抜くようにしてスッと落下し始めた。
「うわぁぁ!!」
上を向いたまま、大きな口を開けて叫び声を上げる直樹。
このままだと、口の中にスライムの頭が入ってしまうという大惨事。
一体どんな味がするんだろうか……なんてくだらない事を考えてる場合じゃない。
「とりゃ!」
直樹は華麗にサイドステップを踏んだ。
グキッ!
「いてっ!」
日頃の運動不足と焦りから、2、3歩横に移動しただけで左足をグネってしまう。
スー……ビチャッ。
水分量を多めに含んだ物体が地下室の固い地面に落下。
それはもちろん紫色のスライム。
数秒前まで直樹が立っていた場所にピンポイントで落ちてきた。
グネりながらも避けていなかったら直撃していただろう。
「ふぅ」
安堵のため息を……ついてる余裕など無い。
「イムイムイムゥ……イムイム……!」
天井から落ちてきた刺客はまるで先に倒された黒スライムの敵討ちとばかりに、体を右に左に揺らしたり、ブルブルと震えたりしてやる気をみなぎらせているのだ。
「ちょ、ちょっと待って! 別に悪気があってアイツを倒したわけじゃ……なんてね。申し訳ないけど、キミも銀貨に変わって貰うよ。何せ、俺にはこれがあるからな」
直樹は右手に持った魔法の杖を誇らしげに見せつけた。
しかし、紫スライムはそれを恐れることも無く、その場で上下にぴょんぴょん跳びはねて威嚇している。
なんだなんだ?
ついさっき魔法の火の玉で黒スライムを倒したのを見てるはずなのにこの余裕は……と、直樹は不気味に感じていた。
ひょっとして、黒よりも紫の方が強いってことなのか……いや、それにしたって、この杖で攻撃した場合13ほどのダメージを食らわせる事ができるんだから、少し強いぐらいであれば一発KOは十分可能なはず。
黒と紫なんて、色合いが劇的に変わってるわけじゃないし……
「にゃーん!!」
「おお、ささみ! だよな? 全然大丈夫だよな!」
同意して貰えたと勝手に喜ぶ直樹とは裏腹に、ささみはヒゲをピンと伸ばし、危機感に満ちた表情を浮かべていた。
「にゃーん、にゃーん!!」
何かを訴えかけているかのように鳴き続けるが、慢心の直樹には伝わらない。
「わかったわかった。さっさと倒すから! ほら、いくぞ!」
直樹は魔法の杖の先端を紫スライムに向けた。
「イムイムイムゥ~」
「おいおい、これから倒されるってのに余裕だなおい。でも悪いけど、後払いで買ったアイテムがたんまりあるもんでね。その返済を手伝ってもらうよ!」
すっかり慣れた手つきで、直樹は紫スライムに向かって魔法の杖を振りかざす。
すると、火の玉が……出ない!
「えっ!? ど、どうしたおい!?」
直樹は焦りまくった顔で2回、3回と魔法の杖をスライムの方に振ってみるが、一向に火の玉が出る気配が無い。
じんわりと額から汗が噴き出してきた。
「にーん! にーん!!!」
「いや、出ないんだってほら……ほら」
直樹は魔法の杖による空振りを繰り返しながら、くぐもった鳴き声に変わったささみのいる方へ顔を向ける。
「……ちょ、ちょっと待って! おい、ささみ。それまさか──」
ささみが金色のリングをくわえているのに気付いた直樹は、咄嗟に魔法の杖に目をやった。
すると、ポブロトが〈火の魔練リング〉と呼んでいた金の輪がハマっていないことに今さら気付く。
「しまった! さっきグネった時の反動で外れたのか!」
「……にゃーん!」
ささみが口を大きく開けると、くわえていたリングがカランと音を立てて床に落ちた。
直樹はすぐにそれを拾おうとした。
と、同時に、
「イムイムイムゥゥゥ!!」
紫スライムが雄叫びを上げながら、隙だらけの直樹の背中に向かって飛びかかる。
「あっ、やば……」
どう考えても、拾ったリングを杖にはめて攻撃するだけの余裕は無く、直樹の脳裏に自分自身が銀貨に変わる映像がよぎった。
だとすると俺は銀貨何枚なんだろうか……などとしょうも無いことを考えたその瞬間。
「にゃーん!!!」
ささみが全身のバネを使い、直樹の背中を飛び越えるほどの大ジャンプ!
「うわっ!」
直樹が見上げると、そこには茶色の中に白い毛が混じったささみのお腹。
まるでスロー再生してるかのように綺麗な放物線を描きながら、両前肢の爪を立てて空中を舞う。
「イムゥ!!」
「にゃーん!!」
まるで剣の達人同士が互いに走ってすれ違うように、紫スライムとささみが空中で交差する。
ささみは紫スライムの体当たりをヒョイッとかわすと同時に、爪によるひっかき攻撃を炸裂!
スライムの体から『16』の煙が飛び出した。
「イ……イムゥ……」
弱々しい言葉とともに力なく落下するスライム。
「にゃーん!!」
勝ち鬨をあげるささみがスッと地面に着地するのと同時に、チャリンと心地良い音が鳴った。
「おお! おおお! 凄いぞささみ!」
相棒の勇姿をしかと見届けていた直樹は、魔法の杖に魔練リングをはめながらヒーローの元に駆け寄った。
「にゃーん! にゃ、にゃーん!」
底抜けに愛らしい小さな勇者は尻尾をピンと立てて、ドジな仲間の
「いやしかし、どこであんな技を? ダメージ16とかこの杖の魔法を越えてるんだけど。って、銀貨銀貨……」
異世界で借金を背負った魔法使いが、チャリンと音の鳴った方へ目を向けたその時。
ズッチャ、ズッチャ。
シャン、シャン、シャン♪
ズッチャチャ、ズチャチャ。
ギュイン、ギュイン、ギュイイイイン♪
突然、どこからとも無く賑やかな音楽が近づいて来た。
「ん? な、なんだこれは!?」
直樹は驚き、周りをキョロキョロ見渡した。
すると、どこから現れたのかマーチングバンドのような男女4人組が、それぞれ小太鼓(のようなもの)やギター(のようなもの)などをかき鳴らしながら、隊列を組んで直樹の前を横切るように行進している姿があった。
新手か!?
と、直樹は一瞬焦ったが、どうも敵意があるようには見えなかった。
しかも、その4人の誰もが
コビト、とでも言うのだろうか。衣装も凝っていてまるで良く出来た人形のようだが、間違い無く生気に満ちた人間にも映り、直樹は目をパチクリさせた。
ただ、ここは日本じゃなくロフミリア。
魔法の杖を振り回し、スライムと戦ったりしてきた今となっては、それだけでは驚くほどのことでは無いのだが、単純にこのタイミングで何のために現れたのが謎すぎるが故のパチクリだった。
そして、そんな疑問などお構いなしとばかりに、小さなマーチングバンドは陽気な音楽を奏でながら、一直線にささみの方へと近づいて行く。
「ちょ、ちょっと、うちのささみに何かご用で……」
妙にかしこまった言葉を投げかけつつ、バンドメンバーに近寄る直樹。
すると、先頭のリーダーらしき女ギタリストが『ジャカジャーン♪』とギターをかき鳴らし、ささみの目の前でピタッとその場に立ち止まった。
「せーの……レベルアップおめでとう!」
「おめでとう!」
ズッチャ、ズッチャ。
シャン、シャシャシャン♪
「にゃ……にゃーん」
ささみも戸惑いながら一応ありがとう的に鳴いた。
「えっ、レベルアップ!? もしかしてあの紫スライムを倒したから!?」
輪を掛けて大きく戸惑う直樹。
その存在に気付いたリーダーのコビトギタリストが、直樹を見やる。
「我々は〈レベルアップ隊〉。勇敢な猫戦士ささみさんが今回の戦闘でレベル1からレベル2にアップしたことを祝うためにやってきた次第。ちなみにあなたはまだレベル1……ぷっ」
ズッチャ、ズッチャ。
ズコーン♪
「ああそうですか……って、いま笑ったでしょ!? って、無駄にそれに合わせた伴奏付けてるし!」
ささみに先を越されたジェラシーもあってか、大人げなく文句を付ける直樹。
レベルアップ隊のメンバーは全く意に介すること無く、足並みを揃えて回れ右し、来た時と同じように陽気な音楽をかき鳴らしながら行進し始めた。
ズッチャ、ズッチャ。
シャン、シャン、シャン♪
ズッチャチャ、ズチャチャ。
ギュイン、ギュイン、ギュイイイイン♪
「にゃっにゃ、にゃにゃにゃーん!」
リズムに合わせて、気分良く鳴いて見送るささみ。
呆然と立ち尽くし、それを羨望の眼差しで見つめる直樹。
ズッチャ、ズッチャ、ズッ……と、音楽がフェードアウトしていくと共に、レベルアップ隊の姿がスーッと消えて行った。
「ふー……。さてと、銀貨銀貨♪ ズッチャ、ズッチャ」
気持ちを切り替えるべく、何事も無かったかのように振る舞う直樹だったが、皮肉なことにレベルアップ隊のリズムが頭にこびりついてしまっている切なさよ
そんな直樹に、ちょっとした嬉しい出来事が舞い込んだ。
「よし、銀貨発見……って、1枚? なんだよ紫スライム。ささみがレベルアップしてるし、お金少なめ経験値多めタイプだったか……ん? 違う。これは……金貨だ!」
手に取ってよく見てみると、確かに銀貨とはひと味違う輝きを放っていた。
明らかに、それ1枚で銀貨4枚より価値のありそうな金色の輝き。
「やった! でかしたぞささみ!!」
直樹は満面の笑みでささみを抱きかかえると、その場でくるくる回って喜びを表した。
「よし! これでこのダンジョンクリアだよな! 帰ろう帰ろう!」
「にゃーん!」
直樹の腕の中から飛び降りたささみは、勢いよく階段に向かって走って行った。
レベル2になったからか、その足取りは軽やかで俊敏性に富んでいた。
「ちょ、ちょっと待って、待って……」
中年に片足を突っ込んでいる36歳レベル1の直樹は、先ほどグネった左足をかばいつつ、茶色い背中を追って走った。
「はぁ……はぁ……この階段、こんなに段数あったっけ……」
直樹は愚痴り愚痴り階段を上り、何とか出口近くまでたどり着いた。
「……にゃーん!」
「ん? どうかしたのか?」
とっくにたどり着いてたささみが、何かを訴えかけるような目で直樹を見上げた。
「……あっ、おかしいな。確か開けっぱなしでここに入ったよな?」
直樹は、ダンジョン入口の木の扉がきっちりと閉まっていることに気がついた。
自分の家に帰ってきたんじゃあるまいし、ダンジョンに入る時にわざわざ扉しめたりなんかするわけが無かった。
とは言え、そこまで重いものでも無かったし……と、直樹は両手で扉を押し上げようとした。
「……あれ? おかしいな……ビクともしないんだけど……」
グイッと力を込めてみるが、木の扉はビクともしない。
「にゃーん」
ささみが直樹に加勢すべく最上段に立って前肢を伸ばそうと頑張るが、如何せん背が届かない。
「うぉぉぉ! とりゃぁぁぁ! ……だ、だめだ。全然開かない! くそぉ、俺のレベルが2ならこんな扉……」
何気にまだ引きずってる感満載の言葉を直樹が吐き出したその時。
ルールルルーラララー♪
と、曲が鳴った。
「なんだなんだ、またレベルアップ隊か? なにか忘れ物でも……いや違う! 携帯だ!」
音の出所は直樹のポケットの中。
念のためにと持ってきていたスマホだった。
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