第10話 初ダンジョンで初バトル
「こ、これは……もしかして、地下ダンジョンってやつの入口か!?」
直樹は鼻息を荒げた。
マイホームに帰ろうと歩き始めた矢先、足を取られてつまずいてしまった場所。
土の下に何かが見えたので手で払ってみると、大きな正方形の木の板が姿を現した。
板には金属製の取っ手が付いており、そのすぐ上にプレートが貼り付けてある。
プレートには何か文字のようなものが書かれているのだが、直樹の目には数字の『2』以外は読み解くことが出来なかった。
そう言えば、昨晩スライムを攻撃したときに出てきた数字も、馴染みのあるものだったよな……なんてことを思い出していたが、今はそれより、この木の板の向こう側にある
木の板の縁には明らかに
「にゃん、にゃーん」
ささみも前肢で取っ手の辺りをカリカリして、入りたそうにしている。
「まあ、待て。俺だって今すぐこの扉を開けてみたいけど、何か気になるんだよな。このプレートの文字が。もし『ここは危険。絶対入るな』的な文言が書かれていたりなんかしたら……あっ、そうだ。もしかして……」
そう呟きながら、直樹はポブロトから貰った布袋の口を広げて中を確認してみた。
ありがたいことに、さっき貰った薬草や、薬草に似た違う草や、ガラス瓶などが所狭しとぎっしり詰まっていた。
いや、あとで代金を支払うことを考えたら、ありがたいどころか……いやいや、見知らぬ世界に迷い込んでる現状を踏まえたら、後払いだろうがこんだけ色々なアイテムをくれたこと自体とても助かるってもんだ。
直樹は正月に買った福袋の中身を確認するときのワクワク感を味わいつつ、お目当てを見つけ出した。
「やっぱりあった! ありがとうポブロト!」
緑色の液体が入った小瓶を高らかに掲げながら、直樹は優しき商人への感謝の言葉を口に出して言った。
そして、コルクに似た材質の栓を抜き、ためらうことなく中に入った液体をゴクゴクと喉に流し込む。
「ぷはーっ! 意外とうめぇ」
魔法を煮詰めただのなんだの言ってたもんだから、てっきり苦いんじゃないかと思っていた直樹は、意外にも栄養ドリンクに似た飲みやさに頬が緩んだ。
「にゃーん!」
「おっ、ささみも飲むか?」
直樹は、口を開けて自分の方を見上げてきた愛猫に〈翻訳魔法ポーション〉を飲ませてあげた。
「どうだ? 結構いけるだろ?」
「……にゃーん!」
ささみはピンク色の舌でペロッと口の周りを舐めながら、満足げな表情を浮かべていた。
「そういや、飲み物も何も持ってこなかったからな。次はちゃんとペットボトルを持ってくるようにしよう……って、そんなことより」
直樹は例のプレートに目を落とす。
『ランダム生成系地下ダンジョンレベル2入口』
「おお! やっぱりそうだったか!」
「にゃーん!」
「レベル2……ってどんなもんかな? 単純に数字の大きさで言ったら小さいけど、例えばそれが3段階だとしたら中級ってことだし──」
「にゃ、にゃーん!!」
「おっと、そうだなささみ。せっかく見つけたのに無視するなんて出来ないよな。それに、俺にはこの魔法の杖とポブロトから貰った大量のアイテムがあるしね。よし、じゃあ行くか!」
「にゃーん!」
ささみの同意も得られた所で、直樹は腰をかがめて扉の取っ手に手を掛けた。
「よ……いしょっと!」
ダンジョンの入口、なんて仰々しく書かれているだけに、ある程度の重さがあるんじゃないかと、直樹はなるべく重心を低くして全身の力を使い、取っ手を持って扉を持ち上げた。
結果、軽くも無く重くも無く。
直樹は、もう少し苦戦するほど重たいほうがお宝が眠ってる期待値が上がってよかったな……などと思いながらも、すんなり開いたことにとりあえずホッとしていた。
ゲームなんかじゃ、こういった扉に鍵がかかっていて中に入ることが出来なかった、というパターンも結構あるからだ。
あと、地下ダンジョンだけに、たいまつ的なアイテムが無いと暗くて中が見えない……なんて展開もありがちだが、
「おっ、明るいぞ!」
と、中から漏れる光に気付いて喜びの声をあげた。
扉を開けてすぐ目に入ったのは、明かりに照らされた階段。
「うーん……思ったより深そうだな……」
地上から見る限り、階段の終点が見えないことに多少の怖さを抱いたものの、この状態でスルーして尻尾を巻いて帰るほど臆病者では無い直樹は、怖さを警戒心に切り替えた。
「よし、行こう!」
「にゃーん!」
一歩、二歩と階段を降りる直樹の後ろをささみが付いていく。
階段は固いレンガのような質感で、横幅は人がすれ違えないぐらい狭い。
入ってすぐのあたりは頭をかがめないとぶつかってしまうぐらい天井が低く、直樹はしばらく猫背状態で階段を降りていたが、徐々に地面と天井の距離が開いていったので普通に背筋を伸ばして歩けるようになった。
壁もレンガ色で、階段と一体化して見える。
不思議なのは一定して輝き続ける明かりの源。
電球やロウソクなど光源となるものが全く見当たらないのに、地下とは思えないほどの明るさ。
「まっ、暗いよりは全然良いけど……」
と言いつつ、降りても降りても平たい地面が見えてこない状況に不安を覚え始めていた直樹は、ふと後ろを振り向く。
「にゃーん」
ちゃんと付いてきてるよー、といった顔でささみが直樹を見上げる。
「うん、いや、別に怖いとかそういうんじゃ……って、あっ! 着いたぞ!」
ふいに、階段の終わりが直樹の目に飛び込んできた。
軽い足取りで数段降りると、そこは広めの教室といった大きさの部屋……というか、広間というか。
四方をレンガ色の壁で囲まれており、床には何も置かれていない。
扉も窓も飾りも一切無い。
地上から地面を斜めに貫いていた階段は、そんな地下室の隅に繋がっていた。
「何も……無い? もしかしてハズレダンジョン?」
直樹は目を凝らしながら小声でボソッと呟いた。
煌々と輝いていた階段とは打って変わって、この部屋には地下らしい暗さがあった。
明るさに慣れた目では、向かいの壁がギリギリ見えると言った程度だが、部屋の中には敵の存在もいなければ、宝箱も何も無いじゃないか……と、がっかりしかけたその時。
「うわっ!! で、出た!!」
直樹は、部屋の中央に佇む黒いスライムの存在に気付く。
その色ゆえに見落としていたようだ。
「昨日のヤツと同じ……だよな?」
「……にゃーん」
昨日のヤツとはもちろん、いきなり草むらから飛び出し、優衣に向かって飛びかかってきた黒スライムのこと。
夜目が利く猫のささみが否定しないのであれば、そいつで間違い無いと直樹は口元を緩めた。
なぜなら、そいつをあっさり倒したのは他でもない、自分自身だったから。
「コイツ一匹か……?」
直樹は右手に持った魔法の杖の柄に左手を添えつつ、ゆっくり顔を左右に動かして部屋の中を確認する。
段々と暗さに慣れてきた目に、スライム以外の敵は映らなかった。
「それなら……先手必勝!」
直樹は魔法の杖を振り上げて、一歩二歩とスライムに近づいて行く。
昨日はあっさり倒せたとは言え、もしかしたらジャンプでの体当たり以外にも何か特殊な攻撃を持ってる可能性が無きにしも非ず。
なにかしでかしてこない内に、さっさとやっつけてしまった方が得策とみたのだ。
「ほら……一発で楽に仕留めてやるからなぁ……」
どちらかというと悪役寄りのセリフを吐きつつ、直樹は真ん丸なスライムの目を見据えながら徐々に距離を詰めていく。
その後ろを、忠犬ならぬ忠猫ささみが両サイドや後ろに目を配りながら付いていった。
そして、昨日倒したときと同じぐらいの近さに差し掛かる。
「……よし! とりゃ!」
直樹は、大人しくジッとしたままの黒スライムに向かって魔法の杖を振りかざした。
ボォッ!
という音と共に魔法の杖からオレンジ色の火の玉が飛び出した。
「出た!」
直樹の口からは喜びの声が飛び出す。
唯一不安があるとすれば、いくら杖を振っても昨日のように魔法が出ない、なんていうアクシデントが起きることだったので、ひとまず火の玉が出てくれただけでガッツポーズものだった。
そして、その玉は見事スライムに命中。
「イムゥゥゥ!!」
という叫び声をあげるスライムから『13』という数字の煙が飛び出した。
昨日はそれが何なのかさっぱり分からなかったが、今はそれがダメージだと分かっている。
しかも、ポブロトに小突かれた時のダメージが『1』だったことを考えると、この魔法の杖はなかなか実用的な武器なんじゃないか、と満足げな表情を浮かべる直樹。
チャリンッ。
スライムを撃退したことを現す勝利の音が地下室に響き渡った。
それはもちろん、報酬の銀貨が床に落ちた音。
「よし! やったぞ!」
人並みにお金が好きな直樹は、喜び勇んで銀貨の元へと駆け寄った。
「1、2、3……4! 今回4枚あるぞ! いえーい!」
銀貨を拾って大人げなく小躍りする直樹。
「にゃーん!」
やったねー、とばかりに鳴きながら直樹の元へとゆっくり歩いて行くささみ……が突然、
「にゃーん!!!! にゃにゃ!! にゃにゃ、にゃーん!!」
と、興奮気味に叫びだした。
「おいおい、急にどうした。あっ、さては銀貨が欲しいのか? 分かった分かった。今回の分は俺とささみで半分ずつ──」
「にゃーん!!!!」
直樹の言葉を遮るように強く叫ぶささみの視線は天井を向いていた。
「……ん? 上になにかあるのか……うわぁ!!!!」
ささみに習って見上げた直樹の視線に飛び込んできたのは、天井に張り付いている
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