一話 Bパート・チャプター27/マット・デイモン





 何区画かを、そのまま、ケツを前面に露出したまま走り渡ることになり、


 ごみごみしたわいざつな繁華街に飛び込んで、あがった悲鳴や揶揄やゆを無視して、つきさいて、無計画な都市計画が生み出した小路を曲がりに曲がりくねって、



 辿り着いた先は、



 先刻とはまた別の、事務所である。


 ほぼ同じようなつくりではあったが、



 ブラインドの上に、





爽健そうけん美茶びちゃ E X!』




 と、荒々しい波濤はとうを思わせる達筆の書が、額ぶちに入れられて掲げられているところから察するに、先刻の場所には戻っていないのだろう、と、



 ソファーに座らされた新しめのE.T.ことタカハシ(27)は、当たりを付ける。


 落ち着きなく、室内を見回していると、


 戸口のそばの壁にもたれて、すこし息を弾ませ、すっきりした顔をして笑みを浮かべているサキちゃんをよそに、



 モリサキが備え付けのクローゼットから、ワイシャツとスラックスを取ってよこし、



「着たまえ。わたしがむかし、アオヤマであつらえたものだ」

 


 と、笑みを向けてくるので、



 ――――――店名ですか?地名ですか?と、やたらとクリアに、つっこみが脳裏に浮かぶが、好意を前にして、わざわざ、言うのもはばかられたので、素直に、「ありがとうございます」と、謝辞を述べ、受け取って、着終えると、



「タカハシ君だが、」と、モリサキが、身の振り方を話題に上げ、「今日はここに泊まってはどうかね?」と、案を出す。



「いいんじゃないですか?」と、壁から身を離して、サキちゃんは言う。

「いいんですか?」と、タカハシ(27)は、視線を二人に、交互に向け、たずねる。



「私は構わんが、」と、モリサキが笑って言う。「どうかね?」


「もうなんか、願ったり叶ったりですけど、」と、タカハシ(27)は応じながら、ちらと、サキちゃんに首を向け、まなざしに疑念の色をうかべる。



「別に、いいんじゃないの?」と、サキちゃんは、微笑んで言い、「ここなら、代表も上にいるし。なにかあっても、っていうか来ても、 平気じゃない?」



「うえ?」と、タカハシ(27)。

「自宅があるんだ」と、モリサキが苦笑で注釈し、



「ハナシもまとまったみたいですし、」呼吸を落ち着けたらしいサキちゃんが、「それじゃあ、わたし、 今日は、もう、 帰りますね。 つかれちゃったし」と、笑って断りを入れ、



「あぁ、大役だったな」と、ねぎらうモリサキに、和やかな会釈を送り、



「じゃあね」と、冷たくもあたたかいようなちょうしで、一言置いて。



 ふらりと、磨りガラスのはまった安い扉の向こうへと、姿を消し。

 密やかに、扉が閉まり、モザイクのシルエットが、遠のいて。



「一人で大丈夫なんですか?」と、タカハシ(27)は、モリサキに訊ねている。



「あの子は強い」と、慰撫するように、モリサキが答える。胸を軽く、二度叩いて、「身体も、ここもな」と、付け加え、ふらりと、室内の冷蔵庫に寄り、扉を開けて、


「それに、たとえ身空が若い婦女子だろうと、 みな能力者だ。 束になっても、敵わんものは敵わんし、たいていのものは、あの子の足許にも及ばんよ」


 言いながら、得体の知れない―――、ラベルにタガログ語の書かれたココナッツウォーターを取り出して、軽く投げて寄越してくるので、



 おとすまいと、タカハシ(27)は手の上で踊らせながら、慌てて受け取り、「あぁ、はぁ、」と、相づちをうち、「まぁ、 さっきの、 あんなのあったばっかなんで、大丈夫なら、 いいんですけど、」と、ペットボトルを、十字架ロザリオみたいに祈るように掴んで、目をおよがせる。



「サイタマのどこでも、あのくらいの事なら、 特に繁華街では、日常茶飯なんだ、タカハシ君」と、モリサキは憐れむように応じながら、自身も水を取り出し、



 扉を閉め、息を吐いてタイを緩めながら、戸口の方へと歩み、



「まあ、今日は、 すこし、ゆっくり休みたまえ。理解に苦しむのも無理はないだろうし。むさ苦しいところだが、 あるものは好きに使っていい。冷蔵庫の中身も好きにして構わん」と、笑みを向け、



「なにかあれば上階うえにいる」と、これも言い置いて、



 ドアノブに手を掛けたところで、思い出したように、動きをとめて。



「鍵はどうする?」と、振り返り、たずねてくる。



「あぁー、じゃあ、 閉めても大丈夫ですか?」と、苦笑するタカハシ(27)。



「あぁ」と、モリサキは、うなずいて笑い。


 扉の向こうへと、姿を消して、


 傍の階段に、足音を響かせ、



 まもなく、事務所内が、深閑とし。



 タカハシ(27)は、重い腰を上げて、申し訳なくなりながら、鍵を掛けに行き、またソファーへ戻って、


 背もたれに、身体をあずけ、座の上に、足を投げ出し、ココナッツウォーターに、口をつけ。変なにおいのする仄甘さに、舌と咽喉をぬらして。


 深く息を吐き。



 頭の中で、情報や状況を整理しようとするが、上手くいかず。



 全てなくなってしまったことだけは、明々白々で。

 


 がくりと、落胆して、肩を落とし。


 気だるさに満ちた眼を、蛍光灯に向けてみるが、なににもならず。



 出口のない思案に暮れ。



 疲労から、いつしか、うつらうつらと、し始めて。



 がつん、と、つよくドアノブが回される音に驚いて目を覚ます。



 目を白黒させ、息を呑み、緊張して身をこわばらせ、腰を浮かせて間をおかず、外で手間取りながらも鍵が開錠され、


 扉が薄く、蝶つがいをきしませて開き、



 奴らか、と、



スパイアクション映画ボーン・シリーズに主役で出ているような心持ちになったのも、束の間、




「あ、ごめん。タカハシ。起きてた?」と、サキちゃんが、なにげなく顔を覗かせる。




「あぁ、」と、タカハシ(27)は苦笑して、ソファーに腰を落とし、脱力して。持ったままだったペットボトルに気づいて、ちょっと照れながら、ガラステーブルに置き、「まぁ、」と、力無く笑い返す。




 どれくらいったんだろう、と、思い立って、ブラインドに眼をむけるが、




 見られる微かな隙間は、黒いままである。




「あの、 さぁ、」と、サキちゃんは、みょうにそわそわしながら、後ろ手に、扉を閉めて、


 おもむろに室内へと、歩み出て、「おべんと、もってきたんだけど、」と、ためらいがちに、小さく口を開いて、


「はい」と、投げやりに、わざと雑に、テーブルに、なにかネコっぽい、耳の付いたキャラクターものの巾着を置いて、



 向かいのソファーに、ふんぞり返りながら腰を下ろして、足も腕も全部組んで、




「たべれば?   どうせ、タカハシのことだから、 おなか、すいてるんでしょ?」




 と、あんまりな、ヒドイ上から目線で、言い放つ。



 状況を理解する間を置いて。



「つくってきたの?」と、笑ってしまう、

自炊経験のあるタカハシ(27)。「わざわざ?」



「ちょ、ちょっとしたお礼だけど、わるい?!」と、目を合わそうとせず、サキちゃんが言う。「別にあしたの朝のぶんもいっしょにしただけだし!いらなかったら別に、わたしあとで、明日の朝とかに、べつにたべるし、いらなかったら、これ、こんなの持って帰るし、」



「いや、もらうけど、」と、答えて、包みに手を伸ばし、


「んまご!」と、サキちゃんが挙動不審になって立ち上がり掛けつつ眼をみはって声をだすが、



「孫?」と、たずねかえして、

 手を止めて視線をむけると、


 黙ってまた、そわそわ、もじもじ、 ひっこんで、座り直すので、



「『だるまさんが転んだ』してんじゃないんだから、」と、苦笑して、



 ウゥぐぅー!と、いまいましげに、唸られ、「うるさいな!食べれば?!」と、狂犬めいた調子で吠えられるが、



 ひでえ言い草、と、くつくつ笑って、無視を決め込み、



「ちょうど腹へってたよ、」と、答えながら、仕事終わりから今まで、特に固形物らしい固形物を、何も口にしていなかったことを、思い出している。



 巾着を取って、手前に寄せ、中から出てきたデズニーのまりーちゃんが描かれたランチボックスを開けると、



 整然と丁寧なつくりのサンドイッチが並んでおり、

 葉物のみずみずしさや少々のいびつさ等々から察するに、

 手づくりなのはあきらかで、


「つくったの?」と、フタをわきに置きながら、タカハシ(27)は、あらためてたずねている。



「べ、」と、いやそうにサキちゃんは口を開き、


 ちょっと考えてから、


「うん」と、弱々しく、目をふせ、うなずく。



「なんだよ、 なんか、わざわざありがとう。 おまえ良いヤツだな」微妙にそんな気はしてたけど、と、タカハシ(27)は笑って、一つ手に取り、



「お礼だか―――ん゛まが!」と、答えながら眼を上げたとたんに愕然としてまた声をあげて手を伸ばすサキちゃんを無視して、




「いただきます、」と、持ったサンドウィッチを持ち上げて軽く断りを入れ、口に運んで、パンと、ハムとチーズと、レタス、薄いトマトと、少々のマヨネーズの、味を見て、


 普段通り、そしゃくして、


「うん。  うまいよ」 うん、 と、ひとりで納得して、ちょっと表情をほころばせながら、「うまい」と、素直に言い、うなずいて、また口をつけ、


 

 なにか口許をあわあわさせる、妙にそわそわする、所在無さげなサキちゃんを見ながら、


 空腹も手伝って、早々とのみ込み、続けてもう一つ、


 なにげなく、目に付いたタマゴサンドを手に取って、



「め゛!」と、一挙手一投足を見逃さないサキちゃんが何か声をだすけれど、



「め゛!ってなに、」と、笑い返して、口に運んで、



 なにか悲鳴をあげたそうな、向かいの顔を見ながら、


 ちゃんと噛んで、味を見て、

「うん。うまいよ」うん、うまい、と、笑って、うなずきながら答えて。




「そ、そう?」そうでしょうねー?と、サキちゃんが、浮ついたこころもとない声で言い、「こんな、こ、さんどいっちですもんねー? 外しようがねー?」などと、独りでうつろにこぼしながら、じゃっかん、ほだされたのか、肘を抱いて、自分の髪を触って、また変にそわそわし始め、




「うまいうまい」と、褒めながら、かかっただろう手間の事を考えて、パンを噛んでいると、

 小石めいた物を、じゃりと奥歯がしたたかに、しかと噛み締め、動きを停めてしまう。「カラ入ってるけど、でもこれ、あ―――」




「うそ!?」と、さえぎって立ち上がるサキちゃん。



 一瞬、空気が凍り。



「えぇ?あぁ、」と、イラナイことを口走ったことに気づいたタカハシ(27)は、ちょっと視線を、泳がせて、「いや、ぜんぜん!カラとか、オレ!おいしいし、平気だし、好きなほう、」と、テンション語尾下がりに、愚にもつかないフォローを口に出してみるが、




「ちゃんと見たし!味見もしたもん!」と、すでに泣きそうな、サキちゃん。




「お、おぉ、 味見、 、 したの?」えらいなーと、微笑ましくなるタカハシ(27)。



 わずかに、間をおいて。



 うぅぐぅふぅ!と、サキちゃんが呻いて、自分からソファーに吹っ飛び、「もうやだー!」と、うじうじし始め、「せっかく仕方ないからちょっとこんながんばってしたのにぃいい!」あがあああ!げああああ!と、内なる叫びを背もたれに向かって、隠さず吐きだし、



「がんばったのか」しかたなく、と、内心で付け加えつつも、父親のような気分になる、タカハシ(27)。「すごいな!」



「い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」と、サキちゃんが、聖水でも浴びせられたあくまのように、頭を押さえてのけぞってのたうち、うつぶせにせって足を、ばたばたさせる。「や゛ぁ゛め゛ー゛て゛ぇ゛よ゛ぉ゛!」



「ありがとう」と、素直に零してタカハシ(27)は、何げなく食事を再開し。

 サンドイッチを、そのまま食べて。


「うまいよ、ほんとに」と、しみじみ、感想を口に出し。


 声に反応したのか、ぴたりと、とりつかれたような足のばたばたと、


 叫び声が止み。


 あがったままだった片足が、ぼすん、と、落ちて。




 そのまま。



 ちょっと沈黙した後。



 サキちゃんは雑に、タカハシへと、横顔を向け。




「どういたしまして!」と、




 混乱したような涙目で吠え。



 ほんの少し、時を置いて。



 盛大に、 とてもうれしそうに、 なんだったら、少し、



 いまにも泣くような調子で、笑われるので、



 馬鹿にされたような気がしたので、

 こわい三角の眼をして、はっきり、くっきり、



 照り光るハゲ、 を、 にらんで、



 すこし、 唸り。







 Bパート/了


 筆者脳内edテーマ  Aerial / fox capture plan


 ed後、おまけのCパートへ。

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