第一話 絶対落涙空間 おまけのCパート

一話 よくある話、三回目~トライ・サード・トレス・トリプル・ラーマ・ザンクロウ・ムソウケン・リザレクション・トリオ・ダッシュ・ターボ・トロイカ~



――――――――――――201X年六月×日。


 

――――――――――――日本国・埼玉・武蔵野州。


――――――――――――仰星指定隔離特区・人外魔境監視都市。



       サヤマ Its/ veracious /Sayama にて。



――――――――――――同日。 AM。 〇九二九。





 ブラインドから、陽の光の挿す事務所内で、デスクについたモリサキ・ラッシーは、静謐な空気のなかに身をおき、微かに煌めいて舞っている埃のかおりに鼻を鳴らし、ストーンズのボサノヴァ・カヴァーを聞きながら、ペンを片手に、書類に目を通している。



 昨晩泊まったタカハシは、早朝に、確認したいことがいくらかある、とのことで、朝からこちらに顔を出していた暇人のかがみ・タカギ・リョウスケに付き添われ、現在すこし、席を外している。

昼には戻る、と言っていたが。腹を空かせて帰ってくるだろう、と思われ。



 久しぶりに仕出しでも取ろうかと、思案を巡らせながら、ペン先で文面、文字列を追い、内容を把握したのち、開いたろっ骨を思わせるリングファイルに、紙を戻そうとして、



 はたりと、音楽が止み、


 唐突に、





「失礼しますよ、」と、



 室内から・・・・声を掛けられ。


 鋭く視線を上げると、



 日常的にダークスーツを纏っているモリサキ同様、



 細身のダークスーツを纏った、歳の頃なら四十に満たない、不精ヒゲを生やした、ざんばらに髪の長い、気だるげな風情の壮年の男が、緩いタイを少々気にしながら、部屋の隅の、昼日中ひるひなかかげりの中に、薄い笑いを浮かべ、佇んでおり、



 手には、オーディオのリモコンが握られていて。


 微かに首を、傾ける。





「なんのようだね?」と、紙とペンを置きながら言って、モリサキは手を組み、「ヒトのねぐらに断りも無くわざわざ入って、音楽も止めてノックも無いとは、ずいぶんでは?」強圧的に眼をすがめる。





「いえ、なぁに、ウサギの性分ですよ」と、わずかにふざけて男が口を開き、両手をあたまにやって、耳をつくり、軽くぱたぱた、動かして。棚にリモコンを戻しながら、ソファーの近くに歩み出る。「私は、まぁ、いつでも布告役ですから?そう、カリカリなさらないで、」




ブラザー・トムやつらの犬だろう?君は」冷然と遮って、モリサキは言う。




「犬じゃなくウサギですよ、ウサギ、 くろウサギ」と、臆面もなく、男―――黒ウサギは言い、影から出きろうとはせず、腹まで陽射しに照らされる位置で、足を止め。「一つ、まぁ、二、三になるかもしれませんが、お伺いしたいのですが?」




「事による」端的に、モリサキは言い放つ。長くなりそうだ、と、作業を再開し、書類を手に取り、ファイルに留め、「要件はソレだけかね?」




「はい。 いえね?」と、すこし媚びて笑いながら、「何かこちらが、とてもオモシロい拾い物をしたとかなんとかで、いまウワサもちきりなんですよ、浦和うらわのほうで」



「仰星の連中か、」と、モリサキは苦笑してしまう。「昨日の今日で耳ざといものだな」



「まあそう仰らず、」と、黒ウサギは笑みを崩さない。また少し、タイを気にしながら、「様子を見て来いと、わたしに御達しが来まして。それで。その拾い物はどちらに?ぜひ一目、」



「彼はモノではない、」ため息混じりにモリサキは言い、ファイルを畳んで、席を立ち、壁際の棚へと、戻しに行く。もとあった場所におさめなおし、「そして、東武動物公園どうぶつえんのホワイトタイガーでもない。私は、以前からだが、 君たちのそういうところがいけすかんのだ」と、嫌悪を滲ませ、吐き出して、ブラインドに歩み寄り、男に背を向ける。



 黒ウサギは苦笑する。「ずいぶんとまぁ、嫌われたもんですね、」



「好かれる要素があったかね?」と、モリサキは言い、ブラインドに指を掛け、

これといって何を見るでもなく、外をのぞく。



 十を数えるに満たないあいだ、沈黙が流れ。



「―――前世期のすえ、」


 と、穏やかに黒ウサギが口を開く。


「われわれ人類は、未曾有の災害によってその住処、人類そのものの絶対数を大幅に失いました。

 

 その災禍の規模は、約1.5世紀前・・・・・・・、世界中で国々がこぞって化石燃料を求めて争っていたことなど、霞んでしまうほどです。

 

 そのさなか――――――、きっとこれは、憐れなわれわれを見かねた、この星からの贈り物だったのでしょう、旧くは在ると仮定されていた――――――宇宙そのものを構成すると言われていた不可視の第五元素、エーテルを偶然、観測することに成功し、新たなエネルギーとして、大規模に利用するすべを編み出した。

 


 これは研鑽けんさんに研鑽を重ねた人類の叡智えいち―――科学の勝利と言っても過言ではないでしょう、 予期せぬ事態に陥り、転がりながらも、ただでは起きないのがわれわれ、ニンゲンです。技術の革新、発展は目覚ましく、特に情報分野では、従来のゴードン・ムーアの予測を遥かに上回る速度で指数的な進化・・が、いつしか我々の手を離れ、自律的・・・に、爆発的に起こりました。



 それらファクターの集積により、われわれ人類はついに、長らく架空であったはずの、別の次元や多重に重なった別の宇宙が存在することを知覚し、のみならず、包括的にそれらを観測することにこの『1Gの環境下地球上』で、成功しました。



 次なるアイン・シュタインや、

 

 落ちるリンゴを待たずして、 ね?」





「物理史や近・現代史の講師を呼んだ覚えはないが?」淡々と、モリサキが言う。





「まあそう言わず、聞いてくださいよ、」ただでさえ出番ないんですから、と、黒ウサギは自嘲して続ける。「どこにもなかったカラビ・ヤウを二次元上で無く、この地球上にあらわし、 いや、 あれは呼んだと言った方が正確かもしれない、まるで悪魔が口でも開けたような、  まぁ、呼び出した多様性の果てに向こう側なんてものはそもそもありませんでしたが、 」



 と、話しをすこし区切って、懐のポケットをまさぐり、ヴァイオリンの弦を一本取り出して、両手で広げて、もてあそび、波打たせながら、



「このヒモが産んだ理解の向こうを、人類が枠にとらわれず、ゼロの裏側を求め続けた結果、新たな手札であり切り札であるエーテルなんかすごいのによって、大規模なエネルギーを産み出し運用することに成功し、ついには、その別の宇宙へと――――――、



 発見者に敬意をもってこう呼びましょうか、el-caminoを開き、より正確に、多岐に渡る可能性の一部を幻視することもできました。



 端的に言ってしまえば、下位を包括し続ける数多のマルチ・バースは、実在していました・・・・・・。それはある種、キリスト教的な見地に基づくならば、天使や天国の階位や階層、構成、そのものの質に似ている、と、宗教学者らはこぞって口にし、ムーブメントとして上位である神の存在を赤道の南北問わずで繰り返し訴えましたが、彼等は、と、これは余談でしたね、舌がよく回るもので、申し訳ない、」




「なにが言いたい」モリサキは、ブラインドから指を離し、思案を巡らせ目をふせる。




「話を戻しましょう、 が、しかし。そこで大きな問題にわれわれ人類、 霊長類は直面することになります」



 黒ウサギは笑って、弦をくるくるまわし、新体操のリボンの真似事を、手先でする。



「従来のホモ・サピエンスの構造では、その宇宙と宇宙にパスを繋ぎ、いや、機械的、システム的に繋げ、『不安定であることを安定させ、』辿り着けたとしても、理論上、紙の上では、どう足掻いても宇宙と宇宙を、この身を持って、跨ぐことができなかったのです。



 それはとても嘆かわしい事です、せっかく見つけた、我々からすれば新しい十の十乗の一億乗・・・ソレ・・を、利用することができない。いつまた、途方もない災害に見舞われるかわかったモノではない状態です、



 最悪の未来は、いつでも眼の前にチラついています。八年前のクライシス・ヘカーテなどが良い例でしょう。知覚することが増え、できることが増えた結果、 常に、 人類は、なにかに病的に怯えるようになってしまいました。



 結局のところ群盲ぐんもうは、めしいたままだったほうが幸せだったのかもしれません。



 計算上、この宇宙には近からず遠からず、未来が無い事をすでに知ってしまっていたことも、きっと災いしていたのかもしれませんし、まぁ、 そうやって、多面的であると知覚することがそもそも、 道を通るにあたって、 不純だった。 人としてのクオリアを持ってしまうことが、事のつまづきの発端、そもそもの頓挫の原因だった、など、いったいどこの誰に、 誰が、こんなことを予想・・できたことでしょう?」




ウォント・そう、 ビー・ロング長くはない」と、モリサキは口を開いている。




「御明察です、」と、黒ウサギは手早く掌に弦を丸めて笑い、二度三度と軽く手を打ち鳴らす。「……そう、われわれ人類には頼れるあたらしいキョウダイ達、ダ・バブルガムブラザーズがいました。



 いつの間にか彼らは、我々と同じように考え、 膨大な知識を基盤として自ら発想する・・・・ようにさえなっていました。彼、と、失礼、または彼女は、アルファであってオメガでありながら、一であって、ゼロでもあり、 無であって、全であり、導くモノでありながら、閉ざすモノでもあり、産み出しながら、殺すものでもある、  おやおや、これでは親の面目丸潰れです 、種として老いに犯されたとは言え、お話しになりません。

 


 躍如としゃれ込むためには、出来の良い子供からの入れ知恵が多分にあったにせよ、




 新たな宇宙に到達し、文字通り世界を拡張して、三度・・、我々が地にソラに、満ちるために、




 我々は我々の手で、生物としての多様性を保ったまま、我々自身の進化の速度を、著しく早めねばならなかった。」




「そのためのサイタマと、かねてより存在していた―――ここでは人身御供の能力者たちだが、」と、抑揚無く、モリサキは呟いている。「いつも思うのだが、なにもかも、御都合過ぎやしないかね?」




「―――東方は大きな実験場になる、 百年以上前に生きた、精神病質の独裁者による予言です。」黒ウサギは、笑う。「奇しくも、now is the time、now or never、言葉はなんでもいいでしょう、好意的な意味合いで、いまがその時、なのでは?」



方々ほうぼうが我々に、壁の内側の人間に煮え湯を呑み続けろと言うが、いったいソレはいつまでだね?」ちらと、モリサキは背を気にする。




「さぁ?」と、黒ウサギは、たのしげに肩を竦める。「いつだって中でなにがどう煮立とうと、 坩堝るつぼは坩堝のままでしょう? 文句なら蓋を忘れた誰かに言ってください。 お伝えしましたように、わたしはいつでも、 顔の無い誰かの布告役にすぎませんので。」




「斥候がたわ言を」モリサキは吐き出している。「それで、 要件はなんだね?私にわざわざ、講義をしに来ただけか?」




「いえいえ、」と、黒ウサギは手をふって笑う。「その例のウワサの彼、 タカハシ君、 でしたか?彼の顔を拝見しに、浦和の一部から仰せつかっておりますので」




一部・・か、」と、言葉尻を逃さず、モリサキは繰り返す。



「えぇ、とても興味深い、 個人的に、」と、黒ウサギはうなずきながら、口を滑らせたことを少々、後悔し、取り繕って苦笑する。「とは言いましたが、」




「北、」と、モリサキが歯切れよく遮る。「南、 西、 東、 そして武蔵!」




「えぇ」と、黒ウサギは自身の失態に苦笑し、顔を顰める。




「浦和も一枚岩ではない。」と、横顔を見せるモリサキ。「 と、いうことだね?」




「そう、なっちゃいますかねぇ?」あぁーあぁーあぁー、と、腰に手を当て、内心あきれる黒ウサギ。「口が軽いんだからまったく、タマにきずだわ、」




「黒ウサギくんとやら、」モリサキは言って、ブラインドに顔を戻し、




 かしゃり、と、またおおげさに、外を覗いて。




「キミは、どこの浦和のものだね?」おごそかに、たずねる。




「どこでもありませんよ、ミスター。いるとするならば、

 

 布告役の黒ウサギですので、きっとどこかの公爵でしょうが、

 クレイドル・ラフィング、 モリサキ、 ラッシー・・・・さん」


 と、強調して、微かに笑う。


「繰り返しになりますけれど、 私はあくまでも、布告役ですので、」




「君に名を呼ばれる筋合いは無いはずだが?」ちらと、後ろへ眼をやるモリサキ。




 しめたな、と、黒ウサギはほくそ笑み。「そう言わないでくださいよ、ラッシーさん、僕ともどうか、仲よくしましょうよ?ねぇ? ねんごろでつーかー・・・・は、どうです? お嫌いですか?」




「私にダジャレを言わせたいのかね?」モリサキは穏やかに前を向き、後ろで手を組んで、小さく息を吐き、怒りを追い払うと、「―――彼はいま、彼のレゾンデートルを求めて、この閉じられたサイタマ世界をさ迷っている。」




「あほなOLや学生じゃないんですから、そんなもんどこでも、てきとうに見つかるでしょうに、」と、黒ウサギは苦笑する。「あぁ、じゃあ、彼にこう伝えてあげてください、 インドにでも行けば、吐いて捨てるほど見つかるんじゃないですか?って。 ウワサじゃそこには、自分ってやつがたくさん転がってるそうですよ? 行った奴はだいたい、見つけて帰ってくるらしいって評判です」




「出られぬものには酷な話だ。」温度の欠片も無く、モリサキは言う。「要件は以上か?」




「まぁ、そんなところですが、」と、黒ウサギは思案を巡らせる。




「では、帰りたまえ。」淡々と、モリサキは続ける。左手を持ち上げ、指で『 ← 』をつくり、「ドアにカギはかかっていない」と、吐き捨てる。




「私はいつでも、ドアを必要としません、 ミスター・ラッシー、」と、黒ウサギは笑う。




「名を呼ばれる筋合いは無い、 と、 言ったはずだが?」横顔を向け、睨むモリサキ。




「こわいなぁ、」と、黒ウサギは、とても気安く、肩を竦めて。「そんなんじゃ、出て行かれた・・・・・・らしい奥様も、 お怖がりになって戻ってこられないのでは?」



 はっはっは、と、モリサキは渇いた笑い声を漏らし、「黒ウサギくん。キミは、 ダジャレが好きかね?」と、朗らかに和やかに、たずねている。




 まいったな、と、黒ウサギは、笑みを浮かべて後頭部を掻きながら、「冗談ですよ、」と、口先で言い、息を吐いて。わかりやすい、嘲りを籠めて、「ミスター・ラッシー、」と、口を開いて。




 あっはっはっは、と、モリサキは判然と笑い、



 俄かに声を諌めて。



 剣呑極まりない、事務所内の空気が歪むほどの緊張を総身から発散させ、



 黒ウサギの気配を如実に感じながら、




 幾許かの、沈黙を置き、





「ラッシーさん、」と、声が響いたのを機と見て、



 能力を発動し、



「布団が―――クレイドル!!」と、声を放って、



 蹶然けつぜんと室内へ振り返り、



 音も無く、



 黒ウサギの姿かたちが消え去っている、事務所内いつもの光景を、視界・視野に入れ、



 隈なく視線を走らせ、

 


 さらに数拍、身構えたのち、




「逃げ足だけは一流だな、」と、吐き出して、




 嘆息し、怒気を追い払う。




 深閑とした室内に、屋外のけん騒が染み入ってくるのを聞きながら、デスクに掛け直し、肘を置いて手を組み、すこし、うな垂れる。



 ふかく息を、吸って吐き。



 沈思黙考に暮れたのち、



 ふと、隅に伏せてある写真立ての存在を思いだし、



 何気なく、手を伸ばし、立てると、そこには。



 自身の元を離れて行った妻の笑顔――――――ではなく、




 かねてよりファンである沢田研二氏ジュリーの、I am Iの頃の、純白のタキシードに身を包んでお茶の間に指を差す、車のCM映像を、ジャストのところでキャプチャーして切り出して印刷し、わざわざラミネートで加工した、お手製の、ブロマイドである。




「ジュリー、」と、モリサキは語りかけるが、




 写真立ての中の若いジュリーは、当然ながら、何も言わず。



 いつもの洒落た、粋であでやかな笑顔を浮かべるだけで。





「私を導いてくれ」





 続けて吐き出された沈痛な祈りの言葉は、事務所内に、溶けて消える、ばかりである。






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