一話 Bパート・チャプター26/地肌、いい感じ



 あどみー君は痙攣して、ボディーを可変させ、形態を元通りに戻し、



 漂う人々の哄笑の隙間に、駆動音を響かせ、



 不意に、



 ぴたりと、動きを停めて。アイセンサーを、夜空に向けて。

 


 束の間、沈黙し。



『モリサキ・ラッシーさん、』と、声を放ち、地に眼をもどす。『あなたの行いはたいへん反社会的ですが、しかし、われわれに許容されました』




「われわれ―――、 ブラザー・トムにか?」と、足を止め、モリサキは言う。




『詳細はふせます。』と、あどみー君。『ただ、たいへん貴重だった、とだけ、お伝えいたしますね。』




「舐められたものだな」と、モリサキは笑う。




『いいえ、』と、明るく言ってあどみー君はかぶりを振る。『われわれは、あなたがたを、ココロノソコから、尊敬しています』





「ずいぶんと浅いセリフだ」と、モリサキは口許をゆがめ、さらに半歩を、踏み出して。「無いものを在るように振る舞う、それは詐欺師の常套手段だ。 君の飼い主、いいや、君から君たちに・・・・・・・伝えたまえ!あどみー君! わたし達は、いつでもここサイタマにいると!」



『ははっ、』と、機械的に愛想笑いをする、あどみー君。『モリサキ・ラッシーさん、それはとてもおもしろいジョークですね』




「得意分野だ、」と、モリサキが口許に笑みを浮かべ、




 サキちゃんがあどみー君を冷然と眺め、




 タカハシ(27)は、溜息を吐いて。手慰みに、タバコを吸いたい気分だったが、手持ちがないため、我慢して、うな垂れかけ、



 辺りをつんざく、サイレンと、車輪の軋む、甲高い音を聞く。



 眼を上げて音源を探れば、




 車道の向こう、曲がり角に、数台の装甲車に先導される緊急車両が、警報をけたたましく鳴らして、赤色灯を回転させ、道を塞ぐ車を、邪険にとも取れるように押し退け、容赦なくつっこんでくる様子が見て取れ、




「引き時だな!」と、モリサキが振り返り、笑って吠え、「あどみー君!」と、再び声を張る。「来るならきたまえ!このモリサキの率いるセブンネイション・アーミーズは、逃げも隠れもしない!」




『把握済みです』と、あどみー君は声をだす。下を向いて、首を振りながら、『多少ハタ迷惑なだけのあなたがたに固執するメリットが、現状、われわれには、まったく、ありません、ざんねんながら』と、わざわざ落ち込んで見せて、



「・・・・・・メリット?!」と、モリサキは復唱し、思案を巡らせて、「シャンプーか?!」


「代表!ちょっと!」と、失笑しながら怒るサキちゃん。「いい加減にしてください!なんでも言えばいいってもんじゃないですから!」




「すまない、サキ君!」と、モリサキは言い、ちらと、タカハシに振り返って眼をむけ、「さぁ、ランデブーと行こうか!」と、うなずいて見せ、




「えっ?!」と、あからさまに驚いて嫌そうな顔をする様は、気遣わず、




「さらばだ!」と、声を張り上げ、マントでもひるがえすような、おおげさな身ぶり手ぶりで、振り返り、迅速にタカハシに駆け寄って、予備動作無しで肩に担ぎあげ、「サキ君!」と、促して、




「ラァジャッ!」と、サキちゃんが、のりのりでリズミカルに親指を立てて力強く答え、




「おはぁ?!ちょっと!」と、強制的にケツを丸出しにさせられるタカハシ(27)は抗議の声を挙げて身じろいでみるが、がっちり掴まれているため、妙に大きな背中を叩くくらいしかできず、あたまを上げて、車道に顔を向ければ、



 車列が歩道に乗り上げて停まり、ばらばらと、軍靴の音を響かせて、スマイオと思しき武装した連中が大挙して降車し、倒れている人々にむかっているところで、




 あどみー君と呼ばれていたロボットだけは、微動せずに、こちらを観察し続けており、




『タカハシ・おさむさん、どうか、有意義な時間を。 またお会いしましょう』と、愛らしいと思われる・・・・、プログラムされた声を、喧騒や飛び交う怒号の内に発して、テイザーの付いた凶暴な腕を持ち上げて、左右に振り、



 早々に、



 無関心に、キャタピラを回転させ、背を向け、足許や近くの人々にアイセンサーを向ける、



 その姿を認めおえる前に、視界が揺れ始め、





 駆け出したのだと気づいたのは、尻に風を感じ、背中を冷やされ、視界に収まっていた騒然とする通りの様子が、遠退いてからである。





「もう!ちょっ、と!なんとかならないんですか?!ちょっとぉ!」と、タカハシ(27)は上体を持ち上げ、モリサキにたずねている。




「ハハ! ならん!」と、愉しそうにモリサキが言い。「舌を噛むぞ?」




「おと、な、しくっ!」と、かたわらをぎりぎり追いついて走るサキちゃんが、鋭い視線を向け、絶え絶えに注意をし、




 ケージから抜け出そうとするバカ犬やアホハムスターのような姿勢のタカハシ(27)は、止むを得ず、言葉に従って、仕方なく力を抜き、



 なされるがまま、他人の肩口で、がくんがくん揺れる事にして。



 自動二輪車にでも乗っているように、流れて消える地面を見つめ。



 つと、手を持ち上げて、変わり映えの無い掌をながめ、



 聴こえないのをいいことに、溜息を吐いて、がくりと、弛緩し、時間をつぶす。



 ほんとに妙な事になった、と、ハゲた頭の中で呟くが、



 解は、得られない。



 得られそうも、ない。




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