一話 Bパート・チャプター24/ヒーローの条件(三種盛り合わせ、辛子入り)




 騒然と動揺が走って、一同一斉に、注意と銃口をそちら―――声が轟いたと思われる、近くの信号機の上へと、向けて、不穏な眼差しを注いで。




 ロマンスグレーの髪をオールバックにした、ダークスーツの老紳士が、ビル街の、月の無い夜を背景に、広がる朧げな灯りの中に浮かび、洒落た風情で髪を撫でつけながら敢然と、排ガスに汚れた風を浴びて、背に重心を置いて、身をわざわざ斜にかたむけ、ポーズキメキメで佇んで、地を見下ろす姿があり、



 みな一様に、そのありさまを認めて。



 まもなく、腕を振りながらその身がおおげさに屈められたかと、思えば。



「トォウッ!」と、あからさまに、絵にかいたような声を発し、



 信号機を盛大にばいんっばいんに揺らして、ソラに身をおどらせ、



 跳躍し、



 水泳の飛び込みを思わせるほど、アクロバティックに、旋転、回転、宙返りし、



 タカハシの前に音も無く、清寧ささえ纏って、着地し、



 委細合切が凝然と、意識ごと固着する間をおいて。



 ゆるやかに立ち上がって、スマイオに半身、振りむきながら、


 横顔を見せ。


「無事かね?」


 と、片眉を上げ、口許をゆがめる、




 セブンネイション・アーミーズ、代表、




 モリサキ・ラッシーに、




「・・・・・・一回あそこ、登ったんですか?」と、呆気にとられながら、静かに怯えて不安げに訊ねている、タカハシ(27)。



「フン!」と、モリサキが、褒められたと勘違いしたのか、鼻を鳴らして、得意げに、眉を動かし、



「タカハシ、」と、サキちゃんが口を開くので、


 視線をやれば、




 やめてあげて、



 と、言わんばかりに表情を歪めて、祈りねがうように、視線をさ迷わせ首を小さく小さく左右に振るので、



 あ、あぁ、と、無言のうちに、首肯で気づかいを酌んで応じることにして、


「あの、モリサキさん、」と、うかがいがちに、口を開く、タカハシ(27)。



「サキ君!」と、関せず笑んだまま口を開く、モリサキ。「ここまで、よくがんばったな!」



「あ、は、はい!」と、あせって笑って、サキちゃんがうなずく。



「そして、 タカハシ君!」と、モリサキは言いながら、姿の変わってしまったタカハシへと、振り返り、ちらと、車道のそばで蹲って泣いている履行部隊の男に冷然とした眼をむけ、続けて、


 遠巻きの野次馬たちへと首を巡らせ、


 もろもろ全てを。



 鋭利な流し目で睥睨へいげいし、



 視線を、戻して。




「よく耐えたな」と、笑みを浮かべ直して、優握ゆうあくに、ちからづよく、うなずき。確と、肩を叩いて。掴み。




「ぁ、」と、タカハシ(27)は声を発し、目をふせ、路面に泳がせて、「ぃぇ、オレは、 別に、気にしないっつーか、」はは、と、頬を苦笑にゆがめて、吐き出していると、


 ふと、視界が、水に濡れて、歪み。



 泣きそうになっていることに、気づいてしまう。



 それはひとえに。


やけに沁みた、





 変人ヒトの優しさが、とてもあたたかであったためである。






「六月とはいえ、 夜はまだ少し、冷える時もあるだろう、」と、笑みを諌めず、洒脱にモリサキは言いながら、スーツの上着のボタンをはずして、流麗に脱いだものを、前掛け然と、タカハシに投げて掛け、受け取ったのを見届けると、スマイオらに振り返り、



 シャツの袖を、肘にまくり、老体と思えぬ、無尽に血管の走った、張りのある太い腕を見せながら、



「そこで見ていたまえ」



 と、逞しくも隆々とした背を向けて、やさしく語り、



 返事を待たず、



 総身に膂力を充溢させ、集団へと、典雅に強い一歩を踏み出し、




「諸君! 傾聴して頂きたい! すまないが、 わたしは今日! 諸君らが、今! 無体無碍むたいむげにも取り囲んでいる、ここにいる彼と! 粗悪な安いジンを呑む、という、約束をかわしている!」



 と、もたげた片手で軽やかに後ろを示し、声を張り上げ、啖呵を切る。



ゆえに、 私に断りも無く! 彼を! このわたしの友人を嘲弄ちょうろうし! 手前勝手に連れてかれては困るのだ!」



 水を打ったように辺りが静まりかえって、車両の通り過ぎる音だけが判然と響き、




『ランキング・アンダーフィフティー、クレイドル・ラフィング、モリサキ・ラッシーさん、』と、あどみー君が音を出す。『今のご自分のおこないが、いかに反社会的か、ごぞんじですか?』




「社会!」と、モリサキは、舞台俳優のように諸手を広げ、意志を滲ませ、叫ぶ。「異物とみなした無辜むこの者を取り囲み、あまつさえ!蔑み! 銃口を向けることが! あどみー君! キミたちの言う社会と!その在り方だとでも言うのか!?」



『――――――一定の社会秩序、そのモノの統制に、装置としての暴力は必要不可欠なのです、モリサキ・ラッシーさん。特にここ、サイタマにいたっては、尚のこと、必要なのです』と、あどみー君は、話しのレベルを二~三段階上げる。『そのための、スマイオ信徒、そのためのブラザーズ宗教、そのための、ブラザー・トム・エロースです。地域・座標としてミクロな、ボックス単位での平和の積み重ねこそが、やがてきたる大きな平和につながる、ということを、どうか、ご理解していただき、推し測って、ご尽力・ご協力、していただけませんか?』




 モリサキは、くつくつ笑っている。「ヒトは、あどみー君、 何時の世も愚かだ!」




『ご存知でしたか、』と、あかるく、あどみー君。『われわれは、ソレを特別オカシイことだとは考えていません。常態である、と仮定・理解し、クラウド上に保全され、共有、共存する先験的認識ア・プリオリとして、その愚かしさに起因する大小をふくめた消費行動・・・・、累積した情報の積み重ねと集合、それら事態は、特筆すべきことでなく、関連すべき事柄ではない、と定めているために、殊更、その愚かしさを、 異常である、 と、認知していません。ですので、』



「愚かであるが、 ゆえに! その愚かしさを! 共に感じ! 理解できるが、 ゆえに!」話しをさえぎってモリサキは、右手を振り、笑って吼える。「私は今日! 彼と!粗悪なジンを酌み交わさねば! ならない・・・・! たとえそのが、 あどみー君!キミたちにとっての、 耐え難いであったとしてもだ!」




『ものわかりのわるい』と、大げさにかぶりを振る、あどみー君。




「結構!」と、モリサキは笑う。


 そして笑ったまま、さらに一歩を、踏み出して。




『判断中止・発砲を許可、兵器使用・自由』と、あどみー君が音を発して、



 自ら率先して、トリガーハッピー乱射魔になり、



 スマイオの隊員らが後に続いて、引き金を弾き、ポンプアクションで、次弾を装填し、




 迫る無数の弾丸に、モリサキは、拳を構え。


 瞠目し。口許を、狂猛々悪に、歪めて。


 獣然と、牙列を覗かせ。



 咽喉笛で咆哮し。



 身を沈め、


 初弾に拳をかさね、二弾三弾四弾五弾六弾七弾八弾九弾と続けて叩き返し弾き上げ十弾十一弾十二弾とを路面に撲り伏せ目前に迫った十三弾目を、



 掴み、走った電撃を、意に介さず、



 握り潰し、持ち上げて、手を離し、


 地に転がる、音を聞き、


 続いて斉射されていた第二弾の砲火を、



 袈裟懸けに振った右手で往なしその場で身を躍らせ威力のままに、流し、散らして、弾のとんだ先の野次馬から悲鳴が挙がり、運悪く通りがかったワゴン車のドアが凹み、甲高いブレーキ音が響き、ハンドル操作を誤ったのか車線をはみ出し、前の車両に間に合わず、テールゲートに衝突し、カマを掘る衝撃が、路上の空気に伝播し、躁狂する声があちこちから轟いて、狂乱の気配が漂い、



 無力化が終了して。



 煙の上がる腕を、鋭く地と水平に振って、纏わる靄を追いやらい、


 獰悪に眉根を寄せ、口許を歪めて。



「終わりかね?」



 と、静かに訊ねる。




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