一話 Bパート・チャプター20/ロード・トゥ・パーディション




「おぉほぉ?ついにやる気になったか!」と、好戦的にYOSHIKIが笑って、右腕を持ち上げ、じわりと、拳を握り、反応・励起して、背で、火柱が幾本か立ち上がって、幾何学的な紋様を波打ちながら形成し、空気を、大気を焦がし始める。「いいぞぉ、タカハシ!とかいうやつ! オジサンとうとう全力だしちゃうぞォ?!」




「どうする?」と、タカハシ(27)は声のトーンを落として、サキちゃんに訊ねている。



「なんでもいい、なにか、あいつの姿が映るものをさ―――がして!」と、みなまで答えが返らぬうちに。





「ズアアァ!」と、YOSHIKIが口許を歪めてたける。





 不意に場へと発散された怒気に、



 は?と、二人そろって、ぎもんをいだいて。



 なにアイツきも、ひとりで急に、と、思慮がめぐり。



 ハゲに意識を集中した、直後。



 足下、路面が赤く、暖色に輝いて。




 大気が揺らぎ、にわかにアスファルトが柔らかく、変形・胞状に膨張し、



 六感に衝き動かされたタカハシ(27)は全力でサキちゃんに肩口からぶつかり、掬い上げるような体当たりに似た突き飛ばしを、胸元に見舞って、




「え?」と、




 宙に浮きながら発された、あどけなくもなにげない声を聴き。




 サキちゃんは、突然の無重力の中で、


 タカハシの、驚きに満ちみちた、


 無様ぶざまにも無体むたいな、へんな顔を見て。



 にげろ、と、その口が動きおえるより、僅かに早く、速く、迅く、するどく。




 極大の炎の柱が地より噴き上がりタカハシの全てを呑みこみ、包み込み、大きな彗星でも差し出されたようなあかるさが街路に満ちて、その強さ、勢力を増し、迸ったほむらの内の、影も形も輪郭も、黒く悶えたかと思えば、間も無く、見えなくなって、臭素すら跡形なく焼き焦がし、何もかもが判別不能となって、光りに呑み込まれ、消え去り、



 YOSHIKIの高笑いが木霊して、




 サキちゃんは、背から地面に落ち、転がった後、条件反射で受け身を取り、


 力が抜けて、しりもちをついている。



 轟然と噴出し、噴火し続ける、炎熱の柱を、まばたきすら忘れて、瞳に映している。




「たか、はし?」と。熱に照らされ、燃える様を見ながら。


 いつしか。声を、はなっている。

 



「マッドネス・ペールトーン・アーガイル」と、YOSHIKIがテンションを抑えて、言う。「マッドネス・ペールトーン・アーガイル!」と、大事なことらしいので、おおきなこえで二度繰り返し、


「マッドネス・ペールトーン・アーガイル!」と、三度目は、


 かん高い耳のきんきんするデスボイスで言い。




 より、焔が激しさを増して。




「タカハシ!」と、サキちゃんは必死に半泣きで、身をのり出し、叫んでいる。


 ひっく、と、しゃくりあげ、「たかはしぃ、」と、口や声を、わなわなさせて。




 YOSHIKIが破顔はがん哄笑こうしょうし。




 二十秒に満たないほどの、間ののち。



 はたと、炎が。 急激に、筋状に止み。









  あとにのこった、ものは――――――、










   ――――――ワタという、ワタ、










  カワという、カワ、









 布という布、



 綿めんという綿めん

 

 ナイロンというナイロン、ポリエステルというポリエステル、プラスティックというプラスティックを焼失して、身にまとっていたはずの、ありとあらゆる繊維、備品、衣服を、まるごとうしない、



 あまつさえ、



 頭髪という頭髪、産毛という産毛、ムダ毛というムダ毛をちぢれさせ、ただれさせ、炭化たんかさせ、



 ふと、そよ吹くかぜにはらりと薙がれて、はらわれて、



 ちりあくた灰燼かいじんに、かえして、




 おまたにある、



 大人でもなければ、 また、 子供でもない、




 ほどほどにおおきな、


       タカハシのタカハシを、




 不意に吹き荒んだ熱風によってかすかにぶらりともてあそばさせている、



 ――――――文字通り、


 産まれたままのすがたの、



 現状・北半球一の毛無し、


 ミスター・フルモンティ、


 ネイキッド・タカハシ(27)の、



 どこか、映画・『ショーシャンクの空に』のジャケ写を想起させる、


 勇ましくもひどくはかない、


 見るものの胸をつよく打つ、


 肌をすこしすすけさせて、


 ソコここから白煙を上げる、


 フィギュアスケートの妙技・イナバウアーに似た、



 全裸のたち姿、たたずまいだけである。




 サキちゃんは、ひゅっと息を吸って、つよく呑みこみ。

 呼吸を止め。



 タカハシのタカハシを、



 みひらいたつぶらな二つの瞳に、


 しかと、映すつもりもなく、うつして。


 注視ちゅうしし。



「おとぉーさんのとちがう!」と、こんらんしきって声をはっている。「おと、 おとうさんのとちがう!」いやああああああああああああああああああ!と、悲鳴が挙がり、


 



 女子高生の躁狂そうきょうする声を聴きながら、





 YOSHIKIは、いつしか笑い声をいさめて、表情を、怪訝にみちたモノに変化させ。




「ヒクわ、」と、一言こぼしている。「ないわおまえ、」ないないないないない、と、独りごちて、興ざめしながら、わしわし後頭部を掻き、




 タカハシ(27)は、身体中を、痙攣させ。ちょっと飛んでいた意識を取り戻し、あちこち、痛いのか、寒いのか、熱いのかも、判然としないながら、



 身体を起こして、うな垂れて、またプルプル震え、拳を握り固めて。



 ヒクわ、と、数秒前に言われたことを、思い出して。


 ツラを上げ、


 はんにゃの形相で、




「・・・・・・おめえにだけは言われたくねえよこのハゲェッ!」と、テンション語尾上がりで、明瞭・明確・つまびらかに、言い返している。「なにが、 なにが 『ヒクわ、』 だ!ハゲ!クソ!ハゲ! この、 ハゲェェエエエエエエエ!」



「・・・・・・はぁ?」と、YOSHIKIが、半笑いで応じる。




 タカハシ(27)の怒りは、留まることを知らない。髪が無いので、天をけは、しなかったけれど、だんだん身体がほてってくるので、あちこち触れて、確かめて、目立った傷が無い事を確認しながら、


 自分の身体を、あらためて、ながめ見て。



 この段になって、やっと、全裸であることに気が付いて。



 頭の中のメーターが、瞬間的に、振り切れて。「あっは、」と、事態について行けず、笑ってしまっている。「なんもねえ、マジで、 なんもねえの、おれ、 あっは、」



「ヒクわ、」と、YOSHIKIが再び、かすかに苦笑する。



 即座に、「おめえにヒクとか言う権利ねえからこのハゲ!」と、超反応でつっこみをいれる、



 覚醒したタカハシ(27)。




「はぁ?」と、YOSHIKIが笑いながら、「ハゲにハゲって、 ハゲにハゲとかオレ言われたくないんですけどー?!」と、視線を泳がせ、顔をそむけて肘を抱く、




 ――――――その、きわめて微細な、変化。



 女子か、と、



 もろびとがつっこみたくなるような、その、



 姿を。




 放心してあっけにとられていたサキちゃんは、めんくらった『タカハシのタカハシ』による衝撃から、どうにか立ち直り、ちょっとだけ、我にかえって、いくらか冷静に、状況をながめ見て。




「なにが、 だれがハゲだてめえ?!あぁ?!」と、タカハシが叫んで、自分のアタマに手をやり、ぺちん、ぺたんと、繰り返し触れて、 「ばかな、」と、 愕然とし、



「ハゲじゃねえかおまえそれ、 ハゲ!」と、YOSHIKIが、これみよがしに、肘を抱いたまま半笑いで言い返して、




「百パーおめえのせえだろうがこのハゲ!」と、タカハシが言い返すのを見て、




 ハゲとハゲの、 共鳴ハゲ、 


 ハゲの、ハゲによるハゲのための、


 ハゲと奏でハゲ合い、ハゲと響きハゲ合う、


 頭髪ハゲに関するシンフォニーののしりあいを、



 目に、 耳にして。







 ――――――おやおやおやおやおやおや?と、なんどかまばたきしながら、ちいさく、首をかしいで。よいしょ、と、なにげなくその場で、女の子座りに、姿勢をかえて。







「ハゲ!」


「うっせハゲ!」


「お前よりハゲてねえわハゲ!」


「おまえはさいしょっからハゲてんだろうがこのハゲ!」


「―――おまえ!とか! はぁ?! ハゲてるヒトにおまえとかハゲとか言われたくないんですけどー?!」



 という、


 

 きわめて、



 きわめて低レベルな言い争いへと、意識をむけて。



 声が発されるたびに、



 声の主へと



 交互に、視線をやって。





 ――――――吼えつづけている、出来立てほやほや、全裸のハゲと、





 ――――――自分の身体を抱いてさけぶ、自称ジュード・ロウを、見比べて。




 ――――――欠けていたパズルのピースが、確と埋まり。





 見事に合致して。




 ――――――ハゲだけに、



 燦然さんぜんと、  



 胸のなかで、ひかり、輝くので。




 ふっ、と、小さく、目をふせ、虚無的に笑んで。



「「 なに笑ってんだおまえ!! 」」と、神経質なハゲ二人からおそろで声をもらうが、



 馬耳東風で、おもむろに、足に力を籠めて、立ち上がり。


 ふとなびいた風に、髪を弄ばれながら、佇んで。瞑目し。




「・・・・・・たしか、 YOSHIKI、 って言ったっけ?」と、静かに、たそがれて、眼を開いて、鋭利な眼差しを向け、「私の自己紹介が、 マダだったでしょ?」と、声をかける。




「あぁ?」と、いらだって、YOSHIKIが答える。腕を組み直し、「横からなんだ急に、」と、怒りの矛先を向け、睨みつけてくる。




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