一話 Bパート・チャプター19/コン・エアー
サキちゃんとタカハシ(27)は、とっとと手を離してともに悲鳴をあげながら必死に路地小路を駆け抜け、背より迫る赤熱に先を少々照らされながら、幾つか角を曲がり、ふと視界に飛び込んだ暗がりに揃ってダイブして、積まれていたパレットや何かのプランターをせいだいに蹴散らし、派手に仲よく、転がって、
数秒まえにいた場所を、焔の波が
残った燃焼の明かりに眼を
「無理だろあんなもん!」と、タカハシ(27)は、ほえている。「どうすんだよ?!」
「いいえ!策はあるわ!」と、サキちゃんは隣のタカハシを見て言う。
「オリンパステノールやったの?!」と、たずねるタカハシ(27)。
うぅぅ!と、サキちゃんは歯をむいてタカハシを睨むが、かまっている場合でないため、どうにかのみこんで、「今のあいつには通じない!」と、結果だけを伝える。
「どういうこと?!」と、起き上がりながら、説明を求めるタカハシ(27)。立って、サキちゃんに手を差し出し、引き起こして立たせ、
息を弾ませながら、燃える路地を見やり、いまいましさと怖じ気に歯をきしらせ、
「あいつは、」と、サキちゃんが口を開く。「あいつは心にカツラをかぶってる!」
「はぁ?!」と、振り返ってタカハシ(27)。
YOSHIKIの哄笑が、街路の奥から響いてくる。
「行きましょ!」と、サキちゃんは言い、タカハシの手を掴んで、「おぉ?!おい!ちょっ、」という制止の声も聞かず、あてもなく駆け出している。
暗がりを走りながら、「あいつは、心にカツラをかぶってる!」と、繰り返して、サキちゃんは言う。
「そりゃ聞いたよ!」と、呼吸の合間に、懸命に足を動かしながら、タカハシ(27)。
「ヤツは、自分の、ハゲ! から、 目を、そらしてる!」と、絶え絶えに、サキちゃん。
目のまえのアーケードのついた裏通りを横断し、再び名も知らぬ小路につっこんで、速度を落とさず、なにかと蹴散らし、
しばし進んだ辺りで、足を緩め、
そろって停まり、
「いいえ、あれは、 ハゲを、 ハゲを、好意的に解釈してるの!」と、呼気荒く、説明を再開する。
「はぁ?」と、背ぐくまって膝に手を突き、サキちゃんを見あげて、タカハシ(27)。
「さっきの、聴いてたでしょ?!」と、サキちゃんは言う。
「ジュード・ロウ?」と、顔をしかめて、タカハシ(27)は返す。
サキちゃんは息を呑み、うなずく。「あいつは、ひとからハゲって言われても、悪口だと、思ってない!」
「あほな、」と、ネイティブな発音で言い、失笑しているタカハシ(27)。
「しかも、自分のこと、イケメンだと思ってる!」と、サキちゃんは指摘する。「だから、なに言っても、効いてないし通じないの!」
「ハゲてるのに?」と、呼吸の合間にタカハシ(27)。
「そうよ!」と、つよく断定するサキちゃん。
「どんだけポジティブなんだよ、」と、苦笑しながら、上体を起こすタカハシ(27)。来た道を、振り返っている。「あいつ、」
「わたしも、こんなケースは初めて、」サキちゃんは、弱気になってうな垂れ、首をふる。「ハゲ以外に、なに言えばいいかわかんないし、口くさそうとか、そんなのしか思いつけないし、」
「なんとかできないのか?」と、サキちゃんに向き直って、具体案を求めるタカハシ(27)。「ハゲってわからせなきゃなんだろ?」
「鏡でもあれば、」と、悔しげに眉をひそめて、口許に手をやってサキちゃんは言い。親指の爪を、少しあまく噛んで。
唐突に。
元来た奥の小路を形成する建物の壁面が、一つ、二つと断続的に赤熱して破裂し、如実に間隔を狭めながら、アーケードのある通りにまでくると、
悦楽に満ちたYOSHIKIの哄笑が、灼熱の烈風と共に吹き荒び、
おそらく障害物等を気にせず、
トレンチコートをはためかせながら、姿を現し、
「オジサンはよおおおお!かくれんぼも
などと、所在を、わざと示すためなのか、声を挙げるのを、耳にして、
「ここを離れましょう!ハゲが近づいて来てる!」と、あわてふためいて、サキちゃんが言う。「この狭さじゃ・・・・・・!」
「丸焼きだな」と、一周まわって冷静に所感をのべるタカハシ(27)。
YOSHIKIはふらりと、独り笑みを浮かべたまま、アーケード街に歩み出て、死んだように
「ネズこうはネズこうらしく仲よく並んで地べた這い回るもんだが、」と、呟いて。
一歩を踏み出し、
「精々、こっちの、満足いくまで駆けずり回って見せろよおおおおお!」と、期待をこめて、
総身に力を充溢させ、己が能力を発動し、
サキちゃんとタカハシ(27)は、路地を駆けている。背後で熱源・光源が膨張するのを感じ、赤い炎の輝きに白が混じり、視界・視野の内の幽かな陰翳を富ませ、濃淡いちじるしく、赤と白と闇のコントラストが、煉獄を想起させたかと思えば、
破滅的な崩壊の音色が追いすがってきている事に気づき、コンマ数秒でも、振り返る間が惜しく。
「「 あああああああああああはああああああああ! 」」と、どちらからとは言わず、悲鳴をあげ。
小路を突っ切り、大通りと思しき街路に躍り出て、揃って広い歩道を走り渡って車道のアスファルトに飛び込み、すべり、転がって、半瞬遅れて、噴出した炎が背中だの肌だのをかすかに焼くので、文句を口に出す余裕すらなく更にごろごろ転がって、消火をこころみて、下手な受け身を取りながら、互いに、立ち上がり掛けたところに、
頭上より、
YOSHIKIの気の触れた笑い声が降り注ぎ。
何かしらが、二秒に満たぬ間、空を切り。
跳躍してきたのだと気づき終えるより早く。
ソレが数メートル先の路面を身体と拳で穿って、ケムリを纏って着地する、と同時に、縦横無尽に、路面に罅が入り、割れた隙間が赤く紅く朱く、色あざやかに、輝いて、性懲りもなく焔が噴き上がり、
「あ゛っっづぁ!」「はぅ!」などと、口々に発しながら、跳び起きて身体をぱしぱし掃い、
二人は、
揺らぐ陽炎の中で、低く笑いながらおもむろに立ち上がる
「空から、 ハゲが降ってくるなんて―――!」と、構え直しながら、顔をしかめるサキちゃん。
「おい、出来たキャバ嬢みたいに俺を褒めるな、」と、YOSHIKIが笑う。
「ポジティブすぎるだろ、」戦々恐々とする、タカハシ(27)。
「やる気、元気、前向きが、
「前のめりってレベルじゃねえぞ!」と、タカハシ(27)は身構えて、へっぴり腰で両の拳を持ち上げている。「くっそ!」
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