一話 Bパート・チャプター18/ワイルド・スピード




 迫る光と熱の渦を前に、反射的にタカハシ(27)は、瞠目どうもくして、サキちゃんをかばおうと、隣へ、振り向き。


 サキちゃんも、同じく。口をわなわなさせながら涙目でタカハシを、仰いでおり、



 両者ともに、




「「ABBA意訳:きけんです!」」と、同調して謎の声を発しながら、




 互いに互いを突き飛ばし、揃って激しく街路の左右に弾かれた、半瞬後、佇んでいた場所をほむらの波が浚い、空気を、街を、容赦なく焼き焦がす、




 その様を、




 タカハシ(27)は、



 つかのま、浮遊感に、苛まれながら、眼にうつして。

 


 その辺の居酒屋の軒先に背から突っ込み、何か柱めいた固い塊に衝突し、肺から呼気が抜け、砕け散ったガラスと建材の雨を浴び、




「よけてんじゃねえぞこらァ!」と、愉しげな声が男――――――YOSHIKIより発されたのを耳にし、




 痛みと呻きの合間に、「 あたま、 おかしいだろオマエ!」と、叫び返している。




 YOSHIKIは、恍惚に身を任せて、天を仰ぎ、両の手を挙げ、広げて、

 


 喝采の雨を浴びるように、哄笑する。


 

 軽くかぶりをふって、自らの能力の熱で揺らぎ歪んだ景観を眺め、炎の燻る路面を踏み締め、歩きだし、


「大人しくとっつかまっといたらどうだぁー?」欣然と、声を張りながら、タカハシの方へと進んで、





「おまえ!」と、不意に左方より呼び止められるので。





「あぁ?」と、やる気なく足を止めて、顔をむけ。




 握った拳を、顔の前にかざしている女子高生の立ち姿を、

 判然と視界の中央に、捉えて。




「おぉ、」と、少々おどろいて、そちらに向き直りながら、まだ無事かよ、嬢ちゃん、と、笑おうとした、刹那、




「『遺伝的に又は後天的に疾病や環境やホルモンバランスの変化等々が原因・要因・遠因・起因となって頭髪が薄くなりえ際が後退してしまった社会から平等の名のもとに配慮を受けた上でうやまいたっとばれるべき繊細なこころをもった二十二世紀を生きる保護されねばならない美しくもたくましい新しい人』じゃない!」



 と、腕を振りながらポーズキメキメで罵られるので。





 数秒とも数刻ともとれる間、沈黙し。


 周囲に散った炎の中で繰り返される、いくつもの、


 ちいさなちいさな、水蒸気の爆発を、耳にして。






「 だぁーれがジェイソン・ステイサムだァ、 」と、口許をゆがめ、言い返している。


「あぁ?!」






「なっ――――――!」と、身構えてサキちゃんはこぼし、「くっ!」と、咽喉を鳴らして、いま一度、「この頭髪の薄い人!ハゲ!焼却処分場!」と、つづけてののしってみるが、




「おーい、 ニコラス・ケイジのハナシなんざしてんじゃねえよっ!」と、男が笑いながら叫んで、半歩を踏み出しスタンスを取って、身体を開いて右手を振り被り、往年の野球スター、永遠のセ・リーガーである落合博光えいゆうのバッティングを彷彿ほうふつとさせるフォームで、



 腕を振るい、



 励起れいきして、



 地割れと共に炎の柱が路面を舐め、迫るさまを見て、




 咽喉のどを鳴らしながら、咄嗟に、左方へと飛び、地面をいくども転がり、受け身をとって、



「ちょこまかシてんじゃねえ!」と、YOSHIKIは笑い混じりに叫び、その場に身をおどらせ、重ねて左腕を振い、即座に新たな火柱を放って、



 起き上がりざまのほんの僅かな硬直に合わせ、




 サキちゃんは、刹那的に、




 アスファルトを砕き散らして破裂しながら躍り来るソレを見て、 

 


 一瞬。



 二つの瞳。


 頬、肌、視界。 瞳孔が。 



 夕焼けよりも、紅く染まり。



「ああああああまああああああ!」と、左方から響いた、どこかの部族めいた妙なおたけびを耳にして、顔をむけ終える間もなく、わき腹に高速タックルを見舞われ、



「かふっっ?!」と、息を漏らして、路面から、足が離れ。



 くの字に横薙ぎに、雄叫びの元凶タカハシと共に吹っ飛んで、着地もなにもなく地面で身体を擦って滑り、雑居ビルにぶつかり、停まって、

 


 うぅ、と、痛みにうめいて、


 ふと、我にかえり、


「っ!もおちょっとっ!」と、まだすがり付いているタカハシに文句を言う。



「あああああ!」目がすわっている。


「ヒッ!?」


「あほか!」と、必死なタカハシ(27)。「死ぬぞあほか!」



「いやあああッ!ちょっ、と、もうやぁめてぇ!」と、頭を押して拒否するサキちゃん。「この爬虫はちゅう人類じんるい!地底にかえって!いーやぁ!」



「いま!そういう場合じゃねえから!マ、ジでおまえ!」と、タカハシ(27)は男へ首をむけながら巻き舌で言い、



「ほんと訴えるよ?!出るとこ出ますからわたしっ!」と、サキちゃんがわめいて、




「なにを、  公共の場でイチャついとるか貴様らはァ!」と、YOSHIKIが笑って吼えて、振り被った腕を、逆袈裟懸けさがけに振い、炎熱の波が大気をいて光を伴い迸り、押し寄せ、



 二人そろって魂の芯から奇声を挙げ、立ち上がりざまの横っ飛びで、


 近くの路地に突っ込み、



 通りを擦過する、焔の流れ、水分という水分の蒸発を、足先で微かに感じながら、


 そろって地面に突っ伏して、もつれ合って、じたばたもがいて、




「立て立て立て立てタテタテタテタテ!」と、半ば声を裏返して繰り返すタカハシ(27)。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!」と、起き上がろうとしながらサキちゃんは言い。



 ケンカするネコのようになりながら、



 先に起きあがったタカハシに手をつかまれ、引かれて、立ち上がり、


 もたついて揃ってよろめいてビルの壁にぶつかった拍子に、



「おう、お二人さんよお。 正々堂々、正面から行こうぜ?」と、路地の入口にふらりと、熱で輪郭を歪ませながら現われたYOSHIKIが声を放って来るので、




 はっとして、眼をみはって、息を呑み。




「うっせこのハゲェッ!」と、タカハシ(27)が、明瞭・明確・つまびらかに言い返す。




 YOSHIKIは、くつくつ、かるく目をつぶって、「おいおい、」と、こぼしながら、笑って。「 誰がジュード・ロウだよ、おまえ、 」まったく、と、面映ゆそうに、少し照れる。「おまえ、おれぁよぉ、こう見えて公務員で、」などと、自分語りを始め、




「ダメよタカハシ!一旦引いて!」と、まるっと無視してシリアスにサキちゃんは言い、無意識にタカハシの胸元を掴んでいる。「今のあいつにはなにを言ってもダメ!」




「はぁ?!」と、理解できずにタカハシ(27)は、そばのサキちゃんに顔を向け、




「――――――だから、褒めたって逃がしてやれるわけじゃねえんだ、わりいが、」と、YOSHIKIが洒脱しゃだつに笑い、「こっちゃぁこっちで、仕事だからヨォオオオオ!」と、まなじりを決した、



 直後。

 


 背後、周囲を問わず、地より火炎を噴き上げ、路地が朱に染まり、赤熱したビルの角や建材が歪み、ひび割れ、耐えかねた壁面が瓦礫となって落剥し、



「観念しとけやァアアアア!」と、咆哮ほうこうする。




「黙ってよこのハゲ!」と、さりげなくタカハシのかげに隠れながら、サキちゃんは言い、




「だからよォ、お嬢ちゃん、オレぁ、申し訳ねえがジェイソン・ステイサムじゃねえんだ、」と、律儀にYOSHIKIが、おもむろに後頭部を掻きながら、慰めるような言い訳で答えて目をふせた、



 を逃さず、



「いま!」と、タカハシの手を取り、「おぁ?!ちょっ!」などという抗議めいた声を無視して、路地の奥へと疾走する。




「だから、」と、YOSHIKIは眼を上げ、



 走り去る背を、認めて。



「褒めても何も出ねえぜエエエエエエエ!?」と、狂然とした笑みを、浮かべ、「仕事がらぁ、鬼ごっこは得意なんだよなああ!オジサンはよおおおおおおおおおおおおおおお!」と、声を放ち。



 両腕をクロスさせ、うっとり、陶酔しながら、ビルの谷間の夜空を仰ぎ。


 深く息を、吸って止め。



「マッドネス・ペールトーン・アーガイルッ!」蹶然けつぜんと、能力を律動させ。




 声がとどろき、宵の闇をつんざいた、半瞬後。



 膨れ上がったほのおが地を割り、圧力をともなって、壁という壁、路面という路面を破壊しながら、圧倒的な速度で瓦礫を築いてあらゆるものを燃やして這い進み、




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