一話 Bパート・チャプター16/小田和正



 はぁ、とサキちゃんは気だるげにため息を吐き、要領の得なさにへきえきしながら、あきらめて構えをといて、腰に手を当て、「わたしたち、能力者でしょ?」と、タカハシをちょっと横目で見上げる。




「あぁ、はぁ、」と、見つめられて困惑しながら、「まぁ、」おれはちがうけど、と、胸のなかでこぼす、タカハシ(27)。




「上位ランカーになればなるほど、能力の規模はおおきくなったり、強くなったりするわ?」と、サキちゃんは言う。「そんなものが全力で能力を発揮し合えば、時に周囲への被害は甚大なものになるの、」




「爆発したりとか?」と、不安になってたずねる、タカハシ(27)。




「――――――以前、」過去起きたとされる事態を思いかえしながら、口を開くサキちゃん。「中位の口笛能力者、くちぶえニストと、スキップ能力者、スキッパーが、この別の、 えっと、 移動させられた先じゃない、いわゆる、さっきまで私たちがいた、向こうの宇宙・・・・・・で争ったことがあるの。 なんで移されなかったのか、漏れがあったかなんなのかは、知らないけど、」




「あぁ、」と、それらが何かはわからなかったが、しんみょうにうなずく、タカハシ(27)。




「野次馬に見守られながら、間も無く始まった彼等の闘いは、それはそれは悲しく、痛ましいほど無惨むざんだったそうよ。思いのかけらすら残らないほど酷いものだったそうなの」




「どうなった?」と、タカハシ(27)。




 サキちゃんは、肘を抱く。「争いは四日五夜にわたって繰り広げられたらしいわ。 それはまるで、下手なチーム同士でする、終わりの見えないクリケットの試合のようなものだったそうなの」うなだれて、歯をかみしめ、手に力を込めている。目をつぶって、軽くあたまをふる。「 現世に浮上した悪夢、 そのものよ、 」



「どうなったの?」と、眉をひそめて、具体性をもとめるタカハシ(27)。





 サキちゃんが小さく息をつく。





「いい?タカハシ、」と横目の視線を向け、 


「よく、聞いて?」と、タメを作り。









――――――口笛能力者がオリジナルJポップメドレーを全力で吹き鳴らす、 


    そのまわりを、 


     狂おしいほどスキップし続ける誰かと、 



    それをはやし立てるやじ馬たちを、想像してみて?







「―――おまえ、」そっちかー、と、むねのなかで、落胆するタカハシ(27)。





「初めはみんな、面白がった。 新しいサーカスみたいだって、みんなうれしがって笑っていた! けれど、けれど最後には! 誰もいなくなったわ。見向きもしなくなったの!四日もやってればそうよ、 誰だって飽きるにきまってる! 素人の口笛なんて聞いていられない!スキップしてるだけの人なんて見ていられない!みんな学校や仕事が、 生活があるんだから! そして、 その中でも、 


 そんな中でも、最たるわざわいは、能力者が二人とも、


 すごい負けず嫌いだったことよ!


 二人とも、 決して負けを認めなかった!


               あきらめを知らなかった!」





「あぁ、」と、タカハシ(27)は、いたたまれなくなって、わいた苦笑をかみ殺し、「それは、」声を出している。




「闘いは昼夜を問わず、両者休憩をはさんで、午前・午後・夜間・早朝の四部構成よんぶこうせいで行われ続けたの、」と、サキちゃんは言う。「彼らの家族や友人・知人だって、闘いの行方を見守りにきた。けれど、あまりのひどさに、みんな、 初日の午後には帰って、最後には! おにぎりすら、 差し入れなくなった!」




「お、おぉ、」と、強く目をつぶって天をあおぎ、つっこみたい衝動をこらえる、タカハシ(27)。「休憩、はさんじゃったか、」




「こんな残酷な話がある?!」と、サキちゃん。「私は他に知らない!」




 くっそ、と、タカハシ(27)は、胸の中でこぼす。




「自分のまわりで親しくもない人にスキップされながら、曲のレパートリーがなくなって、十七回目の小田Oh!和正Yeah!を口笛で吹かなくちゃいけない人間の気持ちがあなたにわかる?!」




 ちくしょう、と、タカハシ(27)は、うなだれて顔を手でおおい、必死にこらえる。




「私には、想像もつかない、」と、サキちゃんは苦しそうに言って、かなしげに、自分のカラダを抱きしめる。「ヒトは、 世界はいつだって残酷よ!? でも、 そんな、 そんなの、 そんなのあんまりでしょっ!?」




「あ、あぁ、」と、どうにかこうにか同意をかえす、タカハシ(27)。何度もうなずきながら、「そ、そうだな、」と、口に出している。「そうだ、 残酷だな、」




「そんな事件があってから、向こうでは、ランキング五万位以上の能力者同士の闘争は、表向き、行われなくなったの。 管理はより、厳重になったわ」


 ちらと横目に、タカハシをうかがうサキちゃん。




「え、 英断えいだんだと思うよ、」と、のどで笑いをせき止めながら、ぎりぎり真顔をたもち、タカハシ(27)は言う。「それは、いい判断だと思うよ、ほんとに、」




「だから、私たちのこれも、配―はいりょ――」の内よ、と、

サキちゃんが言い終わる、直前。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアっはっはっはっはっはっは!」と、


 気のれた哄笑こうしょうが、街並みの上方より響き渡り、あたりをつんざいている。




「来たわね、ランカー―――!」と、サキちゃんがを放って静かにつぶやき、


 自身のカラダを抱く手をほどいて、まもなく。



 数瞬、風切り音が響いて、数メートル先の街路に、なにかの塊と見まがう、筋骨隆々とした長身の男が、その辺の雑居ビルの上からでも飛び降りてきたのか、黒いトレンチコートをはためかせ、


 路面をうがち、砕き散ったれきをほうぼうに飛ばして、アメコミヒーロー然と地に拳を突いて、着地する。


 赤い腕章をつけているのが、特徴的であり、

 

 四囲に走った緊張など、ものともせず。

 

 何を言うでもなく、くつくつ、笑いの名残に肩を揺らしながら、おもむろに立ち上がり、

 


 ぐらりと、頭髪の薄い坊主頭をもたげて、のけ反らせ、


 


「いんやぁ、 おじさんさぁ、 公共の蛇口にチチブ(注:男性器の俗称)こすりつけてるバカを見つけたような気分なんだよぉ、いま、 なぁああ?!」と、ごていねいに、左右左に、ぐらぐら、ゆらりと首を傾けながら、口を開いて、サキちゃんと、




 タカハシ(27)の姿を見て、




 一瞬、動きを止めて、瞠目どうもくし、


 口角を吊り上げ、


「イイィィのがいるじゃねえかヨオオオ!」と、頭を起こし、上体をかがめながら、嬉々としてこぼす。



 呆気にとられて、無防備に口をあけ放つ、タカハシ(27)を、よそに。



 サキちゃんは臨戦態勢を取り、確と、構えをとって。一度、のどをならし。


「逃げて、 タカハシ、」


 肌と声を、慄然とさせてひそやかに言う。




「はぁ?」と、怪訝さにまかせて訊ね返す、タカハシ(27)。



「私が、なんとか二分、時間を稼ぐから、」と、サキちゃんは、邂逅した男から目を一切そらさず、言う。「逃げて。 はやく!」



「いや、意味が分からん!」と、ぐずぐずするタカハシ(27)は、苦笑しつつもそわそわ、男と、隣のサキちゃんとを、見比べている。




「まさかとは思ったが、こんな糞田舎で出くわすとはまあまあまあまあまあまあ!」と、男は、



 タカハシ(27)に、下から上へと、視線を這わせ言う。



「イイくじ引いたなぁオレぁよお!」と叫んだかと思えば、げらげら笑って。「そうだろ?!タカハシ! だったか?!」と、声を張ってたずねてくる。




「―――知り合いなの?」愕然として、サキちゃんは言う。「清瀬の?!」


「いや知らん!」とっさに否定する、タカハシ(27)。




「おいツレねえなぁ?」と、男がかるく首を振って、くつくつ、のどを鳴らして、おどけてみせる。




「と、とりあえず、」と、タカハシ(27)は後ずさろうとしながら、口を開いている。


「とりあえずも何もいいから逃げて!」と、サキちゃんは一歩前に出て、叫ぶ。




「だからなんだあいつは?!」と、端的にたずねる、タカハシ(27)。




「見てわからないの?!」と、忌々しそうに首だけ振り返って、サキちゃんが言う。


「わかんねえからきいてんだよ!」と、買い言葉でタカハシ(27)。




「オレが誰だかわからねえか?」と、男は相貌に、邪知にみちた笑みを浮かべ、頭髪の薄い坊主頭を、なで上げ、くつくつ笑い、四肢に力を充溢させ、構えをより、強固なものにする。「おめでてえなぁあ?おい!タカハシ!とかいうやつ! 脳みそスポンジか?おまえ!」




「うっせえ!今お前にきいてねえから!」と、叫び返すタカハシ(27)。


 ちらと、ようやく警戒しながら、サキちゃんに、視線を向け、


「なんだあれ?!あのアホは!」と、詰問している。




「決まってるでしょ?」


 と、つとめて落ち着き払って、前に向き直りながら、頬に珠の冷や汗をすべらせ、サキちゃんは言う。


「わたしもナマで見たのは初めてだけど、 あれは―――――――――――、スマイオ特務履行部隊、その中でも、 あの赤い腕章は対能力者アンチ・サイタマに特化した、カウンター・サイタマーのあかし! ・・・・・・そう、たぶん、



    ・・・・・・・・・あれこそが、池袋とうきょうの人よ!」




「お譲ちゃんは、  物わかりがいいなぁ?」くつくつ、男が笑う。




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