一話 Bパート・チャプター9/イタリアの種馬、的な




「先ずは彼女!」と、老紳士はタカハシを無視してサキちゃんに手を向け、「この世界サイタマに舞い降りた祈りの結晶! 人知をこえし異境・長瀞ながとろからの御使みつかい!ランキング・オブ・サイタマ・4852位! 人心に容赦なく悲しみを突き刺し涙を喚起させる能力を持つ、クライ・ベイビー! ポテンシャル・ガール! キキョウガオカ・サキ!」




「はぁ、」半笑いのタカハシ(27)は、よく言うわ、と、肩を落とす。



 ちらとサキちゃんを見ると、照れているのか、肘を抱いて足をくんだまま、目をつぶって、口もとやあかくなったほほをヒクヒクわなわなさせてシャルにつつかれている。




「そしてとなり!」と、老紳士は続ける。「南浦和みなみうらわが生み出した歩く肉体言語! 拳は地を割り、その足は天を砕く! 近くも遠い未来を見聞きする能力を持つ、金髪碧眼へきがんのウォー・マシーン! クレイジー・ゴナ・クレイジー! ランキング・オブ・サイタマ・19万8961位! ゴトー・シャーリーン!」



 ウォー・マシンて、TRFまじってるし、と、タカハシ(27)は思うが。もう、あきらめて苦笑している。


 ちらと横目にシャルを見やると、



 このノリが平気なのか、満面の笑顔でこちらを見て、「ハーイ!」と、イクラちゃんボイスで返事をし、ピースサインをちいさく、ちょきちょきしている。




「続いて、彼女だ!」朗々ろうろうと、老紳士はソファーセットの右手を示し、「川口は芝園団地に巣食う、人種の壁などものともしない生まれきってのデンジャラス・パフォーマー! 社交性とニヒルさをあわせもち、並み居る無頼ぶらいを千切っては投げる! 切れ長の涙袋から毒性の強いけっこうな量の強酸を飛ばす能力を持つ、マザー・オブ・オール・モンスター! M・O・A・M! ランキング・オブ・サイタマ・277位! シャイニー・デビル! ヨコイ・チカ!」




 名を呼ばれて、ヨコイ・チカさんが、小さく鼻をならして口もとをゆがめて笑い、




 いまんとこコノ人(の能力が)、いちばんいやだな、と、タカハシ(27)は思い、なんにせよ、つっこみどころが多すぎてわらうしかないので、かすかにふるえた吐息をもらす。




「さらに彼!」と、老紳士が細身の男を手でしめし、声をはりあげる。「水のみやこ……北朝霞きたあさかの昇り竜! 月、落ちて、カラスき、の者の口笛、天につ! その一鳴りは蒼穹そうきゅういななき! 口笛能力者ニストのなかでも屈指の鳴りの良さを持つと定評のある、全てをくちびるで表現しようとつねからこころみる男! ミスター・シー・ブリーズ! あさかからさやままでをわたりあるくフェアリー・ピープス! ランキング・オブ・サイタマ、332万9483位! タカギ・リョウスケ!」



「フュー!」と、甲高い、高音すぎてすかすか、カッスカスの口笛がなり、どこかあわれみにみちた、なま温かい拍手が女子三名から送られ、タカギ・リョウスケはまったく意をくまず手をあげてへらへらこたえ、




 相変わらず棒立ちのタカハシ(27)は、タダの芸達者な人じゃねえか、なんだよシー・ブリーズって、だいたいさいたま海ねえし、つーか口笛そんなもんみたすな、などと、つよく思い、目をつぶって、眉間にしわをよせ、つっこみたい衝動、もろもろを、必死にこらえている。






「そして、最後になるが、」と、老紳士がしゅくしゅくと、顔をそむけて口を開き、パーティー然としたそうぞうしさが、止み。髪のほつれをなでつけながら、「サイタマ生まれ、根岸育ち、悪そうな奴はだいたい友達――――――、 ではなかったが、いまでは、おそらく。このサイタマ一、 悪い男。」




「嫁に二回逃げられてまーす、」と、シャルが口を挟むので、


「嫁の事は言うな!」と、すばやく口をはさみ返し、



 Woo!ウー!と、ふざけてのけぞってリアクションするすがたや、やりとりを笑う面々にはつとめて眼をむけず、




 咳払いを一つして、




「このセブン・ネイション・アーミーズの創設者にして、代表をつとめさせてもらっている。 立ちはだかる者を、この身に授かりし暗黒の能力で、ヒュプノスとタナトスの境界へといざなう――――――、知を得たケモノ。」




 目をつぶって、うなだれて、


 ゆるやかにかぶりをふり、




「あの、代表?あんまり強いことば使うと、その、弱く見えるらしいですよ?」と、心配してふあんそうにサキちゃんが小さな声で気をつかうが、




「シィーーーーーーーーーーッ!」と、すぐさま、じぶんのくちびるのまえに指をたてて、静粛せいしゅくをうながし、



 だまって見守りにてっすることにしたらしい姿を、


 ちらと見て、


 にやりと笑みを浮かべ。



「このゆがんだ世界の根幹システムそのものに、あだなすモノ!」と、荘厳そうごんさをぞんぶんにはっきして、口を開き直し。




「ランキング・オブ・サイタマ、47位!」と、高らかに宣言したかと思えば、




「――――――抱腹絶死。 クレイドル・ラフィング、






          モリサキ!」



 と、ひじょうに悩ましげな、体幹の軸にぶれのない、ヴィジュアル系を思わせるナルシスティックなポージングで、自己紹介し、




 おー!ピュヒー!と、声や拍手があり、





「アイツ、名マエ?ラッシー言いまスネ!」と、シャルが笑いをこらえながら指をさして補足する。



「言うなよ!!」と、すごくしゅんびんになげく、モリサキ・ラッシーに。



 どっ、と一同が笑いを返し、




「ら、らっしー! さん、」と、肩をふるわせながら、ガマンにガマンをかさねて、復唱するタカハシ(27)。「すごい、ハイカラな、  またずいぶんと、 キラキラめずらしい、ネームおなまえ、 されてるんですね」と、フォローを口に出して、


 


 ほつれた髪を気にする余裕がないのか、ゴヤの絵画をおもわせるポーズで絶望的に立ちつくしている老紳士ラッシーのすがたを、正面に見て。

 



 ついにこらえきれず、ぼほふ、と噴きだして、顔をそむけている。



「ラッシーさん、」と、繰り返し、





 また一同が、先ほどよりはいくぶん、しのんで笑い、



 ひそやかにそれぞれ、顔を伏せて肩をふるわせる、時間があり。




 モリサキが、会衆にむけて歯をくいしばって。



「たのむから名字の方をとってくれタカハシ君!」たのむから!と、誰に言うでもなく繰り返し、面々を見まわして、「笑うな!おまえたちは!何回目だ!何回も聞いてるだろ!」などと、切実にうったえる、いいとしの、モリサキ・ラッシー。「タカハシ君だけでもいいからたのむよ!ほんとに!」




「いや、いいんじゃ―――」「名犬だよ」と、タカハシをさえぎり、ジャガー柄のチカさんがすっと口を開く。



 一瞬の空白のあと。



 弾かれたように、笑いがおこり。




 ――――――ラッシーは無いわさすがに、ひどいわ、インドカレー屋さんかよ、などと、話題が名前批判とあわれみにうつり、「親、両親どっちも好きだったらしいの。 ラッシー、」という、チカさんのねばっこいイラナイ豆知識に、



 また笑いがおこり、




 五分もたたぬうちにいじけきってすみの方でヒザをかかえて、床に『の』の字を書きはじめたモリサキにそれぞれが声をかけ、あやまり、はげましていると、



 シャルが、



「don’t mind!ラッシー!がーん・バッテコ! ヘイ!ばってコッ!ラッシー!ヘーイ!」と、自分の胸の前で拳をにぎってまぜっかえしたので、



 また一波乱あり、




 完全におちつきをとりもどしたのは、約十数分後である。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る