一話 Bパート・チャプター3/コント・エセ日本人




「あ、はい。タカハシです、」と、反射的に恐縮きょうしゅくして会釈している、タカハシ(27)。




「ヨロシクどぞデース!」と、女――――――シャルは笑顔をうかべて、わざわざ助手席と反対側の左手をタカハシに差し出し、


 なかなか握りかえされないので、ちらと、いぶかしんで眼をむければ、あからさまに、口をあけっぴろげてあやしんでいるので、


「アークーシュー!」と、少しぶーぶー怒って、手を揺らす。




「あ、は、はい、」と、タカハシ(27)は、あわてて手を握りかえす。


 すこし汗ばんでいて、

 おまけに、


 まとっているシャツ越しの、わりとおおきいらしい胸をいちいち強調するような、長いシェイクハンドがあり、うんうんとても楽しそうにうなずかれ、眼のやり場に困ってつとめて顔をそむけてフロントガラスを見つめていると、


 手がはなされ、




「んー、ソれで?タカはっシわぁ?アブノーマルですカー?」と、ハンドルを握りなおしながら、陽気にシャルが言う。



「いやノーマルですけど!」なに言いだしてんのこいつは!と、あせるタカハシ(27)。



「ソレわダウトでーす!」あははーと、シャルが笑う。「タカはっシわぁ?異常者デース!」



 きめつけがひどすぎる、と、内心でつっこむタカハシ(27)。「普通だよ!」と、即座にかえしてみたものの、なにかと、自信がなくなって。「いや、 普通じゃないかもしれないけど、」と、つけくわえながら、見聞きしたものを、思い返している。


 特に、   メガデス・ノーザンライツ長谷川さんを。 


「でも、オレが異常なら、埼玉ここだって、ここにいる奴だって異常だ、なんか、ぜんぶ変だし、」と、吐きすてている。「だいたい、 かえったら、 家がねえんだ、朝ふつうにあったのに、」と、抱えきれないので、誰に言うでもなく、こぼしている。「そんなバカな話ねえよ」



「Oh-、たかhashishハシシ・・・・・・、」シャルはちらと眼をやり、「いえなき子デース、」と、とても哀しげに。



「でーすじゃねえよ!」と、笑ってしまいながら、タカハシ(27)。「つーか前みなよ!まえ!」



「愛、にく?このクルマにわぁ?ミユキ・ナカジィマはナいデース、」と、意気消沈いきしょうちんしてシャルは言い、「Take On MeこれとマンソンとTLCしかはいってないでーす、」と、悲しく続ける。「ワタシ?うたって、笑いまス?からー、タカハっシわ、あくまになるカ? あ?」




「いやそんな演出いらねえから!」と、半笑いで言いかえしている、タカハシ(27)。「つーかきみ、いくつだよ? 再放送でも見たの?」




「シャウラップ、ミスターホームレス、」と、自分で言いだしたくせにシャルは、交差点にさしかかった道路状況と運転に集中するあまりあっさり質問を聞き流して、ぽつりと言い、



 右折レーンに車首を向け、運よく先頭にでると、断続する対向車の隙間を、ほぼほぼノーブレーキで、なんだったら加速して、


「Si!」と、短く呼気を吐いて問答無用で鋭角に曲がって、車体の尻を少々振りながら、後方でつんざくブレーキ音や車内であがる悲鳴を無視してタイヤをきしませ、外環状線の下に出て、身体にかかった荷重に鋭く目を細めてよろこびながら、



 ハンドリング並びにフットペダルの抜き・・を駆使して、立て直し、またアクセルを踏みこみ速度を上げ、どうにか、ようやく、落ち着いたところで、



「ホームレスタカハっシ、」と、いたましげにくりかえして、ちらと、となりに眼をやると、




 シートベルトをしていなかったのか、自分のふとももにあたまがへばりついているので、




「あははは!」と、声を出して笑ってしまう。「シートベルトしないとそうなりマース!」と、パンツスーツのふとももをちょっと上下にゆらすと、へばりついている頭が重々しく起きて、からだが離れて、目でもまわっているのか、ゆっくりシートにもどっていくので、



「よい子はー?だいたい?いわれなくてもシートベルトしてマース! サキなーんテ? いつーも?トナリ乗たラァ? なみだめであおくなって真っ先にしマース!  ンー、なまえサキ言うだけありマース、」


 と、舌つづみをうつように、ひとりで感心してうなずきながら、かわいいものを見る眼で言い、タカハシがシートにちゃんと座りなおすのをちらちら、見送ったあと、前にちゃんと眼を戻す。


「わかりましたカ?タカはーシ?OK?」




「そりゃそうだろうな!」と、高所にいるわけでもないのに、おまたがひゅんひゅんするタカハシ(27)はイラだちまぎれに、あちこちいたいのをがまんして、シートベルトをいまさらのように引き出して、怒りながら装着する。「むちゃくちゃ、しやがって!」



 くすくす、みょうに嬉しそうにシャルが笑う。「それワァ?ワカイモののォー?とっけんデース!」




「変なとこで、日本語ちゃんとしてるな、」と、呆れと諦め半分ずつに、つかれて笑って、タカハシ(27)は言う。


 おとなしく革のシートに背をあずけて、息を吐き、


 流れては消える景色を見ながら、「ゴトーさんは、こっち、長いの?」と、気なぐさみに雑談をふっている。「日本きて、けっこうたってる?」




「ゴトー―――、あーワタしッ?シャルでイイデース!」と、訂正されるので、




「じゃあ、シャルさん? 長いの?もう、」と、ふたたびたずねる。




 数拍、間をおいて。




「ワタシィわ?ウマレもスダチーもー?ウぶゆモ?浦和デース!」と、陽気な返事がある。




 ん?と、意味を理解するまで、じゃっかん時間がかかり。




「思いっきり日本、っつーか、埼玉じゃね?」産湯て、と、笑ってしまいながらタカハシ(27)。ちらと見れば。




 シャルも笑っている。



「なんで片言なの? あ、インターナショナルスクールみたいなとこずっと行っ―――」



「イイエ、」と、笑みをいさめず、くいぎみにシャルが言い、「わタし?州リツの?武蔵浦和ハイスクールデース!シカモっ?幼稚舎からデース!」アハハーと、へらへら笑う。




 車が赤信号に引っかかって、ゆるやかに停車し、




「じゃあ、ほとんどそれさぁ、日本人?みたいなもんじゃねーの?それ、」と、前の車両のテールランプを見て苦笑する、タカハシ(27)。「なんでそんなしゃべり方なの?」



「わたーシ?コレデモ?ミナさんのー?期待にコタえてマース!」


 と、自慢げにシャルがつづける。


「日本ノ? ミナサーン? ミタメが、コレデェ? 話シ方がCo.だト? ミナサーン?とてもヤサシ、ヤサシデース!」などと、はしゃいでけらけら笑うので。




「ゲスいわ、おまえ。発想が、」と、率直に、笑ってもらしているタカハシ(27)。





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