一話 Aパート・チャプター8/よくある話




「どうしたの?」と、サキちゃんが言う。



「いや、説明がほしいんだけどさ、」と、半笑いでタカハシ(27)。



 サキちゃんは、ぐるぐる混ぜる手を止めて。「このサヤマ―――、いえ、サイタマにいる人間は、全てなんらかの能力を持っているの」と、はずかし気もなく口走る。「持っていない人間なんて、一人もいないわ」




「さっきの、みたいな?」と、タカハシ(27)は言いながら、ちらと老紳士に眼を向ける。




 悲しげに唇をむすんだまま、無言で元気なくうなづいて見せてくれる。




「それで?」と、サキちゃんに眼を戻す、タカハシ(27)。「なんかおかしいってのは、なんとなく、 まあ、わかるけど、」




「あなたの普通が世界の普通じゃないの。タカハシ、」と、鋭く、サキちゃんは言う。「アナザー・サイタマ出身者のあなたには――――――!」



「さぎぐん、」と、老紳士が涙ぐみながら、手をかざして制し、静かにうなずいて、食ってかかってくるところだったサキちゃんを鼻をすすりつつもいさめると、「わ、ひっく、わたし、から、せづめ、い、しよ、う、」と、とぎれとぎれに、口ばしる。




「いや、あのー、無理しなくても大丈夫ですよ?」と、気づかうタカハシ(27)。




 老紳士がゆるく首をふる。「かま、わ、ない!」ひぐっ!と、しゃくり上げる。



 かまうわ、とタカハシ(27)は思うが、眉をひそめるだけにとどめ、「じゃあ、」と、答えて、きわめてそぞろに、続きを待ち。




 ひっく!と、またしゃくり上げながら老紳士が、サキちゃんに取ってもらった紙ナプキンで目もとをぬぐって、力づよく鼻をかんだあと。


 クズを両手で丸めながら、「このサヤマは、君のしっく、 知っている、サヤマではない」と、いくらか落ち着いて、口をひらき始める。




「はあ、」と、相づちを打つ、タカハシ(27)。




「か、過去にも、君と同じような事を口走る人間が、この地を訪れたことがある。前例があるのだ、タカハシ君、で、よかったかね?」と、調子を取り戻しつつ、老紳士。



「あぁ、はい、」と、タカハシ(27)。



「その時は集団だったそうだが、その中の一人が、」



「まさやですか?」と、試しに話しに乗ると、


「知っているのかね?!」と、身を乗り出して驚かれるので、




「あ、いえ、」と、苦笑してことわり、「なんとなく、」




「その、まさや・・・だ」と、腰を下ろしながら、口もとをゆがめ老紳士が続ける。「彼等もまた、埼玉から来た、と言ったそうだが、どうにも君と同じく話が噛み合わなかった、と、記録には残っている。恐らく、君の元にもすぐ、奴ら・・が現れるだろう」




「奴ら?」と、不審さを隠しもしないタカハシ(27)。




「埼玉武蔵野州・壁面管理統制調査機構、S-Musasino-wall Administration Investigation Organization、通称・スマイオの連中だ。」と、老紳士がりゅうちょうに口をひらく。「仰星の外郭がいかく団体にあたるのだがね。このサイタマ、サヤマの自治にも一枚かんで、各処を任されている、いわゆる特警のようなものだと思ってもらえばいい。」



「え、はぁ、」と、タカハシ(27)。



「彼らは異分子を好まない」老紳士はタカハシを見すえたまま続けて、アイスココアのグラスを手に取り、刺してあるストローに口をつけ、ほっぺをすぼませ、ぢゅーぢゅーすする。口をはなして、「わかるか?」と、グラスを置きながら口を開く。



「あのー、」と、タカハシ(27)は、小首を傾いでいる。



「そして彼らは、君のような、 『また別の、』 オルタナティブ・サイタマから誰かが来ることをこうも呼んでいる」




「スマイオ・ハ・ザード」と、しんみょうに口をはさむサキちゃん。




 タカハシ(27)は噴き出している。「いやいやいや、」と、くだらなさに笑い、アイスコーヒーを手に取り、くつくつ肩をゆらしながら、少し口をしめらせる。「語感といきおいがそれ、かんぜんに、ミラジョヴォビッチの、」




「今はまだわからないかもしれない。 信じられないのも、無理はないだろう。」と、老紳士は言う。「彼等もそうだった、らしい」と、テーブルに肘をつき、手を組む。「しかし、大半はスマイオに発見・誘導され、捕らえられてすぐ、尋問を受け、認識を改めることになったそうだ」




「ただ一人、まさやをのぞいてね」と、サキちゃん。




「あ、あぁ、」と、タカハシ(27)は、わかったふりでうなずく。




「外に出れば、イヤでも壁が見えるはずだ。時間的にもそろそろ、航空障害灯がつくころだろう、」と、老紳士が、腕の時計に眼を落とし、



「それで、タカハシでもわかると思うわ?」と、サキちゃんがこちらに眼を向けてくる。「このサイタマの現実が」



『でも』って、とタカハシは思うが、口には出さず、「まぁ、」と、よくようなくつぶやいて、アイスコーヒーのグラスを手に取り、



 ダメだなこいつら、ラりってるわ、



 と、判断をくだして、一気にのみほし、グラスをおいて、「ガンぎまりんとこ申し訳ないんですけど、」と、頭をさげて率直に口をひらく。「おれもう、ちょっと、家かえるんで、わりいけど、」と、席を立ちながら続けて、いい加減とっとと逃げようと、テーブルの横へ移動し、




「ちょっ―――!」「待ちたまえ!」と、代表と呼ばれている老紳士がおごそかに、怒ったサキちゃんをさえぎって口を開き、さっとテーブルすみの紙ナプキンを取って胸元からペンを取り出し、




 見た事のない市外局番から始まる番号をすべらかにしるし、




「もし、なにかあれば。すぐにここへ連絡を寄越しなさい」と、差し出してくる。




「はぁ、」と、タカハシ(27)は、あいまいに答えながら、番号をうけとり、ちらと見ると、ヘアピンがついており、老紳士に視線でたずねると、うなずかれるので、


 とてもメンドウだが、失礼ないよう、丁寧におりたたんで、上着の薄手のブルゾンのポケットにしまい、「じゃあ、 あのー、これで、失礼します」と、なげやりにまた頭をさげて、そそくさと歩きだし、




「タカハシ!」と、背に声が掛かるので、振り返ればサキちゃんが、なにか言いたそうに立ち上がるところで、しかしすぐさま、老紳士に制されて、しぶしぶ、腰をおちつけなおし、



 なにか言いふくめられて。



 それきり黙る。




 老紳士がよこがおをむけて、「家まで送ろうか?」と、声をはる。




「あ、いえ、 けっこうです、 歩きたいので、」では、と、ざっくばらんに、むげに言い置いて、


 タカハシ(27)は、背を向け、ヤべーわあいつら、と、逃げるように店を出る。



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