一話 Aパート・チャプター6/実力
「ふむ、」と、老紳士が思案気にこぼし、顎を触って、「では一度、実践してみようか、サキ君!」と、横へ声を飛ばす。「君のちからを、私につかいなさい!」
「なっ!」と、サキちゃんは驚いて、「ですが、それでは!」
「構わん!良い機会だ!」と、非常に熱いテンションで言う、老紳士。「存分にやりたまえ!」
少しだけ、緊張に満ちた、間が空いて。
「わかりました」と、サキちゃんが静やかにもいさましく言い、「後悔はしませんね?」と、隣に問う。
「やりたまえ!」と、老紳士が確と頷き、
「了解!」と、サキちゃんが軽快に言い放って、外へドアを開け放したまま、躍り出る。
呆気に取られていると、「前へ来なさい」と、老紳士が言うので、
「はぁ、」と、タカハシ(27)は答えて、シートを倒して、いったん外に出て、またシートを戻して、前に乗り込み、眼で運転席を窺うと、頷かれるので、ドアを閉め。
車の前に移動して目を瞑って集中して佇むサキちゃんと、老紳士を、見比べて。
「あのー、」と、声を発し、
「まあ見ていたまえ、」と、老紳士が口許を歪め、フロントへ顔を向け、「サキ君!」と、急にでかい声を出す。
聞こえたらしく、キッと、サキちゃんは眼を開き、何か一人でぶつぶつ唱えながら、右腕を顔の前までゆっくり持ち上げ、これ見よがしにカッコつけて、手を握り締め、
『 これが、わたしの! 能力! 』などと、自己紹介しているらしく。
タカハシ(27)はただ精神的に五歩ほど引いて冷ややかにその姿を見て、「アレまいかい言ってるんですか?」と、隣に訊ね、
「シーーっ!」と、口許を歪めて人差し指を立てる姿を見て、
黙らざるを得なくなって、二人そろって前を見て、間もなく、
『絶対るく涙空間!』と、また若干噛みながら叫ばれ、
『
と、足をクロスさせてキメキメで開いた右手を振りながら車の中にまで聞こえる大音声で叫び、
ぐううぅぅぅぅぅ!と、老紳士が号泣しながら胸を抑え、片手で掴んだハンドルに蹲り、若干クラクションがペッと鳴る。
そして繰り返し首をふり、からだというからだを、震わせながら、
「嫁の事は言うなよぉぉおぉぉおおおお!」と、三回戦で負けた甲子園球児のように、泣き叫ぶ。
ドン引きするタカハシ(27)は、老紳士から、フロントガラスの向こう、
サキちゃんへと焦って眼を向け、
またつまらぬものを、と言いたげに、たそがれて、微風に髪を揺らし、ひたすら静かに、佇まいを正して目を伏せる姿を見て、
車内の惨状に眼を戻し、「オオオオオオオオっほっほおおおおおおお!」と、噎び泣く姿を眺める事になり、あまりの泣きっぷりに居た堪れなくなるので、
「いや、あのー、大、丈夫、ですか?」と、おそるおそる声を掛け、背をさすることにする。
「よ゛、よ゛め゛、の、ごど、は、ぐ、言わ゛、ない、やぐ。そく、な゛のに゛ぃ!」と、老紳士が、泣きながら呻く。「よ゛、よ゛め゛の、ごどおわ゛ぁ!」
「あのー、ショックだったんですか?」と、うかがいながら訊ねている、タカハシ(27)。
「出で、いっだのぉ、わ゛ぁ!わだ、じ!の、せい、じゃ、ない、の、にいい!」と、ひどくしゃくり上げながら、老紳士が言い。
不意に。
こんこん。と、軽く助手席の窓がノックされ、
顔を向けると、事を済ませて近づいてきたらしいサキちゃんが車内を見下ろしているので、タカハシ(27)は慌てて窓を開けようとして、パワーウインドウでないことに今更きづいて、 うわめんどくさ、 と思うが、文句を言える状況でないので、必死にきゅるきゅる、ドアに付属しているハンドルを回して、窓を下げ、開け切って、
「めっちゃ泣かれてんだけどちょっと!」と、端的に状況を説明する。
ア゛あああああああああああああああああああはっはっはああああああああああん!と、老紳士の号泣が狭くて近い天井を仰ぎながらの二番のAメロに差し掛かるので、ちらと見てから、
またサキちゃんに眼を戻すと、
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