一話 Aパート・チャプター5/罪とお茶の香り




 ああでもないこうでもないと、サキちゃんの弁解めいた罵倒の相手をしながら、待つこと、


 

 ――――――十分後。



 早々にココアをのみほしてテーブルに突っ伏してうじうじネコ待ち受けの言い訳をまだしながら「タカハシはヒトのスマホ勝手に見てデリカシーがない!」と怒りの矛先を人格批判に向けるサキちゃんを眺めてくつくつ笑っていると、不意に、屋外、ロータリーの方から、事故めいた甲高いブレーキ音が轟き、場に居合わせた人々の視線が、揃って上がり、



 外をうかがい始め、


「来たわね」むくりと起きて、サキちゃんが言い、



「代表とかいう人?」と、タカハシ(27)が続ける。



「行きましょう!」と、質問には答えず唐突に席を立つ、サキちゃん。「立って、タカハシ!スタンダップ!そしてフォロミー!」



「あぁ、」と、笑ってしまいながら、むちゃくちゃか、と、内心で突っ込みを入れ、出入り口につかつか向かっていくサキちゃんの分もグラスをもって後に続き、


 返却口に戻して、ほんの少し遅れて外に出ると、




 店の真ん前のロータリーにきったない軽乗用車が斜に停まっており、運転席側に、どう見てもフォーマルなダークスーツを纏った、ロマンスグレーの髪をオールバックにしている、顔かたちの整った、紳士然とした五十代後半と思しき男が佇んでおり、


「待たせたな、サキ君!」と、よく通る、スマホから聞こえたものと同じ声を放っており。



 こちらを見すえ、「彼かね?」と、サキちゃんにちらと視線を向ける。



「えぇ、彼が、」と、男に向いていたサキちゃんがこちらに振り返る。



「あのー、」と、タカハシ(27)は注目におびえて、口を開く。



「待ちたまえ」と、男が手をかざして制す。「ここではまずい」と、地面を指さす。



 サキちゃんは何も言わず、まわりに視線を走らせている。



「乗りたまえ!」と、男が朗々と声を放ち、さっと背を向け、勢いよく車のドアを開け、流麗な立ち居振る舞い挙措どうさで運転席に滑り込む。



「タカハシ、」と、サキちゃんが顎で軽自動車を指す。「乗って?」



 ――――――なんか輪ぁかけてコレおかしなことになってきたな、と、雲行きを怪しみながら、サキちゃんにぐいぐい背中を押されたこともあって、「あ、あぁ、」と、タカハシ(27)は勢いに負けて答え、歩きながら、ちらと、駅舎を見やって、駅名を示す看板を眺めれば、





 『 シン・サヤマ the / sin / sayama 』




 と、なぜかカタカナで書かれており、あれ?と、疑問に思うが、とりあえず、助手席に回って、『(有)ウチヤマ工務店』とプリントされているドアを開け、身を屈めると、老紳士と目が合い、



「構わん、後ろへ乗りなさい」と、妙に優しく促されたので、



 自分でシートを倒して、後ろへ乗り込み、腰を落ち着けたものの、落ち着きなく、知らない車の中に満ちる芳香剤のにおいを嗅いでいるとサキちゃんが続いてシートを起こして前に乗り、



 ドアを閉め。



 しんと、車内が静まり返り、



 ぎゅうぎゅう詰めの中、


「さて、」と、老紳士が声を発して、バックミラー越しに、鋭くこちらを見る。



 サキちゃんがさっと首を傾け、こちらを横目に見る。



「君にたずねたいことがある」と、老紳士。



「はい、」と、恐縮して、タカハシ(27)。



 サキちゃんを泣かしたことを叱られたり怒られたりするのか、と、子供じみた不安にとらわれ、「なん、ですか?」と、運転席の後頭部と、バックミラーの眼を、見比べて言う。




「君は。このサイタマの住人、 ではないね?」と、老紳士が、首をよじってこちらを見る。




「いや、それさっきも、そのー、キキョウガオカさん?」と、サキちゃんを見やると、「サキでいいわ」と、返ってくるので、「そのー、サキちゃん?にも、言われましたけど、何言ってるかちょっと、わかんないんですよね」




 ハハッ、と、老紳士が前を向いて笑う。「まあ無理もないだろう、移動を経験したものはみなそう言う。 と、言われている。」



「はぁ、」と、タカハシ(27)。



「ここは埼玉武蔵野州、仰星指定隔離特区、シン・サヤマ。罪とお茶の香り漂う街、sinサヤマだ!」と、老紳士がバックミラーを越しに鋭くタカハシを見て言う。



「え?っと、隔離?」と、訊ね返すタカハシ(27)。



「わたしたち能力者は、常に監視されているの」と、サキちゃん。「つまり、このサヤマにいる人間すべてが、常に、 広域監視静止衛星群、ダ・バブルガム・ブラザーズの一機、トム・ザ・グラッスィーズによって監視、そして管理されているの」シートに背を預け、前を向く。「ブラザー・トム、と、みんなは呼んでいるけれど、心当たりは?」



「ええっと、」と、サキちゃんの後ろ髪を見て笑う、タカハシ(27)。「うぉんびーろん?」



「この会話も、盗聴されていると思ってもらって構わない」と、老紳士が言い分を無視して、続ける。「位置はこのムスタングに乗っている限り特定されはしないがね!」



 おもいっきり軽自動車じゃないですか、とタカハシ(27)は思うが、言葉をのみこんで、「あぁ、はぁ、」と、曖昧に返している。



「まだ、実感がわかない?」と、首を傾け横目にタカハシを見る、サキちゃん。



「いや実感もなにも、埼玉だし、」と、タカハシ(27)。




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