一話 Aパート・チャプター4/ねこはかんけいない!



「いや、いてもおかしくないでしょ?」と、のんきなタカハシ(27)。



「バカ言わないでよ!こんなっ!駅前にマックとゲオとイナゲヤしか無いようなところに仕事以外で凍狂の人間がっ!っと、ごめんなさい、」ん゛ん゛!と、咳払いする、サキちゃん。目を瞑って、息を吸い直し、「そもそも!この、サイタマに!凍狂の、人間が!入れる訳ないでしょ?!」と、なんどもテーブルを叩く。



 ガチャつくグラス等々には気も留めず、「そこが!そもそももう異常なの!」と、注目を意に介さず喚き散らす。「自分でなに言ってるかわかってるの?!タカハシ!」




 すげー呼び捨てだな、と、今更ながらタカハシ(27)は気おされて思うが、一旦それは、置いといて。「いや入れるでしょ?」と、笑ってしまう。「道あるし、電車あるし、つーか、落ち着きなよ、」



「はん、」出たよ、と言いたげにサキちゃんは鼻を鳴らして顔をしかめて、「これだから凍狂もんは!なんかあればすぐ電車電車、地方の人間の って違うの、いい?」と、表情をあらためて、身を乗り出し、「どうやったって入れるわけがないの! いい?! 外側からも内側からも、あの壁を越えられる訳がないの!」と、出入り口の方を指差す。



「壁?」と、タカハシは笑っている。



 サキちゃんは腑に落ちない顔をして、「もしかして、」いや、でも、そしたら、などと独りで思案気に呟いて、「ねえタカハシ、」と、幾らか落ち着いて、声を掛けてくる。




「なに?ってか、座りなよ」と、笑うタカハシ(27)。




「あ、うん」と、素直に聞いて、ゆっくり腰を下ろす、サキちゃん。まさか、でも、そんなわけが、などと、どこか不安げに、口許に手をやって独りでぶつぶつ言い続け、


「ねえ、」と、顔を上げる。




「なに?」と、半笑いで訊ね返す。



 グラスの氷が、融けてからんと、音を立てる。




「タカハシは、この世界のヒト?」と、真顔でサキちゃんは言う。



「いや、そりゃそうだろ、」と、タカハシ(27)。



「記録にあったの、前にもタカハシみたいなことを言う人が現れたことがある、って。」



「はぁ?」と、首を傾ぐタカハシ(27)。



「その中の一人が、田所まさや、四十三歳。ひらがな三つで  ま さ や。」と、音に合わせて指を順に三本立て、「知ってるでしょ?」



「知らねえよ」と、タカハシ(27)は笑っている。「知ってても四十三でその紹介のされ方っつーか、仕方は。 あんまりだろ、それ」



「まさやを、知らない?!」愕然として、サキちゃん。「能力者なのに、まさやを?!ひらがな三つだよ?!」



「いやそんなこと言われても、ひらがな三つ強調されても、芸能人とかじゃないでしょ?その人、」と、苦笑するタカハシ(27)。「つか、オレ、能力者?とかじゃねえよ?そんな、君さぁ、マンガじゃあるまいし、」



「あのねえタカハシ、」と、サキちゃんは呆れて、「この街に、いいえ、このサイタマに、能力者じゃない人間なんていないの。当たり前のところがやっぱりおかしいのよ、タカハシ、」言いながらも、はっとして、「今のではっきりしたわ、」と、テーブルの一点を見詰めて、呟き、「あなたはやっぱり、この世界のヒトじゃない。そうなんでしょ?」



「いや、そう言われても、」と、タカハシ(27)。「埼玉でしょ?ここ、だいたい――――――」



「待って、もういい、わかったわ、」と、サキちゃんは手を翳して話を遮り、ちょっと腰を浮かせて、スカートのポケットをまさぐってスマートフォンを取り出し、


 手早く操作しながら、「ちょっと待ってて?」と断って、


 何処かに、スピーカーをオンにして、電話をかけ始め。



 テーブルに置く。



「なに?」と、不安からタカハシ(27)は声を苛立たせる。



 ダイヤル音が響く中、



「これから代表に連絡するから、」と、サキちゃんはキリッと眼を鋭くして断り、




 間もなく。





『 私だ 』と、威厳のある男の声が、スマホから響く。




「代表?キキョウガオカです、」と、少々神妙に、液晶画面を睨んで、サキちゃん。



『サキ君か、どうした?』と、端的に続く。



「ディスティニー・チャイルドに遭遇しました」


『ビヨンセか?!』がたがた!と、音付きで代表が驚く。



「あ、いえ、そっちじゃないです、」とサキちゃんは素っ気なく即座に否定し、「まさやの予言に導かれしもの、 アナザー・サイタマよりの使者、 といえば、お解りいただけますか?」



『・・・なん・・・・・・だと・・・?』と、掠れた声が返ってくる。



 タカハシ(27)は声無く苦笑してしまう。



『そこにいるのかね?!』声が飛ぶ。



「いま、目の前に、」サキちゃんは言いながら、暢気なタカハシを睨む。



 がたがたとまた音がし、『わかったすぐ向かう! 場所は?!』



「新狭山駅前のドトールです!」と、鋭くサキちゃん。


『・・・・・・ドトール!』愕然として、代表。



「いやそこ驚くとこじゃねえから!」と、口を挟むタカハシ(27)。



『ハハッ!活きのイイ!まさか、生きて会えるとはな!十分後だ!サキ君!』


「わかりました!」と、答えて、



 液晶画面が、通話の終了を知らせ、間も無く、




 待ち受けに戻り、しろいふわふわの猫が画面いっぱいに表示され、




「これから十分。待ってもらうけど、いい?」と、何げなく事後承諾を得ようとする、サキちゃん。



「あぁ、まぁ、 ネコ、すきなの?」と、画面とサキちゃんを見比べて、笑うタカハシ(27)。



「んねっ!ネコはいま関係ないっ!」と、サキちゃんは顔を真っ赤にしてスマホを掻っ攫い、うぅ!と、呻いて唇をわなわなさせて、動揺しているのか大げさに指を動かして操作してさっさとポケットにしまい直す。



「今のそれ、ネコっしょ?かわいかったよね?」と、適当なことをほざくタカハシ(27)。



「ネコはいいの!」と、みみまで朱いまま喚くサキちゃん。うぅ!とまた呻いて、テーブルに肘を突き、両手で目許を覆ってしまう。



 くつくつ、タカハシ(27)は笑って、「あぁ、まぁ、じゃあ、とりあえず待つよ、」と答えて、コーヒーに手を伸ばし、口をつける。




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