第15話 裏切り

 目を覚ますと、あの厩舎の中にいた。出窓から差し込む夕陽に埃がチラチラ浮光っている。二人の顔があった。フリーダと、群衆の中にいたあの女である。起きようとしたら、激痛が走った。

「ツッ!」

「ダメだよ、オルヴィス。まだ横になってなくちゃ。ワンダさんが傷の手当てをしてくれたから、ちゃんとお礼を言ってよ」

「ああ、お礼な。わかった。ありがとよ、ワンダさん。だが、傷の手当てと、あの件は別だ」

「あの件ってなに?」

 フリーダは小首を傾げている。

「ダマされるな、フリーダ。昨夜、倉庫で見かけたのは、その女だ。ここから先は、オレの推測だが、あの時間に倉庫へ入ろうとするのは、村の者とはいえ不自然だ。多分、その女が牡蠣を盗もうとしたんだろう。そして、よそ者であるオレたちがやったように見せかけようとした。ハメようとしたんだ。あの状況でカキが盗まれたら、誰もがオレたちを疑うだろう。まぁ、実際、オレが犯人なんだけどな。なにも言えねぇ」

 フリーダの目が大きく見開かれた。

「ま、まさか…」

「そいつ、とんでもねーワルだぜ。俺が棒でめった打ちにされてるとき、笑ってやがったんだからなあ。どんな神経してるんだか。他人を平然と陥れることのできるイカれ顔だった。…なんか心当たりはねえか?」

 言われてみると、牡蠣の採集のとき、持ち場を指示したのはワンダさんだった。しかし、別の少女が言うには、その持ち場はすで採集した後で、一匹も残っていないという。

 もし、ワンダさんの指示が、彼女の勘違いではなく、意図的なものであったとしたら……。

「そ、そうなんですか? ワンダさん」

 ワンダと呼ばれた女は、無言だった。

「本当なんですか?」

「あ、あんなに、優しくしてくれたのに…」

 ワンダは無言だった。

「ねぇッ! ねぇッ! ワンダさんったらッ! なにか言ってよ!」

「ああ、ホントだよ。うっせーな、ピーピー、クソガキが」

 ワンダの顔が剣呑なものに変わった。

 フリーダの表情が固まった

「おーい、だいじょうぶかー?」

 場にそぐわない声でオルヴィスが彼女の目の前で手を振った。フリーダの硬直が解けた。

「な、なんでそんなことしたのッ!」

 今にも泣き出しそうだった。

「うっせーなあ! あたしはねぇ、善人のふりして卑賎民に近づいて、あとから裏切って、裏切られたそいつの顔を見るのが、好きなのさ。それ以外に理由なんてあるもんか」

「どうして…」

「アンタ、卑賎民のくせして他人を疑うってことを知らねーのかよ。あたしの両親はねぇ、ホントお人好しでねぇ、あんたたちみたいな卑賎民が路頭に迷っていたから、一晩の宿を貸してあげたら、あたし以外は皆殺しにして、金目の物を持って逃げやがったんだ。恩を仇で返す、ってのはこういうことをいうんだろうねぇ。あたしは、お母さんに逃げろ、って言われて、裏口から逃げて助かった。よくこんなひどいことできるなぁ、って思った」

「でも、そのひどいことを、今度はワンダさんが、やってるんじゃないんですか?」

 オルヴィスは、よせ、とフリーダの服の袖を引っ張った。

「一緒にすんじゃないよッ!」

 ワンダは、フリーダのほおを平手打ちにした。ハデな音が響いた。フリーダは吹っ飛んだ。

「あたしはね、両親を殺されたんだ。コソ泥のアンタたちの盗みと一緒にされちゃ困る」

「どうしたら、アンタの気持ちが晴れるんだい?」

 オルヴィスはできる限り丁寧なニュアンスになるようにたずねた。

「この先あたしの気が晴れることなんて一生ないよ」

「…へえ、そいつは虚しいな。きれいさっぱり忘れろ、とまでは言わねぇけど、相手のことを恨むのは、やめちまった方が楽だと思うんだけどなーそんなことじゃアンタ、この先一生不幸だぜ? とりあえず、オレが盗みをやったことをしたのは事実だし。この村にいる資格もない。すぐに出て行くよ」

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