第14話 事件
厩舎へ戻ると……
「ねぇ、オルヴィス。わたしたちの居場所ってどこにあるのかな?」
「どっかにはあんだろうよ。オレにもまだわからねぇ」
オルヴィスはふんどしを身につけているだけだった。
「…服はどうしたの?」
「外に乾かしてる」
「なんで? 雨も降ってなかったのに」
「舟の上から蹴り飛ばされた。なんとか泳いで岸まで戻ったけどな。死ぬかと思ったぜ」
「危ない。なんで蹴り飛ばされたの?」
「まぁ、オレが悪りぃんだけどな。肝心なときにゲロしちまって。オマエの方こそどうした? 浮かない顔して。またなんかされたのか?」
「イヤ。わたしが悪いんだよ。一個も収穫がなかったから」
「その足首の包帯はどうした?」
「おとといの稲刈りのときに、間違って切っちゃった。わたし、ドジだから、転んじゃってね」
「そんな傷で海になんか入ったら、塩水が染みて痛いだろうに」
フリーダは、ぽろぽろ涙をこぼした。
「バカッ、泣くんじゃねぇ」
フリーダのお腹がぐ~ぅと鳴った。
「腹減ってんのか? まぁ、そうだよな。晩飯抜きだもんな、オレたち。かくいうオレも腹ペコだった」
なんか食いモン欲しいなぁ、と呟きながら勢いよく立ち上がった。
「そうだ! オレに任せろ!」
フリーダが制止する間もなく、オルヴィスは厩舎から飛び出していった。
オルヴィスは、月の明かりを頼りに海辺にある倉庫へ走った。
周囲を確かめてから、扉を開けて、中へ侵入する。マッチに火をつけて、辺りを見渡した。
血抜きされたさまざまな魚に混じって、牡蠣の入ったカゴがあった。
急いで大きめの牡蠣をつかめるだけ手に取ると、出入り口まで走った。
そのとき……
「だ、誰だッ!」
見つかった! 女の声だった。雲に隠れていた月が一瞬現れて、その女の顔を照らした。見たことのない顔だった。
オルヴィスは女に体当たりした。その勢いで、牡蠣を一個落としてしまう。女の横を通り抜け、とりあえず全速力で走って逃げた。
「ぬ、盗んできたの?」
フリーダは驚きのあまりオルヴィスの方へ四つん這いに身を乗り出した。
「まぁ、でもしくった。四個取ったんだが、見つかってな、一個落としちまった。顔は見られてねぇから安心しろ」
貝をこじ開けると、ほれ、やる、と言って、差し出す。
「オマエが二個食え。腹、減ってるんだろ?」
「あ、ありがとう」
盗みはいけないことだとわかっていたが、背に腹は代えられない。仕方のないことだ、と自分に言い聞かせながらブリタニカは一口で食べた。あれだけたくさんの牡蠣があるのだ。三個くらいオルヴィスが取っても……。
「食った殻は、海にでも捨てておけよ。証拠隠滅だ」
翌朝、いきなり戸が乱暴に開けられたかと思うと、村長の息子のレックスが血相を変えて現れた。
「オマエらか? 昨夜、倉庫から牡蠣を盗んだのは」
なんでバレたのかと思ったが、よく考えたら、牡蠣を一個だけ落としたせいであることに、オルヴィスは思い至った。なんてバカなのか。あの状況ではどう考えても、盗みを働いたことがバレバレだ。
たとえ顔を見られていなくても、よそ者の自分たちが真っ先に疑われるのは、少し考えれば、わかりそうなものだ。
オルヴィスは、なにも言えなかった。オレじゃない、とは言えない。
「こいッ!」
無理矢理、村長の邸宅へ連れて行かれた。フリーダも。
村人たちに囲まれて、追求を受けた。
「卑賎民はやっぱりどこまでいっても穢れてやがんだなぁ!」
「おい! やっぱオマエたちなんだろ! 犯人はよー」
「腐りきってる!」
「性根を叩き直してやれッ! 袋叩きだッ! 早く吐け!」
オルヴィスは、一人一人の顔をちらちら見た。恐ろしい、と初めて思った。多分、人間とはこんな顔をして、平然と人を拷問したり殺すことができるのだろう。自分だって窮地に置かれたら、絶対にやらないとは言えない。
普段は、何気ない顔をしている人間も、なにかのきっかけで別人のようになれるのだ。レックスはいつの間にかどこにもいなかった。
「ゴメンなさいゴメンなさい」
オルヴィスは土下座して謝った。
「ゴメンなさいゴメンなさいオレがやりましたこの子フリーダはまったく関係ない罰を受けるのはオレだけにして下さい」
「棒叩きだッ!」
誰かが叫んだ。
するとメープルの棒を手にしたレックスが現れ、オルヴィスの顔面に一発打った。体ごと吹っ飛ばされた。口の中が切れた。血の味がした。間髪入れずに、今度は背中を殴打された。
レックスはオルヴィスを見下している。ふたたび棒を振り上げた。群衆の中に昨夜倉庫で見かけた女がいた。笑ってやがる。
棒が振り下ろされた。
オルヴィスは地面を転がって避けた。
「おいッ! 避けんじゃねーよ! 避けた分、割り増しだ!」
オルヴィスは意識を失う前にフリーダの声を聞いた。
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