第8話 その後

「ハァハァハァ…」

 オルヴィスは胸を上下させている。フリーダを地面に横たえると、すぐ隣に仰向けになった。

 フリーダは普段着ないような上品な衣をまとっていた。顔にも汚れがない。きれいだ。元々しっかり身なりを整えれば、びっくりするような目鼻立ちの整った子である。いつもボサボサだった髪もきれいに梳かれていた。儀式のために全体を小綺麗にされたようだ。

 息が整ってくると、オルヴィスは切り株に座った。

 程なくフリーダの目がぱっちり開いた。

「気がついたか?」

「あ、あれ? わたしどうなったの?」

「どうなったの? ってここがあの世なんかに見えるかよ。オレのいつもの仕事場だ」

「…た、助けてくれたの?」フリーダは涙ぐんでいる。「もう誰も来ないかと思っちゃった。わたし、死ぬことも、どうでもよくなっちゃったの」

「そいつは、麻薬のせいだ。オマエ、麻薬で中毒になったんだ」

「…そうなんだ」

「まだ頭がぼうっとしてないか?」

「言われてみると、まだ頭がふらふらするかも」

「まずはここで休めよ。こんなもんしかないが…」

 差し出したのは、いかにも毒々しい赤い斑点のついたキノコだった。

「…え?」フリーダはきょとんとする。「これ、毒キノコ?」

「バカ野郎。オレが毒キノコ採ってオマエにやるかよ。ちゃんと食えるもんだ」

 フリーダはキノコを口にくわえると、ちょびちょび食べ始めた。

「どうだ? めまいは収まったか?」

「うん。だいぶ」

「むしろ、力湧いてきたんじゃね? そろそろ歩けそうか?」

「そうだね。そろそろ」

「でも、もうちょっと待ってくれ。じきにガードが来る」

「ガードリアスも?」

「アイツには特に礼を言っとけよ。最初は、協力してくれるかどうかわからなかったが、最後の最後でアイツの協力が必要だった」

「そう…なんだ」

「ところで、オマエを背負って下山したとき、ちんちくりんのマッチ棒で助かったぜ」

「だ、だから、そ、それ、言わないでったら!」

 パキパキと小枝の踏む音がして、ガードリアスがやってきた。

「やぁ! 二人とも! 無事だったかい?」

「ごらんの通りだ。最後は、もう、本当にダメかと思ったけど、助かった」

 ガードリアスも切り株に腰を落ち着ける。

「でも、本当に、すごいこと、やっちゃったねー」

「バレたら、棒叩きかムチ打ちの刑は免れないな。下手したら追放もんだ」

「ありがとう、ガードリアス」

 フリーダがモジモジしながら礼を言った。彼女なりに迷惑をかけたことを申し訳ないと思っているのだろう。

「まぁいいさ。キミはぼくたちの仲間だもんなぁ。オルヴィスに一番礼を言うべきだよ。この無鉄砲野郎がいなきゃぼくなんかキミを助けようなんて思いつきもしなかったし、やる勇気もなかった」

「だけど、ガード。オマエ、めちゃめちゃいいタイミングで来てくれたよなあ。クマの毛皮、サイコー。クオリティ高けー」

「君だって、クマの面被ってたじゃないか。あれはクオリティ低いよ」

「だって、他になかったんだよ!」

 フリーダはくすくす笑っている。

「でも、これからどうしようか」

 ガードリアスが眉を潜めている。

「確かにな。助け出した後のことまで考えてなかった」

「それをオマエに聞こうと思ってたんだよ」

「じゃあ、こうしよう。フリーダはこの後、家に帰る。クマに襲われて、僧侶たちが逃げてしまったので、どうしたらいいかわからずに戻ってきた体で。ぼくたちも普通の顔して帰ろう」

「でも、それだと、フリーダが供物になるっていう事実自体はなにも変わらねーぜ」

「じゃあ、キミのお父さん……シュメルさんに頼もう。シュメルさんはライナ村一帯を守る警備団のリーダーだから、バロック村長には顔が利くはずだ。なんとか理由をつけてブリタニカの供物をやめてもらうようにお願いするんだ」

「オマエは、どうすんだ?」

「ぼくは、素知らぬ顔して家に帰って、徴兵に行くよ」

「死にに行くのか?」

「生き残るために行くんだよ。早くこのバカらしい国取り合戦を終わらせるために」

「…わたしは、どうすればいいの? このまま家に帰っても、お母さんに叱られちゃうし、どうせまた供物に突き出されちゃう…」

「フリーダは…そうだね。オルヴィス! 確か、この近くに、古代に作られた洞窟があったね! フリーダはしばらくそこに隠れててもらおう」

 フリーダはキノコをかじりながら、しょんぼりしている。

「心配すんな! 食いモンはオレが持ってきてやる。水は近くに湧水があるからそこで飲め。なんかの理由があってオレが来るの遅れたら、自分でヤマドリかシカでも獲って食え。道具なら、山小屋に入ってる。火を焚く薪は腐るほどあるからな。火は洞窟の中で焚くんだぞ」

「フリーダ。しばらくの辛抱だ。我慢しててくれ」

「そうだ。オレたちはうまくやる」

「ところでさ。なんか身体が熱くなってきたんだけど」

「ああ、やっと効いてきたか。そのキノコは気付薬だ。元気になるキノコだ」

「つまり、どうゆうこと?」

「つまりは、毒キノコの一種だ」

 フリーダの口角がぴくぴくと引きつった。

「もう、そうゆうのは最初から言ってよう」

「言わねぇところがオモシれぇんだよ。だいじょうぶだ。心配すんな。オレも仕事で疲れてきたら、よく食うキノコだから。疲労を取って、シャキッと元気にしてくれる薬だと思えばいい」

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