第3話 市場

 この日は、月に一度の市が立つ日だった。

 街道に沿って南へ行くと三叉路があり、そこにマクマードの町がある。オルヴィスとガードリアスが荷車を引いていた。

 フリーダは一人で行くと言ったが、オルヴィスが許さなかった。

「大バカ野郎。どうせ同じところへ行くんだからよ、オマエ一人で行く意味ねーだろーが」

 それに、フリーダ一人だと商人に足元を見られることがあるから、ボディーガードが必要だった。

「そうだよ、フリーダ。目的地が同じなのに、バラバラに行くなんて変だよ」

 ガードリアスも一緒だった。

 オルヴィスは、森で採ってきたマツの薪とカンナをかけて建材に仕上げた杉、小刀で削って制作したフクロウの置物とミツバチの巣を襲撃した奪ったハチミツを。

 ガードリアスは、彼が剥いだクマの毛皮と、生薬として高い価値のあるクマの胆嚢を乾燥させて製作した熊胆ゆうたんを積んでいる。

 フリーダは、ブタやウシの腸を炒り上げた『ボーネン』と、牛肉を燻製にした『カレ』と、一ヶ月をかけて制作したタカの剥製を積み込んでいた。

 マクマードの町は、三つの街道の中継地点ということもあり、旅籠や茶屋、商店、交易所、見世物小屋も立つ賑やかな町だった。

「さ、目指すは交易所だ」

 まだ往来の少ない通りを、三人は交易所の立つ場所へ向かった。

 途中、オルヴィスの歩が止まった。

「オォォォォ、めっちゃスッゲェェェ! これ、イヴァルディの新作オノじゃん! 最近使ってるの切れ味悪くなってきたんだよなー。おっちゃん、これ、いくら?」

 店主が答える。

「三十万ナノだな」

 オルヴィスはがっくりと肩を落とした。

「三十万ナノったら、この薪で計算したらどれくらいだい?」

 ガードリアスの肩に手を置いてたずねる。

「ざっと薪一万本分くらいだろう…」

「君にかかったら、一万本なんてたやすいだろう?」

 ガードリアスがニヤけて慰めを言った。

「くそッ、他人事だと思いやがってよう。ムリだ! ぜーったいムリ! 何年かかるかわかんねー!」

 フリーダがくすくす笑っている。

「そこのマッチ棒! なに笑ってやがる!」

 フリーダの足が止まった。視線の先には、商人と思しき父母に連れられた男の子がニヤニヤしながら、彼女を指差していた。

「こらッ! 指さすんじゃない!」父親が叱った。「アイツの着ているボロを見てみろ。卑賎民だぞ」

 行く先々で、指を差されたり、チラチラ見られたフリーダは、ついに前を向けなくなって、伏し目がちにとぼとぼ歩き始めた。

「おい、早く歩け」

 オルヴィスは、自分が羽織っていたマントを、フリーダの肩にかけた。彼女は無言で、マントをぎゅっと握りしめた。

「…ふうむ。これは、一万ナノかな」

 タカの剥製を手にした店先のオヤジがに告げた。

「おいッ」オルヴィスは台の上に身を乗り出し、胸ぐらをつかんだ。「クソオヤジ。ふざけんなよ。商人だからって足元見てインチキしてんじゃねー。俺は元々身分なんてクソ喰らえと思ってる性分だ。なんならテメェをここでぶん殴ってもいい。タカの剥製で、一万はねーだろーが」

 実際、剥製は、上流階級にとって非常に価値のあるもの美術工芸品だった。人気のあるタカだったら、一体三十万ナノはするだろう。それを一万ナノとは、フリーダが賎民だと見抜き、ぼったくろうとしたのだろう。

 良心的な商人のところへ持ち込むと二十五万ナノで売れた。

 オルヴィスの商品は全て完売で、米三俵とニシン五キログラム、バナナ一房、梨と桃をそれぞれ十個ずつ、それと新調した平均的な価格のオノとナタを買った。

 ガードリアスは毛皮だけは売れなかったものの熊胆ゆうたんのみの売り上げで、米四俵とキャベツ、白菜、マツタケ、さんま五キログラムを、ブリタニカは稗と粟を、それぞれ五キログラムずつ買った。

「米とか服とか、もっといいもの買えばいいのに。栄養も偏ってる。もっと肉や野菜も食べないとさ」

 フリーダの購入した品目を見て、ガードリアスはまゆを潜めた。

「ダメ…お母さんからムダ使いはしないように言われているから」

「ムダ使いといったって、夜盗が出たら、ぜんぶ盗られちゃうよ。使うときに使っておかないと」

 ガードリアスが心配したが、フリーダは首を横に振った。

「今はいい」

 一回これだと決めると、てこでも動かない頑固なところもあるフリーダだった。

 オルヴィスとガードリアスは一度店へ戻り、それぞれ彼女に肉と野菜と果物を買い足した。

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