第15話~16話

       15


 その日、自主練を終えた俺は、八時四十分、寮の自室へと戻った。

 ドアを開けると、背筋を伸ばして椅子に座った皇樹が、机の上に置いた国語の教科書と睨めっこしていた。今にも唸り出しそうな、しかめっ面で、である。

「練習試合、お疲れっす」

 部屋の中へと歩いて行きながら、俺は、軽い調子で話し掛けた。

「おう、桔平。昼は来てくれてありがとな」

 皇樹はふっと顔を上げて、弾んだ声で小さく笑った。

「にしても、皇樹。今日はキレまくってたよな。三点目なんか、全盛期のジダンを彷彿とさせる鬼キープだったしね」

 やや興奮気味の俺は、自分の思うところを率直に伝えた。すると、皇樹の笑顔がすーっと引っ込んだ。

「まあでもよ。言っちゃあ悪いけど、今日の相手は万年J2のチームなわけよ。J1を相手に今日のプレーができるかっつーと、正直、自信はねえな」

 皇樹の声音は、すっきりとしない。「まあ、こっからっすよ、こっから」とお茶を濁した俺は、鞄を自分の机の近くに置いた。残っている宿題を、片付けなければいけなかった。

「女子Aとのゲーム、もう再来週だよな。どうだ、勝てそうかよ?」

 皇樹は、鋭い眼光でもって問うてきた。エネルギーに満ちた口振りは、挑むようでさえある。

 挑発に乗った俺は、目を大きく開いて皇樹を見返す。

「訊くまでもないでしょーよ。スカッと快勝して、鮮やかにB昇格と洒落込こんじゃいますよ。俺は断じて、Cにい続ける器ではないんだよ。そこんところ、忘れてもらっちゃー困る」

 一瞬、未奈ちゃんの話題に移ろうか迷ったけど、止めといた。皇樹が未菜ちゃんの気持ちを知っているかどうか、わからなかったからね。

「わかってるだろうけどよ、竜神女子サッカー部はつえーぞ。女子独特のテンションに負けずに声を張ってかねえと、勝機はないぜ。気合と根性、フル・マックスでいけよ」

 言い聞かせるように告げた皇樹は、右手で握り拳を作って俺に向けた。俺は迷わずに、同じようにした左手を、皇樹の右手とぶつけた。


       16


 五月三日、日曜。女子Aとの練習試合の日。昼食を摂り終えた俺は、早足で部室に向かった。

 部室では、十人ほどの部員が喋りながら着替えていた。俺はすぐに荷物を置き着替えを始めた。

 その後、他の部員とともに、少し距離のある女子Aの芝生のグラウンドに赴いた。既に男女の部員が何人か来ていて、ロング・キックやストレッチをしていた。

 グラウンドのすぐ外には、屋外テント(運動会の放送席とかで使われるやつね)があり、下には男子の荷物が置いてあった。鞄を近くに置いた俺は、コートの隅でストレッチを始めた。

 身体の後ろで腕を伸ばしていると、「そこの人ー、……って、あんたか」背後から露骨に嫌そうな声が聞こえて、振り返る。

 転がったボールが俺に向かってきていて、ボールの向こうでは、未奈ちゃんとあおいちゃんが俺を見ていた。

 俺は腕を組んだまま、近づいてきていた未奈ちゃんに蹴り返す。

「ありがと」と、ぼそっと呟いた未奈ちゃんはボールをトラップして反転した。

「いよいよだね、未奈ちゃん。今日は、十、ゼロで完勝しちゃうよ。んでもって未奈ちゃんの心も、十、ゼロで俺に傾けてあげるからね」

「……ちょ、またそんな恥ずかしい台詞をぺらぺらと。困るっつってんでしょ。で、何だって? 十、ゼロ? あんた、うちと男子Bとの結果、知ってんの?」

 向き直った未奈ちゃんは、軽く引いた感じのお顔だった。

「もちのろんっすよ。三対三の引き分けでしょ? それがどうしたの?」

「……知っててそんだけ、大言壮語ができんのね。ま、あんたらしいっちゃあんたらしいか」

 会話の終わりを感じた俺は、身体の向きを戻してストレッチを再開したが、

「相手がどんな奴でも、私は負けるわけにはいかないのよ」

 未奈ちゃんの、自分に言い聞かせるような決然とした声が聞こえて、振り向く。だけど未奈ちゃんは、既にキックのモーションに入っていた。

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