第13話〜14話
13
その日は試合観戦だけで、午後蓮はなかった。夕食を摂った俺は、Cのグラウンドでダッシュの練習をしていた。佐々と一緒にする練習は、すでに終わっていた。佐々も俺の面倒ばかりは見ていられないからね。
スタート地点に戻った俺は、再び走り始める。最後の一本だ。
今日のテーマは足首の意識だった。様々な部位を意識して練習し自分の走りを見直せば、ぐんと前に進む感覚が得られる日が来ると佐々が教えてくれていた。
自分で書いたラインまでダッシュしてジョギングで戻っていると、ボールを手に持ったコーチが視界に入った。
俺は、「こんばんはーっす」と、頭を下げながら体育会系な感じで挨拶をする。
コーチは、「ダッシュ練が終わったら教えてくれ。話がある」と、真剣な様子だ。
「はい。ちょうど終わりましたっすよ」
俺の返事を聞いたコーチは、「おう」と答えた。
「女子Aとの試合だけどな、水池は間違いなく左ウイングに入る。マークは沖原だが、お前も何度もやりあうことになるだろう」
コーチは俺の目を真っ直ぐに見ている。
「わかってるっすよ。完全無欠に止めてやるだけっすわ」と俺は、力強く返す。
「おう、期待してんぜ。けどそこは『超絶姉弟』の片割れだ。一筋縄ではいかん。そこでだ」
言葉を切ったコーチは、持っていたボールを落として、足の甲で去なした。
「今から俺と一対一だ。お前を鍛え直してやる。構えろ」
言い終えたコーチは、左足のイン・サイドで、ちょんとボールを出した。俺は即座に半身になる。
元、全国ベスト4のチームのフォワードとのマッチアップか。臨むところじゃんかよ。完全無欠にシャットアウトして、自信満々で聖戦を迎えちゃいますかね。
14
コーチはゆっくりとドリブルを始める。俺はコーチの動きに全神経を注ぐ。
左足のアウトでボールが出た。俺は重心を右に移す。ボールが落ちる前にイン・サイドで切り返し。完全に逆を突かれる。
右足に持ち替えてドコーチはリブルを始める。左足でスライディングしたような体勢で
俺は、直ぐに立ち上がる。振り向いたコーチは、
「結構、上手いだろ、エラシコ。俺の
と、
「おし、もう少し離れろ。ショートパスをやるぞ。少し休憩だ。お前、ダッシュしたばっかだしな」
俺が後ろに下がると、緩いパスが来た。俺はボールを止めて蹴り返す。
しばらく無言でパスを交わす。
「コーチは高校時代、どんな選手だったんすか」
思い切って、聞いてみた。
「テクニック偏重のセカンド・ストライカーだ。『高校サッカー史上最高のファンタジスタ』『日本のトッティ』だなんて、身の丈に合わない、大げさな表現をしてくれる人もいたな」
俺は左足のイン・サイドで、早めのパスを出す。トラップしたコーチはゆっくりと俺にボールを返す。
「見ている人が唸るような美しいプレーをする。俺が出場するゲームを、『柳沼のゲーム』にする。そんな野望を抱いて、サッカーをしていた。プロになって野望を実現するために、留学もした」
心なしかコーチの表情が暗い。俺は何を言うべきか、わからない。
「パラグアイでは相部屋の寮に入っててな。毎日バタバタと慌ただしかったが、楽しかった。グラウンドがボコボコだったり、物質的にはあまり恵まれてなかったけどな。元チームメイトとは時々連絡を取ってる。お節介焼で他人のことばっかり考えてる、本当にいい奴ばっかだ」
俺を見たコーチは笑った。いつもの口だけの笑顔ではなく、心からの笑顔に見えた。
「俺は今、幸せだよ。叶いはしなかったけど思うがままに自分の夢を追えて、今ではお前たちと一緒にもっと大きな目標を追っかけてな。俺は、俺の選んだ道を後悔していない。サッカーを始めて、良かった」
充足感たっぷりにコーチは思いを口にした。
「俺もサッカーを始めて良かった。龍神のサッカー部に入って、良かったです」
俺の本音を聞いたコーチは、厳しい顔つきになった。
「わかってるだろうが、水池は強いぞ。だが水池を止めれば、お前は出世。間違いなくBに昇格だ。試合まで日はない。気合を入れて練習しろ」
俺は「当然っす」と、決意を込めて返事する。Cのメンバーがボールを蹴る音が闇に包まれるグラウンドに響き渡った。
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