第7話~8話

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 結局、ボール回しは八本までだった。最後はもうバテバテだったにも拘わらず、直後にはコーン・ドリル《四つに並んだコーンの間を往復する練習》が十本三セットあった。

 終了後、輪になってストレッチをした。時計回りで順番にテン・カウントをしていく決まりだったから、自分の番の時は、雷鳴の如き大声を出してやったよ。

 ただ、「3」で声が裏返った時は、軽く笑いが起きた。でも目立てたし、無問題モーマンタイっすわ。年がら年中、常にポジティブ。俺のモットーである。

 ストレッチを終えた俺たちは、全速力でコーチの元に集まって体育座りをした。

「おう、お疲れ」後ろ手を組んで立つコーチは、淡々と述べた。

「「お疲れ様です」」

「新一年生が受験勉強で訛ってるだろうから、軽めにしといた。きつくはないだろ」

 コーチは、さらりと同意を求めてきた。

「Cは、基本的に休み期間中は、朝九時、夕方十七時からの二部練習。AやBより練習せんと上に行けるわけがないからな。明日から二部練をやってくから、時間には遅れんな。遅刻した奴は、遅れた分の数の二倍周、全力ダッシュでグラウンドを走らす」

 断定的に告げてくる。遅刻とかありえんし、罰走ぐらいは当然だね。

「それとCには、マネージャーはいない。竜神サッカー部はマネージャーが少ないから、AとBに全員が回ってる。高待遇を受けたけりゃ伸し上がれ。竜神高校の鉄則だな。言っとくが、うちのマネージャーは別嬪揃いだぞ。そういう楽しみもあるし、とっとと上に上がることだな」

 柳沼コーチは、細い目のまま口だけで笑う。

「自主練習だが、場所は、使用自由Cのグラウンドと予約すれば使えるフットサル・コートがある。上級生、後で詳細を教えてやれ。グラウンドの整備や道具の管理は、君らに任す。何でも良いけど、練習に支障が出んようにしろ。

 それと渡す物があるから、新一年生は、後で寮の三〇二号室に来い。俺の部屋だから。ああ、もう従いていけんから辞めるって奴は、来んでいいぞ。金が勿体ない」

 柳沼コーチは、日照り続きのゴビ砂漠もかくやってドライな口振りで吐き捨てた。

「俺からは、以上だ。選手からは何かあるか」

 誰からも返事がない。

「うし、解散」

「「ありがとうございました」」

 俺たちは一斉に、コーチにお辞儀をした。


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 コーチが去った後、Cチームは円になった。額が出るほどの短髪のキーパーが、控えめな様子で一歩前に出る。

「Cの代表をさせてもらってる、三年の壁谷かべやです。一年生が担当の雑務について話します。午前の練習の前には、ボールの空気入れとボール磨きをお願いします。練習後のグラウンド整備とボールの数の確認も、しっかりやるように」

 穏やかに話す壁谷さんは、目が大きく、鼻が高い男前である。ただキーパーだけあって、少し横に太い。

「試合のスコアの記録と、部室の清掃もお願いします。部室清掃は週一でいいんで。俺らもやってきたし、チームに必要な仕事なので、頑張ってください。以上、よろしくお願いします」

「「はい」」

「じゃあ、解散」

 壁谷さんの声を聞き、新一年生は部室に戻ろうとするが、

「おい! グラウンド整備はどうした! お前らいったい、さっき何を聞いてたんだよ! 記憶力は大丈夫か?」

 怒鳴り声の主に目を遣る。両手を握り締めた釜本さんが、冷え冷えとした目を周りに遣っていた。

 ストレッチが終わってすぐに柳沼コーチの話を聞いたので、グラウンド整備はまだだった。

「釜本、お前なー。言い方がきつすぎるぞー。一年生、入ったばっかりだろ。もうちょっと寛容になろうぜ」

 眉を顰めた壁谷さんが、呆れたように釜本さんを諭す。どうすべきかわからない俺たちは、固まる。

「いやいや、カベさん。入ったばっかにしても気ぃ、利かなさすぎでしょ。俺らはもっとちゃんとしてたっすよ」

 釜本さんは、不平たらたらである。壁谷さんに敬語を使っているところを見ると、二年生らしい。

「まあ、これからだ。長い目で見てやろうぜ。だからあんまりうるさく言ってやるな。な、釜本」

 釜本さんの腕をぽんっと叩いた壁谷さんは、振り返って、「一年生、グラウンド整備をよろしく」と、柔らかく頼んできた。表情はニュートラルである。

 俺たちは、ダッシュでゴール裏に向かい、横一列になってトンボを掛け始める。

 上下関係の厳しさも、覚悟はしている。でも俺、ガンガン目立ってく気でいるからね。目を付けられなけりゃ良いんだけど。

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