第3話~4話

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 翌日の朝食前、寮のロビーにある掲示板に振り分け結果を確認しに行った。サッカー部員でごった返す中、自分の名前をCチーム、すなわち三軍のところに見つける。沖原、佐々、羽村もCに配属されていた。

 悔しいけど、昨日の試合のパフォーマンスが今の俺の全てだ。受け止めて前に進むしかない。それにほら、愛は障害が多いほうが燃えるって言葉もあるしね。がんがんハードル、越えてっちゃいますよ。

 なおも掲示板前に留まって、Aチームの新一年生の名前を確認していると、ドンっと、誰かが肩にぶつかった。

 振り返ると、羽村がエレベーター方向に歩き去っていくところだった。チーム分けに異論があるのか、イライラしたような早い足取りだった。

 午後三時、俺たちは、普通の公立高校にあるような土のグラウンドに集まり、集合の合図で円になった。

 すぐ隣には、三面の芝生のグラウンドが草原のように広がっており、お揃いの、オレンジと黒の練習着を着た四十人ほどのサッカー部員が、列になってランニングしていた。

 芝生のグラウンドを使えるチームは、男子のAとB、女子のAだけである。他にもいろいろ待遇の差があるって聞いたけど、バリッバリの競争社会だからしゃーないね。

 五十人弱からなる円には、思い思いの練習着を着た人と、ポジション、名前がマジックで書かれたTシャツに白短パンを身に着けた人が混じっていた

 隣のグラウンドから威勢の良いランニングの掛け声が聞こえる中、上下黒ジャージの男性が、低い声で話し始める。

「Cチームのコーチの柳沼です。竜神の先生じゃなくて、外部コーチです。ちょっと時間を貰って自己紹介をします」

 後ろ手を組んだ柳沼コーチの身長は百七十センチ前後だが、一目で運動選手とわかる筋肉質な体型だった。スポーツ刈りで目付きは鋭く、猿顔である。年齢は三十歳前後ってところかな。

「俺は竜神のOBです。三年の時には全国ベスト4になって、俺もフォワードで出て、そこそこ活躍しました。卒業後はパラグアイに留学してプロを目指してたんですが、二年目に膝をやって引退しました。で、こうして君らを指導しています。だから君らには、サッカーができる幸せを噛み締めて、明日、引退してもいいぐらい、毎日、本気でやってほしいです

 もう一点、Cだからって絶対に腐るな。腐る奴はぶっ飛ばす。かの有名な中村憲剛も、高校入学すぐは最底辺の七軍だったからな。チャンスはいっくらでもある」

 言葉を切ったコーチは、みんなの反応を確かめるかのように部員を見渡した。空気が張り詰める。

「俺は頑張ってる奴を見限りはしないし、君らのためなら、なんでもしてやる覚悟はある。うちの部は、結果さえ残せば、いつでも上に行ける。だから、常に意識を高く持って努力してほしい。以上」

「「ありがとうございました」」

 部員の返事を聞いたコーチはすぐさま、「よし、ランニング!」と、短く叫んだ。

 しかし、一人の長身の部員が柳沼コーチに近づき、「ちょっと、すみません」と腰の引けた面持ちで控えめに話し掛ける。

「おう。どうした?」

 柳沼コーチは、軽い口調で答えた。

「羽村が休みです」

「なんでだ?」不思議そうに、わずかに眉が上がる。

「自分がCなのが納得いかないから、ボ、ボイコットするそうです」

 コーチの身体が固まり、今にも怒鳴り出しそうな形相になる。部員の間に恐怖が伝染し、グラウンドに静寂が訪れる。

「はーあ?」と、コーチは顔を歪めた。怒り心頭といった佇まいで、握り込んだ手は震えている。

 声を掛けた長身の部員は、目に見えておたおたし始めた。

「いや、あの……。ぼ、僕も止めたんですよ。ボイコットなんて馬鹿な真似、止めとけって。振り分けに文句があるなら、監督に理由を聞きに行けって。でも、羽村の奴、聞く耳持たずで……」

 コーチは泣きそうになる長身の部員の目を見ながら、肩を叩いた。

「わかった、わかった。お前は悪くない。なーんも悪くないよ。だから落ち着けって。なっ?」

 言い聞かせるようにゆっくり告げた柳沼コーチの顔付きは、一見、優しげである。だけど目がまったく笑っていなかった。冗談抜きで怖い。

「うぉっし! 羽村はクビ。あのぐらいの選手はいくらでもいるし、いいだろ。よし、アホは放っといてランニング!」

 あっさりと吐き捨てたコーチの言葉を聞き、部員は素早く四列に並んだ。間髪を入れずに、ランニングが始まる。

 コーチの怒りは当然である。羽村みたいな後輩がいたら、俺も同じように怒るしね。

 兼部をしてたお前が何をほざいてんだって? いやいや、俺、バレーもサッカーもガチでやってたからね。羽村なんかと一緒にしてもらっちゃー困るな。

 ただ羽村は、俺のいた中学ではエース級だ。すぱっと切り捨てるあたりが、竜神サッカー部って感じだね。


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 ランニング、ストレッチを終えた俺たちは、フィールド・テストという、フィジカル能力を測るテストに移った。初めに、垂直跳びとキックの飛距離測定を行った。

 垂直跳びは、元バレー部の面目躍如である。宙に舞うことヘリコプターの如しで、思くそ跳んでやった結果、大概の奴には勝てたよ。

 キックの飛距離も悪くない結果だった。小学生の頃、かなり練習した甲斐があった。

 キックの飛距離測定の次は、五十m走だった。

 Cのメンバーの先頭に位置する俺と佐々は、隣同士で白線の手前にいた。離れたところにいるコーチの近くにも、白線が引かれている。

 ノートとボールペンを持ったコーチが、口に加えたホイッスルを鳴らした。俺は、足を全力で動かし始める。

 十mも行かないうちに、佐々が前に出た。疾い。ぐんぐん離される。足の回転速度が、一・三倍ほどに感じる。

 佐々が白線を超えた。俺も、一秒ほど遅れてゴールする。

「五秒九、七秒〇」淡々とした柳沼コーチの声が耳に飛び込んできた。徐々にスピードを落として、ジョギングを始める。

 七秒ジャストか。やっぱ、七秒の壁は厚いねぇ。ま、試合だとポジショニングでカバーできるし、そんなに気にしちゃいないけど。FCバルセロナのブスケツが良い例である。ポジションは俺より一つ前だけどね。

 しかし、佐々、高一にして五秒台とはマジ恐れ入る。素人なのになんで最下層のDじゃないの? って疑問だったけど、身体能力が半端なかったわけね。

 ゴール付近にいる俺がアキレス腱を伸ばす中、次々とタイム計測が行われる。数えちゃいないけど、半数以上が七秒を切っている印象だ。さすが竜神、Cでも選手のスペックは高い。

「うし、ちょっと休憩」いつものいかつい表情で告げた柳沼コーチは、ライン・カーを動かして、新たに白線を引き始めた。

 五分ほど休んだ後、俺たちは、一列に白線上に並んだ。ほぼ真ん中にいる俺にも、両端の選手は小さく見える。

「次はシャトル・ランな。連続で遅れたら失格。自分で判断して、外に出ろ」

 柳沼コーチが声を張り上げた。数秒の後に、コンポから女性の声が流れ始める。

「五秒前。三、二、一、スタート」

 俺たちは、一斉に走り始めた。

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