第2章 負けられぬハンデ戦@賭けミニゲーム
第1話~2話
1
振り分け試験終了後、俺たち新一年生たちは、ぞろぞろと綺麗に舗装されたレンガの道を歩いていた。
隣り合う五階建ての校舎の窓ガラスには、吹奏楽部員の後ろ姿が見え、グラウンドからは、野球部の勇ましい声が聞こえる。
みんな、知り合ったばかりだからか、一人で歩く人も多かった。だけど俺の周りには明らかに人が少ない。ま、試験最後の出来事が出来事だからね。わからないでもないよ。
現時点では、未奈ちゃんが俺を好きじゃあないってことは、認めざるを得ないね。けど俺、まったく悲観しちゃーいないよ? 未奈ちゃんは俺の運命の相手だから、最後には結ばれるに決まってるのだ。なんで言い切れるかって? 天啓だよ、天啓。
校門を出て、住宅街の中をしばらく歩いていくと、六階建ての建物が見えてきた。形状は直方体で、各階に均等に並ぶ窓は巨大な社宅を連想させるけど、塗装はクリーム色とオレンジで、モダンな印象である。
竜神学園成学寮。通学生以外は皆、入る寮だけど、寮生のほとんどは運動部員だ。通学できない地域から竜神に来るのは、竜神の強豪運動部への入部者が多い。
門に入ってすぐの屋根付きの駐輪場を抜けて、オートロックの自動ドアを開いた。すると、茶色と白を基調とした広いロビーが目に飛び込んできた。
左手にある受付の奥には、左右に廊下が伸びている。吹き抜け構造なので、その廊下の分岐点の上には、二階の廊下の手摺が見られた。
受付の正面には、談話スペースとして、四つの椅子と机が置いてあった。ホテルのように豪華ではないが、全体的に、シックで無駄のない作りである。
ロビーを抜けて左折し、食堂に入る。
寮生は五百人ほどなので食堂もとにかく広く、照明の色は柔らかい。また、木製の椅子やテーブル、床材、柱からは、木の暖かみが感じられる。できたばかりのデパートの、フードコートって様相である。
春休みにも拘わらず、食堂は多くの部活生で賑わっていた。ラグビー部が集う一角からは、豪快な笑い声が耳に飛び込んでくる。
新一年生たちは、思い思いの席に着いた。別の場所で食事しているのか、未奈ちゃんの姿は見当たらなかった。
昼食を貰うための行列に並ぶべく歩き出そうとすると、低くはないが芯の通った声が聞こえ始める。
「おーう、桔平じゃんか。振り分け試験はどうだったよ? 朝、死ぬほど豪語してた、『獅子奮迅の大活躍』とやらはできたのか?」
俺よりだいぶ前に並ぶ、黒の長袖ジャージと紺色のバックパックを身に着けた男子生徒が、揶揄うような笑みを浮かべていた。
わずかに整髪料を使った真っ黒な短髪は自然な感じで立っており、百八十に届こうかという体躯は、アスリートのそれである。目鼻立ちの整った美男子だけど、笑っている表情からは三枚目の印象も受ける。
U17日本代表では、花形ポジション、トップ下の不動のレギュラーだ。キックの精度は両足ともに折り紙つきで、中学生離れしたフィジカルを生かした、ボール奪取能力も高い。
要するに今の俺からすると、完全なる
「スメラーギ、ちょうど良かったわ。例の獅子関係の積もる話もあるし、一緒に食事ってのはどうよ?」
「ちょ、お前。獅子関係て。俺の脱力系のあだ名もだけどよ、桔平っていちいち言い回しが独特だよな。なんか感心しちまうわ」
軽く吹き出した皇樹が感慨を口にする。寮で相部屋になってから以降ずっと、俺たちは今みたいな気安い調子だった。
「秀ちゃん、ご飯、このくらいでいい?」
白ご飯入りの茶碗を手にした食堂のおばちゃんが、皇樹に尋ねた。皇樹は、親しげな視線をそちらに遣る。
「おばちゃん、頼むよ。サービス精神フル発揮でもっと入れてくんない? 俺、今、育ち盛りの食べ盛りだからよ。同じ漢字のよしみで、ご飯もいっぱい盛るってことで頼むわ」
「はいはい、こんなもんでどう?」
「おっ、ありがと! 愛してるぜ、おばちゃん」
茶碗を受け取った皇樹は首だけで振り返り、「いつものとこにいっからさ、早く来いよー」と、食堂中に聞こえる大声を出した。
2
食事の準備を終えた俺たちは、二人掛けのテーブルに着いていた。
塩鯖を口に入れた皇樹は、力強い口振りで主張を始める。
「朝の続きだけどよ、俺も、竜神の女子がやってるポゼッションの綺麗さにゃー、異論はねえんだよ。高校から前後分断でやってても、展望がないって意見も理解できるしな」
鯖を飲み込んだ皇樹は、「にしてもこの鯖、いい仕事してるよな。インド人もびっくりって感じだわ」と、皿の上の塩鯖に目を落とした。ざっくらばんな言動に似合わず、箸の持ち方は綺麗である。
竜神高校はサンフレッチェ広島との提携高校の一つであり、サンフレッチェ・ユースの選手の何人かは、高校の寮に住んで高校に通っている。
トップ・チームの皇樹も、俺たちと同じように寮生活をしていた。もっとも、中等部、竜神中学からの内部進学生の皇樹は、中一から寮なんだけど。
未奈ちゃんを追って竜神サッカー部に入った旨は、まだ伝えていない。皇樹がどういう反応をするかわからないし、打ち明けるのはいつでもできるしね。
恋愛目的でのサッカー、ありだと思うんだけどね。南米の子供たちって苦しい生活から抜け出すために、サッカーで成り上がろうとするじゃんか。似たようなもんだよ。馬鹿にしちゃあいけない。
「話が逸れたな。要するに、ポゼッション・サッカーが現代の主流の一つってこたぁ認める。けど俺の理想はだな、スライディングでズバッと取って、ソッコーで立ち上がってドリって、んでズドン! の古き良きイングランド・スタイルな訳だよ。ズバドリズドンな。覚えとけよ。テストに出んぞ」
俺の目を見つめながら嘯いた皇樹の「テスト」の一語に、新入生テストの存在を思い出した。軽く気分が落ち込む。
試験の時だけは、歴女や数学マニアが羨ましい。自分の関心のある分野が学ぶ内容と一致すれば、記憶も捗る。
ま、俺の場合は、未奈ちゃんの経歴とか未奈ちゃんの経歴とか未奈ちゃんの経歴とか、なんだけど。
未奈ちゃんの小学校時代の担任教師の身長、体重、血液型、その他もろもろを綿密に想起していると、シリアスめな面持ちの皇樹が、「んで、振り分け試験はどうだったよ?」と、ひそひそ話をするような真剣な口振りで尋ねてきた。
俺は、箸を持つ皇樹の右手を思っくそ掴む。
「マーベラスかつタイムリーな質問をありがとう! 一言で言うと、『未奈ちゃんの、未奈ちゃんによる、未奈ちゃんのための未奈ちゃん』って感じっすわ! 俺なんか、未奈ちゃんにスッポンで褒められたしさ! もう俺、マジで生きてて良かった!」
「おーう、ツッコミどころ満載だけどよ。とりあえず全く一言ではないわな。リンカーン風に纏める意味もわかんねえし。そんで、『未奈ちゃん』って女子部の水池だよな? 男子部の試験に来てたわけ?」
「来てたっつーか、むしろ降臨、天下り? みーんな、大盛り上がりだったよ! 俺なんか勢い余って告白して断られちゃったしね! まああくまで戦力的撤退というか、最後に笑うのは俺と未奈ちゃんというか……。って、はっ!」
我に返って皇樹の手を離す。皇樹は、いつも通りの寛大な2.5枚目スマイルである。だけれども、若干の呆れが含まれているような……。
「単刀直入に訊くけどよ。桔平って、水池が目当てで竜神に来たわけ?」
「た、単刀直入に答えるとだな……。大当たりなわけだけど……」
動きを止めて見つめ合う俺たち。あぁ、未奈ちゃんとも、いつかはこんな風に──。いやいや、頭を回せ、俺。なんか釈明をしなくては。
俺が悶々としていると、皇樹の口の端がわずかに上がった。
「おうおう、ビビんなビビんな。別にダメって言いたいわけじゃねえんだよ。人の生き方に文句を付けれるほど、人間できちゃあいないしな。個人的には、本気でサッカーに取り組んでれば、モチベーションは何でもいいと思ってるしさ。」
諭すような口振りの皇樹に、俺は胸を撫で下ろしまくる。やっぱり皇樹、器でけーわ。
「つかぬことをお聞きしますが。スメラーギってもしかして、未奈ちゃんとお知り合いだったりする?」
何となくの俺の問い掛けに、眉を上げ、「んっ?」と聞き返さんばかりの表情の皇樹は、わずかな逡巡の後に口を開く。
「うん。まあ、知らない仲じゃねえわな。同じ、竜神中上がりだしな」
他人事のように軽く答えた皇樹は、唐突に茶碗を口の前まで持って行き、白ご飯を掻き込み始める。飲み込まないまま空になった茶碗を置き、話を再開する。
「モチベーションといえばさ、桔平の理想のサッカーってどんななわけ? やっぱリベロだと、ベッケンバウアーか? ゲルマン魂、ガンガンで突っ走る系か?」
「いんや、俺はブラジル一択だよ。小細工なしで、まっ正面から相手を叩き潰す。そこにシビれる! あこがれるゥ! って感じっすよ」
「王道行くねぇ。二〇〇二年ワールドカップのブラジルは、全サッカー小僧の憧れだよな。知ってっかよ? ロベカルのキックって百四十キロ、出てたんだぜ」
皇樹の言葉に、『悪魔の左足』こと、ロベルト・カルロスのバナナ・シュートを思い出す。バナナのごとくかくっと曲がって、性格にゴールを射貫くのだ。敵からしたら恐怖そのものである。
そういえば、未奈ちゃんがコーナー・キックで見せたアウト・フロント・キックも、相当の精度だった。つくづくテクニックが半端じゃないわ。
背後の時計に目を遣った皇樹は、「もう、こんな時間かよ。悪い。俺、もう練習に行くわ」と、焦った様子で荷物を纏め始めた。
「練習、夕方じゃなかったっけ?」
「いや、全体練習は五時からなんだけどよ。ユースの奴らと、ミニ・ゲームをやる約束しててさ」
「練習熱心だねぇ。プロの練習、きついっしょ? 身体は大丈夫なの?」
「練習は楽じゃねえよ? でも、竜神のサッカー部員を見てるとよ。俺も頑張らねーとな、って気になんだよ。いや、サンフレッチェ、二部練、あんまないからさ」
俺の控えめな質問に、皇樹は晴れ晴れとした笑顔で答えた。
立ち上がった皇樹は、「じゃ、また夜にな!」とよく通る声で告げて、食堂の出口へと走り去っていった。
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