第5話〜6話
5
一試合目も終了が近づいた。スコアは、〇対〇。
未奈ちゃんはずっと、諏訪と互角にやりあっていた。時には審判の死角でユニフォームを引っ張ったりして、諏訪を苛立たせたりもしていた。
正直、総合能力じゃあ諏訪が上だろう。けど未奈ちゃんは、初めの対決で股抜きっつー屈辱を浴びせて、きっちりばっちり諏訪に自分への苦手意識を持たせたわけだ。つくづく試合巧者である。
未奈ちゃんが相手ゴールから少し遠くでドリブルをする。並走する諏訪は、猛然と肩でぶつかった。当たり前だけど、女子相手でも容赦はない。
軽く飛ばされる未奈ちゃんだったが、事前にボールを同方向に持ち出していて、ドリブルを継続。小柄な自分の身体の使い方をよーく理解している。
縦に行くと見せかけて、踵で左サイド・ハーフの8番に落とす。8番は中にボールを出した。
羽村はぴたりと足元に止めて、すぐさまボールを浮かせた。ディフェンスを突破してシュートを放った。
ボールがゴール右隅に突き刺さり、一対〇。俺たちの先制点だ。
羽村が片手を上げて、ゆっくりと自陣へ引いていく。テクニックは相当なもんだけど、ちょっとナルシストっぽいっちゃあぽいね。
諏訪がダッシュでボールを取りに行き、センター・サークル目掛けて蹴り出した。怒りの形相からは、未奈ちゃんに勝ち切れない焦りが見て取れる。おそらく、女子にやられることへの苛立ちが大きいだろうけど。
相手ボールで試合が再開するが、少ししたところでタイム・アップの笛が鳴った。両チームのメンバーは、走ってコート外へ向かう。
「よし、集合。ミーティングをやるわよ」
コートを出たところで、未奈ちゃんのさばさばした声が聞こえた。素早く集まった俺たちは、未奈ちゃんを交えた円を作る。
「うん、私の御蔭でなんとか勝てたわね。諏訪にも大した仕事はさせなかった。私の御蔭で」
未奈ちゃんは、怒っているような面持ちで繰り返した。誰も口を挟めず、辺りに静寂が訪れる。
「一言で纏めると、あんたたち私に頼り過ぎ。幼稚園児じゃないんだから、自立しなさい。はい、以上」
すぱっと言葉を切った未奈ちゃんは振り返り、歩き去ろうとした。
爆発寸前といった顔付きの羽村が、未奈ちゃんに駆け寄った。勢いそのままに、華奢ながら完璧なラインを描く未奈ちゃんの肩を掴む。
って、何を調子に乗ってるんだ、お前。羨ましすぎるわ。
「ちょっと待てっての。点を取ったのは俺だろが。何、全部、自分の手柄みたいに語っちゃってんだよ!」
羽村に向き直った未奈ちゃんは、「はぁ?」とでも口にしそうな、とことん不機嫌な顔付きだ。
「そっちこそ、何を語ってんだって話よ。あんたがまともに仕事した場面、あの一点だけでしょ。チェイシングも全然しない球離れ最悪だしさ。うちのチームの癌よ、あんたは。それもド末期の」
「いや、俺は点取り屋で──」
「その程度の腕でインザーギでも気取ってんの? 弁えなさいよ。一人で試合を決められるスーパースターでない限り、前線での守備はフォワードの必須事項でしょ。メッシ、クリロナみたいな特別待遇は、あんたじゃ一万年早い」
未奈ちゃんは淡々と所感を口にした。
もうこれは百パーセント正論だ。二〇一九年チャンピオンズリーグ準決勝で、メッシ率いるFCバルセロナはリヴァプールFCに大逆転で負けを食らった。そのリヴァプールの3トップすら、敵のディフェンスやキーパーにボールがある時には追い回す。
奪取できれば大チャンスだし、できなくてもプレッシャーを掛けられるからミス・キックの確率も上がる。羽村程度では、守備の役割を免除されるに値しない。
羽村は返す言葉もない。すると未奈ちゃんは、俺たちに背を向けて歩き始めた。
だが数歩進んだところで、思い出したかのように振り返った。
「そうだ、ワラジモン。初めのコーナー・キックで、スッポンがどうとか叫んでたけど、あれは何?」
未奈ちゃんは、訝しげな顔で俺をじっと見つめている。
俺は自信を籠めた眼差しで、未奈ちゃんを見返した。
「おう、よくぞ聞いてくれた。あれにはだな。天下に名高い武田信玄と、雷が鳴っても噛みつきを離さないってたとえがあるスッポンの力を借りて、コーナー・キックでの失点を未然に防ごうという、崇高な意図があってだな……」
重厚感たっぷりに説明していると、未奈ちゃんは、呆れているような喜んでいるような複雑な笑みを浮かべた。
「アホねー。まあ、勝手にすれば?」
低い声で告げた未奈ちゃんは、今度こそ歩き去っていった。
6
俺たちのチームの二試合目も、始まって五分ほどが経った。スコアは動かず、〇対〇のままだ。
自陣でしばらく回ったボールを、6番が俺に落とした。止めた俺は、右サイド・バックの沖原壮太にパスを転がす。
前方に目を遣った沖原は、前に蹴り出した。が、右に逸れて、コート外に出た。相手のスロー・インである。
「どこに蹴ってんのよ。そんな間抜けなミス、小学生でもしないわよー。あんたのとこに、コーナー・キックの人形を置いとくほうがましだっつーのー」
相手陣では、未奈ちゃんが手をメガホンにして、俺が聞いた中で最大の声量で叫んでいる。
今回の試合では、未奈ちゃんは相手の準エースとマッチ・アップしていた。見たところ、四対六で未奈ちゃんの負けって感じだけど、充分よくやってくれてる。
相手の左サイド・バックの4番が、スロー・インを行った。ボランチがボールを受けて、4番に返球。
と同時に、トップ下の7番は、素早くマーカーを振り払った。4番は、7番にダイレクトではたく。
前を向いた7番は、俺と沖原の間を通す速いパスを出した。相手の左ウイングでチーム代表の緒方は、沖原と並走。ライン際でボールを抑えて、沖原と相対する。
「飛び込むなよー、沖原。お前は、やればできる子だー! 自身を持って生きていけー!」
沖原のフォローが可能なポジションを取った俺は、暗示を掛けるようにゆっくりと告げた。半身になった沖原は、返事をしない。
次の瞬間、緒方はノー・フェイントで縦にドリブルを開始。沖原が追うが、振り切られる。俺は即座に緒方に詰めた。
進行方向にスライディング。だが緒方は右足で切り返し、ゴールへと一直線に進む。
瞬時に立ち上がって、振り返る。ペナルティ・エリアに入った緒方はシュートを撃った。ゴールの右隅に、低弾道のボールが突き刺さる。
沖原の隙を突いたチェンジ・オブ・ペース。俺の動きを読んだ切り返し。一連の緒方のプレーは、見事としか言えんね。
メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、ネイマール。一昔前ならロナウジーニョもかな。
現代サッカーのウイングは緒方のように、利き足とは逆で中、つまりゴール側に切り込んで自ら点を取れるアタッカー・タイプが主流である。縦に抜いてクロスばかりでは、相手に読まれて得点は遠い。
感服した俺は、「ブラボー!」と、顔の前で手を叩く。
「お前、星芝。何で、やられた相手に拍手してんだよ! 意味がわからねえって!」
沖原は、やや目が小さいが、割とイケメンな相貌を歪めて喚いた。
手を下ろした俺は、見開いた眼で沖原を見つめ返す。
「いやいや、今のドリブル、超キレッキレだっただろ? 敵でもなんでもさ。良いプレーは褒めないと、何のためにサッカーをしてるのかわかんないっつーの」
俺は一瞬の躊躇もなく、声高に反論した。
サッカーにおける相手チームは、共に高みを目指す戦友だ。だから俺は、優れたプレーヤーは素直に賞賛する。誰が何と言おうとも曲げるつもりはないね。
「何をほざいてんだよ! 点を取られて悔しくねえのかよ! お前、絶対なんか、ずれてるって!」
「おうおう、ずれ上等っすよ。おめーも小学校で習っただろ? 『個性を大切にしましょう。一人一人が主人公です』ってさ」
俺が、崇高な理念で以て沖原を諭していると、「はーい、そこのすっとこどっこい二人ー」と、呆れたような大声がした。
「くっだらない主義主張をぴーちくぱーちくさえずってないで、取り返すよー。次、しょーもない言い合いをしたら、知り合いの催眠術師に頼んで、あんたたちに血判つきの退部届を書かせるからねー。ちなみにインクはあんたたちの血だからー」
スプラッタ全開の未奈ちゃんの宣言にはっとした俺は、ゴールからボールを取り出して、コートの中央を目掛けて蹴り込んだ。ノーバンでキャッチした佐々が、センター・サークルへと持って行く。
さっきの指摘はもっともだ。それに、どんどんアピールしていかないと、どのチームに振り分けられるかわかったもんじゃない。
顔を両手で叩いて気合を入れ直した俺は、ダッシュでポジションに着いた。ホイッスルが鳴り、試合が再開された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます