第7話~8話
7
失点後、俺は、沖原を緒方に密着マークさせた。根性を見せた沖原は、追加点だけは許さなかった。危ないシーンも何度かあったけど。
俺たちの攻撃は、あまり上手くいっていない。中学サッカー引退からサボっていたのか、右ウイングの羽村が走れてなかった。
結局、二試合目は〇対一で負けた。
五分のインターバルを挟んで、三試合目が始まった。キック・オフの後、俺たちは猛攻を加え、右サイドからのコーナー・キックを得た。
長身の俺も、ゴール前に入る。キッカーの羽村がボールをアークに置き、数歩後退した。
ゆっくりと助走を取った羽村は、ふわりとしたボールを蹴った。ニアで待つ俺を越えて、ボールはファーの未奈ちゃんへと向かう。未奈ちゃんはタイミングを取るためか、小さく足踏みを始めた。
ボールが落ちてきた。落下寸前を左足でボレーキック。抑えの効いたシュートはワンバウンドして、ゴール右隅のぎりぎりに飛んでいった。キーパーは飛び込むが届かない。一対〇、俺たちの先制。
未奈ちゃんは、「よし」と言わんばかりに小さく拳を握り込んだ。完全完璧、サッカー選手なら誰もが思い浮かべる理想のシュートを、狙い通りの位置に叩き込んだ。
そこからは完全に、俺たちのペースだった。慌てふためく相手チームの間隙を、面白いようにボールが回る。
右サイド・ハーフから、トップ下にボールが渡る。
「沖原! 後は任せた!」
すぱっと告げた俺は、ここぞとばかりに前線へと駆け上がる。
「いや、待てよ! 勝手に上がるなって!」と、焦った沖原の声が耳に飛び込んでくるが、話している暇はどこにもない。
ペナルティ・アーク上で、佐々がパスを受けた。足の裏にボールを置いて、周りを見ている。
「ヘイ、佐々! 足元!」
両手を思い切り下に遣ると、佐々は俺を見た。すぐさま左足で、ゴロのパスが出される。
が、転がったボールは俺の歩幅と合わず、上手くトラップできない。相手6番がかっさらい、右前方にロング・ボールを供給する。
裏を取った9番がキーパーと相対し、そのままシュート。ボールは、ゴール左隅に吸い込まれていった。一対一の同点。
やられちまったか。いけると思ったんだけど。まあ人生は長いんだし、こういう時もあるわな。
「しゃーない、しゃーない。相手が上手かっただけだって。慌てず弛まず、次、行こうぜー!」
俺はお腹の前でぱんぱんと手を叩きながら、コート中に聞こえるように大声を出した。
しかし、またしても沖原から、怒り口調の突っ込みが入る。
「自分が不用意に上がってやられといて、何をほざいてやがる! お前な、色々と自由過ぎんだよ!」
「いやいや、お前の理屈、もとい屁理屈は、結果論に過ぎないよ。リスクを冒さねえと、点なんか取れるわけ……」
負けじと言い返していると、「血判つきの退部届け、確定で良いのねー」と、未奈ちゃんの鋭い声が割り込んで、俺たち二人は口を閉ざした。沖原はまだまだ言い足りないのか、納得のいかない顔だったけど。
8
俺たち二人の口喧嘩で雰囲気の悪くなったチーム未奈ちゃんは、次第に押され始めた。羽村の動きが完全に止まり、実質、一人少なくなったせいもあって、相手チームにいいようにやられていた。
俺たちのチームの8番が、やや中央寄りの位置でボールをキープする。俺は、「ヘイ!」と叫んで8番に近づき、パスを受けて前を向く。
「来い、ホッシー!」
極限の早口で俺を呼んだ佐々が、爆速ダッシュで引いてきた。俺は佐々にボールを出す。
が、俺のパスは、完全なゴロにはならない。佐々はトラップをミスし、敵にボールが渡った。
蹴らせるまいと詰めた未奈ちゃんが外に出す。やっぱり守備をきちんとしてくれる。最後は敵の足に当たりスロー・インになった。
「ミスっといてわりいんだけどよー、さっきみたいな場面のパスって転がすべきなんじゃねえかー? いや、俺、シロウトだし、間違ってたら謝っけどさー」
真顔の佐々が、淡々と指摘した。
正論を説かれた俺は、佐々を真剣に見返して口を開く。
「まーじで、申し訳ない。次はちゃんとやるわー」
俺の謝罪を聞き終えた8番がスロー・インをしようとすると、決然とした顔の未奈ちゃんが、深く息を吸い込んだ。
「この試合、まーったく声が出てないわよー! あんたたち、まともなサッカーもできない、論外ランク外野郎の集まりなんだからさー! せーめーて、盛り上げていけっつーのー!」
未奈ちゃんは、よく通る大音量で吠えた。グラウンドに、一瞬の静寂が訪れる。
言い回しこそ辛辣だったが、さっきの未奈ちゃんの罵声は凄いエネルギーに満ちていた。これで燃えない奴は、サッカーを辞めるべきである。
「ワラジモーン! ラインが低いせいで、バイタル・エリアが、すっかすかだっつーの! あんたのノロマさは、今まででじゅーぶんわかってるけどさー! もうちょい上げないと、どうにもならんでしょーがー!」
「もう、仰る通りっすー! 以後はがんがん上げていくんで、見ててくださーい!」
的確な指示に、俺は、ソッコーで同調した。未奈ちゃんは返事をせずに、8番に注目し始めた。
スロー・インを受けた未奈ちゃんが、ワン・タッチで前を向いた。
「素人チャラ男!」
「おう!」
未奈ちゃんからの高速パスを、佐々が滑らかにトラップした。ちらりと後ろを見た佐々は、背後の7番を目掛けてボールを転がした。7番は、身体でフェイントを掛けてからパスを受ける。
シザースでコースを空けた7番は、マーカーを振り切らないままシュート。枠に飛んだが、反応したキーパーの右手を掠めた。チーム未奈ちゃんの、左からのコーナー・キックだ。
ゴール前に入った俺は、キッカーの未奈ちゃんの挙動を注視し始めた。
足で地面を整備した未奈ちゃんはボールを置き、おもむろに何歩か下がった。ルーティンなのか、頭の後ろで両手を組んで、肘を伸ばすストレッチのような動きを始める。
研ぎ澄まされた表情に見とれた俺だったが、慌てて雑念を振り払い、集中を高める。
助走を取った未奈ちゃんから、速いボールが上がった。アウト・サイドで蹴られたボールは、ゴールへ迫る方向に曲がっていく。
ニアに走り込んだ俺は、ダイビング・ヘッドをかました。タイミング、ドンピシャ。
ワン・バウンドしたボールがネットを揺らして、二対一。俺は自陣にダッシュしながら、全力ジャンプとともにガッツ・ポーズをする。誰も乗って来ないが、ぶっちゃけどうでもいい。
やっぱり、未奈ちゃんはサイコーだ。毒舌はともかく、俺らの動きをマジでよく見てくれている。
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