第3話~4話

       3


 チーム・メンバーの読み上げが終わり、チームごとのミーティングが始まった。円になっての集合後、未奈ちゃんの命令で、俺たちは各々のサッカー歴を語っていった。

「ふーん。ちょっとマシな人で関トレの落ち零れかぁ。ずいぶんなカスチームに入っちゃったわねー。ついてないわねー。先生に頼んでチーム、変えてもらおっかなー」

 細い目で詰まらなさそうに毒突く未奈ちゃんに、空気が殺伐とし始める。俺の隣の奴なんか歯軋りまでしてるし。

 未奈ちゃんの口の悪さは想定外だ。だけど初日からの邂逅に加えて、チームまで同じなんて、運命の女神が微笑んでるとしか思えんね。

 古代ギリシャっぽい服装の未奈ちゃんの精巧なイメージを描いていると、耳に可愛らしい溜息が飛び込んできた。

「ま、あんたたちのチーム振り分けとかはどーだっていいんだけど? せっかく来てやった私に、無駄な時間だったって思わせないようにだけはしてよね。以上、終了。ほーら、散った散った」

 あっけらかんと言い放った未奈ちゃんは、蝿を追っ払うように右手を振った。俺たちは、もそもそと動き始める。

 チーム未奈ちゃんは、全体の一試合目は休憩だった。

 試合で身体が動かなくなるので、軽くリフティングしていると、「ワラジモーン、ボールをちょうだーい」と、綺麗だが詰まらなさげな声が、前から聞こえた。

 リフティングを止めて顔を上げると、未奈ちゃんが俺の足元を見ていた。眼差しは、依然として冷めている。

「……ワラジモンって、俺? デジモンと妖怪のハーフみたいな渾名だけど、その心は?」

 俺は、自分を指差しながらゆっくりと尋ねた。

 腰に手を当てた未奈ちゃんは、何、当たり前のことを訊いてんの? と言わんばかりの面持ちになる。

「二足の草鞋の半端もんだから、縮めてワラジモン。なんか文句ある? 私、優しいからさ。一応、聞いたげる。たーだーし、二十字以内に纏めなさいよ」

 二十っすか? そりゃあ、ずいぶんな無理難題っすね。

 未奈ちゃんってもしかして、かぐや姫の生まれ変わりだったりするのかい? 容姿的には、じゅーぶん納得がいくけどさ。

 俺は名誉挽回をすべく、声を大にして主張を始める。

「草鞋ってーと、どーにも素朴な感じだよね。いや、俺をデジモンでたとえるなら、ウォーグレイモンとかオメガモンとか、もっと高貴な……」

「はーい。二十、超えたー。あんたの渾名はワラジモンでけってー」

 未奈ちゃんは口振りこそ愉快げだけど、顔はまったく笑っていない。

 会話の流れを呼んで表向きは黙り込む俺だったが、ひそかにテンションは上がり始めていた。

 未奈ちゃん。さっきの自己紹介で、俺の経歴だけはちゃんと記憶してくれてたんだね。大丈夫。俺はわかってるから。半端もんだなんて悪口が、愛情の裏返しってことぐらい。

 俺は、未奈ちゃんにパスを出した《もちろん、ありったけの愛を籠めて》。左で止めた未奈ちゃんは、すぐさまイン・サイドで蹴り返してきた。そのまま、俺と未奈ちゃんとの間で初めての共同作業、もとい、パス交換が続く。

 未奈ちゃんのタッチは、とにかく柔らかい。ときどき、俺のパスを足の内側で引き摺るように引いて身体の後ろを通し、逆足に持ち変える。男子の誰にも真似できないってぐらい、動きがスムーズだ。

 十往復ほどパスが続いた。ボールを止めた未奈ちゃんは、「ちょっとストップ」と、俺たちのすぐそばのコートの試合を見始めた。俺もそちらに注目する。

 左タッチ・ライン際の黄色ビブスの6番が、フェイントを掛けてボールを縦に持ち込んだ。

 相対する緑ビブスの3番は、素早く反応。身体をぶつけて6番を吹っ飛ばしてからボールを確保し、大きく前に蹴り出す。

「ね、ワラジモン。あの3番ってどーゆー奴か、知ってる?」

 興味深げな未奈ちゃんは、俺をまっすぐに見ながら緑ビブスの3番を指差した。力強く輝く瞳はさながら、新作ゲームを買ったばかりの小学生のようである。

諏訪すわかおるだよ。最近は呼ばれてないけど、中一の時にはナショナル・トレセンの候補にもなってたはず。スピードは平均的だけど、ディフェンス能力には定評があるって話だよ」

「へー、いいじゃんいいじゃん。チーム分けはがっかりだったけど、ちょっとは来た甲斐があったわね。どう潰してやろっかなー。ぱっと見、メンタル豆腐っぽいし、一発目でかましとけば、案外チョロかったりしてねー」

 諏訪とマッチ・アップするだろう左ウイングの未奈ちゃんは、意地悪い笑みを浮かべた。パワフルな眼差しに、俺は目を奪われる。

 俺は、こういう時のスポーツ女子に超惹かれる。競技に没頭する顔は、他のどんな表情より美しい。今の未奈ちゃんなんか、比喩でもなんでもなく網膜に焼き付けたいぐらいだ。

「よし、再開」と、俺に向き直った未奈ちゃんがボールを蹴ろうとする。そこで、後ろからがやがやと声が聞こえてきた。

 振り返ると、竜神、と胸に文字のある水色のジャージを着た十五人ほどの生徒が、校舎のほうから歩いてきていた。皆、体格が良く、スポーツ選手に特有の威圧感を醸し出している。

 俺たちが、「こんにちは」と、ばらばらに挨拶すると、先頭の人がこちらに向かって軽く手を挙げた。

「Aチームのお出まし、か。ま、今のうちにデカい顔してなさいよ」

 力強い声色で呟いた未奈ちゃんは、今度こそ俺にパスを出した。

 Aチームの先輩たちは、マネージャーが用意したベンチに座り、俺たちの試合を見始めた。

 俺と未奈ちゃんは先輩たちの後ろで、短い距離でのパス交換をし続けた。未奈ちゃんの顔付きはどんどん鋭くなり、試合に向けて集中を高めている様子だった。

 先輩たちは、ほとんど動かずに新一年生の試合を観戦していた。が、時折、周りの人に何かを告げたりもしていた。

 新一年生を品定めしているのだろう。高校のサッカー部って感じがしてきたね。

 試合終了を告げる笛が鳴り、新一年生は移動を始めた。次は、俺たちチーム未奈ちゃんも試合がある。


       4


 チーム未奈ちゃんとチーム諏訪のメンバーは、各々のポジションに着いた。キーパーを除けば最後方の俺の位置からは、紅一点の未奈ちゃんが目立って、もとい華やいで、もとい光り輝いて見える。

 俺のポジションはリベロ、ディフェンスの纏め役だ。長谷部選手のドイツでの活躍は記憶に新しいね。ただ最近では、キーパーがリベロ的な役割をしてる事が多い。キーパーを前めのポジションを取らせて、数的優位を作るってわけだ。

 俺たちのチームは3トップだ。左ウイングに未奈ちゃん、右ウイングに羽村という、長髪をヘアバンドで留めた選手、センター・フォワードには、アップを一緒にした佐々が入っていた。

 さっきの自己紹介で知ったけど、佐々はやはりド素人だった。未経験で竜神サッカー部に入ろうなんて見上げた根性である。いや、ダメってわけじゃあないんだけど。

 ホイッスルが鳴り、キック・オフ。数人を経由したボールは相手のセンター・バックの2番に渡り、未奈ちゃんが全速で追う。

「よこせ!」

 タッチ・ラインぎりぎりに位置取った諏訪が、低い声で叫んだ。2番は諏訪にパスを出した。

 諏訪は助走を取り、縦に大きく蹴り出した。ここしかない場所に落ちたボールに、相手の9番が走り込む。

 左サイド・バックの5番がフォローできないと判断した俺は、相手9番に詰める。ゴール・ライン際まで抉られたが、クロス《ゴール前に蹴り込むこと》のボールは伸ばした足で阻止。相手のコーナー・キックだ。

「よーし、お前ら。ここ一本、集中な。声を掛け合って、全員をしっかり見てこーぜ! 侵略すること火の如し。マーク相手にへばりつくことスッポンの如しでいこうやー!」

 俺が全力で喚いてすぐ、コーナー・キックが蹴られた。ふわっと飛んだボールを、俺はヘディングでクリア。味方ボランチの6番へのパスとなった。

 ターンした6番は、引いてきていた未奈ちゃんにグラウンダーのボールを出した。未奈ちゃんのファースト・タッチ。だが、諏訪も張り付いてきている。

 未奈ちゃんは右に視線を遣った。サイド・ハーフへのパスか?

 俺が考えた瞬間、未奈ちゃんは、左足で右斜め後ろにボールの軌道を変えた。諏訪の股を抜き、未奈ちゃんがドリブル開始。諏訪も追うけど、差が縮まらない。

 うん、やっぱ脚、速いな。間違いなく五十m六秒台だね。

 相手2番がフォローに来るが、完全に詰められる前にチップ・キック。佐々がそのパスを追う。

 快足を発揮した佐々は、相手よりも先にボールに触れた。だが、ドリブルが直線過ぎたため、飛び出したキーパーにキャッチされた。

「ねー、あんたさー。私に恨みでもあんのー? 今のパスを決めれなくて、なーにーを決めれるってのよ。やる気がないなら、自己申告でDに行きゃいーのよ」

 未奈ちゃんの間延びした悪態に、佐々はわずかに顔を歪める。ド素人相手でも未奈ちゃんは容赦がない。

 けどやっぱり未奈ちゃんは凄い。宣言通り一発目でかましてくれた。テクニックだけなら竜神高校でも最高ランクじゃないだろうか。

 相手キーパーがパント・キックを行い、俺は落下点を読みながら考える。

 マイ・スウィート・ハニー、未奈ちゃんの実力は本物だ。従いていけりゃあ、三戦全勝だって夢じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る