■第五信②
澪と接して里心がついた、それとも
「でも、身元引受人が決まったって、退所試験に合格しなきゃ」
「もちろん。だからポツポツお勉強も始めてるよ」
哉の吐き出すジョイントの煙が、嫌な空気を一層、
「じゃあ、管理人は俺らに引導を渡すために来たってのか」
「回りくどいけどな」
海と哉の沈鬱な応答に耳を傾けながら、僕はふと、皆が次々ここを引き払って自分だけ最後に残り、荘と
「いつも思うけど、なんでこんなもんが出て来るんかね」
哉の呟きは、ミイラ胸像に所々、包帯の隙間から顔を出す
「本体に木切れを使ったからだろ」
「それにしても気色悪いな」
哉は胸像の眼窩の辺りの包帯を摘んで、チラッと中を窺う素振りを見せました。すると、そこから一匹の宵待蟹が這い出したのです。僕らはワッと悲鳴を上げて飛び
哉は携帯灰皿にジョイントを捻じ込んで、
「どこから入ったんだ?」
「前から気になってた。井戸と繋がってるんじゃないのか、地下で」
僕は荘と共に宵待蟹の行列を追いかけた話をしました。そのとき、井戸の底が灯台の下へ通じているのではないかと思った——と。僕らは顔を見合わせました。大した問題じゃない、何も心配は要らないと、互いに言い聞かせる表情になっていました。が、蟹どもが盛んに行き来しているらしい様子が、ちょうど「蟻の穴から堤が崩れる」という言葉を思い起こさせ、連中が僕らの秘密を
「ハッ」
ミイラの
「密議場、か」
制御室の入口に荘が立っていました。一番見つかりたくない人物だったかもしれません。彼は物珍しげに室内を見回してから、胸像の上でピタリと視線を止めました。
「モデルは徹つぁんの前任者だな」
三人とも口を開きませんでしたが、彼はその黙止を肯定と受け取った様子でした。指摘されたとおり、僕らは教官を殺害してデスマスクを採り、それを元に海がミイラ胸像のオブジェを制作したのです。金歯は本人の歯茎から引っこ抜いて洗浄し、アクセントに用いたものです。
「遺体はどうした。そこらに埋めたか、海に投げ込んだのか」
「……」
キリキリと胃が痛むほどの沈黙が場を支配しました。教官は記録上、事故死扱いになっています。「岬の断崖から転落したらしい」と報告したからです。脱げた靴や衣服の切れ端が血に染まって岩間に残っていた……と。しかし、本当は切り刻んで敷地に埋めたのです。既に宵待蟹の餌として消化され、跡形もないでしょう。
「まあいい。まさか食っちまったワケじゃないだろうから不問に付す」
彼は自ら発した悪趣味な冗談にクツクツと含み笑いを添えましたが、
「但し、俺様の在任中に流血沙汰は起こすなよ」
そう付け加えて背を向けました。哉は僕が踏み潰した宵待蟹の残骸を爪先で
「
「作ってほしけりゃ、いい子にしてやがれ」
荘は立ち尽くす僕らを顧みて言い放ち、ドカドカと足音を響かせて出て行きました。
夕食はカレーライスでした。但し、哉がリクエストしたチキンではなく、シーフードカレーでした。そういうところに若干、管理人の意地悪さを感じます。もし、具の中に素揚げの宵待蟹が混ざっていたら、三人——僕と海と哉——は、スプーンを握ったまま辺りを憚らず絶叫したかもしれません。実際は何事もなく、荘の態度も特に変わりありませんでしたが。
ちなみに、その際、凪が語っていたようなツートンカラーの冷たいスープが、背の低い円筒形のグラスで少量ずつ供されました。皆、最初は「なんだこりゃ」と首を傾げましたが、試しに貰っていこうといった調子で受け取り、いざ味を見ると次々に「ほう」と嘆賞の吐息を漏らしました。ですが、凪だけは、澪が半ば強引にトレーに載せたグラスを前に肘を突き、ゴールデンロッドとペールグリーンの層を虚ろに眺めるばかりでした。管理人は、あの立ち話を聞いていたのか、それにしたって、ありがたいというより、こんな場所でほんのちょっぴり勧められたところで気分も出やしないし——などと思っていたのか、あるいは、もっと別な考えに耽っていたのでしょうか……。
詠より
敬具
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