第3話 フタコブラクダ
「昆布やりませんか?」と本社に問いかけたアフリカ氏に対して「やりたいなら供給先を自分で探し、物流も含めて考えなさい」と冷静に返された。昆布についてインターネットで調べたらサハリンに出張することになった。オホーツク海で昆布を獲る現地の缶詰工場と「Nだらさぶんこ」PBシリーズの生産に関して意外と安易に合意し、ウラジオストクで物流調査をしに向かった。飛行機内雑誌をめくっているとウラジオ近辺に最近出来たカジノ村についての記事に引かれ、学生時代興味深く読んだドストエフスキーの「賭博者」に描かれたルーレットの戦術を思い出し始めた。何となく偉大な作家の戦術を実践してみたくなった。時間も特に決まったアポがなく、大丈夫そうで、到着したら直接カジノ村にタクシーを走らせた。
「結晶製虎」というカジノがピカピカとネオンに光り、中に入るとアジア人に見える人が多かったが、元締めが数か国語を喋れるロシア人。アフリカ氏がジェトンを10個ぐらい買ってルーレットテーブルに向かった。前のゲームが終わったら12のマスをカバーする形で3個のジェトンをかけた。12のマスの一つが当たってジェトン8個が戻ってきた。かけるジェトン数を3個か4個かで変えながら勝ったり負けたり続けたが7回以降運が完全に悪くなり3連敗後に止めることにした。手持ちのジェトンをまた金に交換すれば若干のプラスで終わった。カジノの近辺に倉庫領域もあるようで物流調査の一環として早速そこに行くことにした。
倉庫会社が普通輸送も出来るのでサハリンの昆布をプチョーロフスク市まで運べる数社が出てきて、見積もりを比較して一社を決めるだけのお仕事。満足気にホテルまで辿った時点でズボンで異様な雰囲気を感じ、手で触ってみると尻辺りでジパンが真っ二つに割いてあった。カジノで余りにも興奮して椅子にもじもじした所為なのか、倉庫回り最中に破れたのか分からなかったが、新しいズボンを買わなっきゃ。
チェックインして近所のモールに向かった。ズボンに見えるものが売っている最初の店に飛び込んだ。
「ズボン買いたいですが」
「あなたが髪の毛が黒いので黒いズボンはお勧めしません。カラータイプが「冬」なので青いジパンも似合わない。ベージュのチノパンツいかがですか?」と売り手が勧めた。
「なぜ私が「冬」タイプですか?」とアフリカ氏が不思議に尋ねた。
「あなたが冷たいんですよ。あなたを見ればすぐ分かるんですよ」
そう判断されれば冷たい部分は確かにあると反省しつつ、アフリカが黙って従うことにした。
「じゃあ、ベージュのチノパンツ試着してみます」
「ベージュのチノスには太い縦縞柄のパルカが似合うので合わせて試着してみてください」
「なぜ太い縦縞柄のパルカが合うんですか?」
「あなたが痩せているから太い縦縞柄で少し体重が増やせるビジュアルな効果がある」
そう言われて試着室でチノスと縦縞柄パルカを着てみた。感覚的には生まれ変わった感じ。あんな若者恰好が似合うと思わなかった。両方を買う事にした。
「知り合いでポチャリとした「夏」タイプの女性がいますが、彼女に多分細い縞柄のドレスが合うのだろうか?」
「薄い鼠色の縞柄ピナフォアドレスが最適だと思う」
「ありがとう。面白かった、あのカラータイプの選び方」
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空港に向かうまでに若干の時間があったのでモールの一階にあるスーパーで缶詰の品揃えと値段をチェックする事にした。案外、サマラ州と違って中国や韓国品が多く、暗記しきれないと思ってスマホで写真撮りまくった。アイスブレーカーに「いかたがんだねちっこ」と異常地語でsmsを打って、送信したところに「お前、スパイしているの?」と声かけられた。振り返ると、店のガード二人並んで、じろっと睨んでいる。
― 写真を削除しろ!と命令され、従わざるを得なかった。
アフリカ氏が削除している振りをしたが、一人のガードが近づいて管理し始めた。
― あの変なsmsは何?我々の議員Nechikkoを悪くでも言っているのか?
― いいえ、それは「ここは女性がきれいです」という意味で、タタール語なのです。とウソ付いた。
― イリダール、お前はタタール人だろう?と二人目のガードに声をかけ、タタール語で「女性がキレイ」とどうなるの?
アルチョムがばれそうだと実感し、額に冷たい汗が染み出た。
― 知らん。おれの爺さんが戦後にここへ移り、ロシア人と結婚し、僕がタタール語で三つの単語しか分からん。
アルチョムがほっとした。
― じゃあ、帰れ。またスパイするなよ。パスポートデータを書き写したで。
数分後に外に出て、アフリカがむさぼり強く新鮮な空気を吸い込んだ。ストレスが解消したら空港に向かった。誰が作ったかすっかり覚えていないが、改めてあの二行の詩を思い出した。
人生が全て戦いなのでラクダにこぶ二つあるんだ。
アフリカ氏物語 @Torbin
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