第2話 異常地
アイスブレーカー氏の冒険
アフリカ氏がN社の本社から流刑出張に出されてほぼ3か月経った。涼しさを好むマトリョーナ・レドコロワ経理部長は、「気候戦争」の相手がいない間にエアコンを頑固に「冬」モードにしていた挙句、「アイスブレーカー」というニックネームまで付けられ、N社のオーナーに同じサマラ州へと派遣される羽目となった。
「気候戦争」相手であるにもかかわらずアフリカ氏がアイスブレーカーさんに現地の事を丁寧に説明し、仕事も日常生活も含めて多面的に手伝った。生まれてからずっと大都会で育ってきたマトリョーナにとっては村の生活が初の経験だったのできれいな空気から夜眠れなくて(エンジンのかかった車をベッドの傍に置いて欲しいぐらい)、新鮮なミルクと野菜から数日連続下痢が続いていたが、ようやく治ったらなんと大都会の生活を悪夢みたいに思い出したくもないようになった。雌牛を飼っている友達が出来て、毎晩ミルク搾りの練習に遅れないように6時ピッタリで事務所を飛び出していた。
アフリカ氏からプチョーロフスク近辺の歴史が随分深いと聞き、図書館にも通い始めた。山修道院、皇帝の馬車転がり事件、数年前に近隣の森で宇宙人の死体が発見された等のマトリョーナにとって興味のある話が分かってそれぞれの場所を土日に回る事にした。
ある日曜日の朝、マトリョーナが自転車に乗って皇帝の転がり事件記念碑、山修道院を見に出かけた。前日の夕食に美味しいパンケーキを食べ過ぎた所為か、数キロ走ったのちに自転車のスポークが曲がり、くさりが外れがちになり、毎回修理に20-30分かけながらじりじり進んでいた。皇帝の転がり事件記念碑までたどり着いたのは昼過ぎの2時頃であった。幅も長さも1メートル以上であり、見逃せるサイズではないと思い、皇帝の運転手がやっぱり居眠りして気付かなかっただろうとクロワッサンをかじりながらマトリョーナが考えていた。クロワッサンを食べ終わり、周りの風景を撮影し山修道院を目指して旅を続けた。
森に入ったところではスポークの一部が抜け、後輪が波型になりフレームに引っ掛かり始めたが、修道院まで辿れば異能を持っているとされる修道士がきっと手伝ってくれると強く期待して必死にペダルを回した。洞窟山が木の隙間に見え始めていた途端に右の横からシューっと音がし、見ると、2メートル程長い蛇が這い近づいていた。びっくりしたマトリョーナが左折し、曲がったホイールがフレームに引っ掛かり、下り坂から転がった。谷の底まで至ったら何らかの沢なのか水たまりなのかに当たり、右の膝に鋭い痛みを覚えた。助けを求めようと電話したかったが、携帯も水たまりに落ちた所為電池が付かなくなり、唯一乾いていた軽いマフラーで電池を拭いて草の上に載せて携帯が乾くまで待つしかなかった。ストレス、痛みや疲れが溜まって間もなく眠った。
目が覚めたら星空が見え、夜の7時と8時の間ぐらいだと思った。電池を携帯に入れ、スイッチボタンを押し、画面が付いた!電気があまりなかったが、直ぐアフリカ氏に電話した。森に入ったところの左横の谷の底にいるとしか説明できず、足を痛めたから動けないと説明したら電池が死んだ。
アフリカ氏がプチョーロフスク市の非常事態省に電話をかけ、救命団体がヘリコプターで森の辺りを目指した。真っ暗にもなっていて、ヘリコプターにシグナル出来る携帯の電池が恐らく死んでいると推測し、修道士の助けを求めなければマトリョーナが夜どこかの野獣に襲われる恐れが十分あった。アフリカ氏は、ヘリコプターの縄梯子から直接洞窟山に下してもらい、洞窟に入った。洞窟の壁には窪みが掘られ、一人前の祈り部屋として設けられ、蝋燭を付けて修道士達が祈っていた。アフリカ氏が一つの窪みの前で跪いて助けを求めた:
「恐れ入ります。森の中で友達が死にかけている。手伝ってもらえないだろうか?」
仙人が首を傾け、「大丈夫だ。みている」
「なにをみていらっしゃる?」とアフリカ氏が驚いた。
「苦痛の場所をみている。祈り終わったら案内する」と仙人が答え、またも祈り続けた。
アフリカ氏がヘリコプターの運転手に電話し、着陸できるところで一旦着陸してもらい、仙人の祈りが終わるまで待つことにした。
20分後に祈り終わった仙人が窪みから出て、「付いて来い」と言い、暗い森の中へ進んだ。15分後にマトリョーナのいる谷まで着いて無意識状態のマトリョーナを発見した。
「ヘリコプターも来ているので携帯提灯でシグナルを送るので引き上げよう」とアフリカ氏が提案した。
「無理。僕の家まで運ぼう。近いから。妻が薬草で癒す」と仙人が言い、アフリカ氏に反論の余地がなかった。
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「俺がこの地で肩を折ったから、呪われている辺りだ」と声が聞こえた。
「我々はこの地で400年以上も祈っていて、神に恵まれた辺りだ」と数人の声からなる合唱団が答えた。
蛇が藪の中から現れ、追い詰め始めた。怖くなった。
ヘリコプターが飛んできて、空で巡回しながら近づき、鼻に着く。。。
冷たい汗を掻いたマトリョーナが目を覚ますと眠たそうなはえが鼻先から飛び立ち、ふらふらと何処かへ飛んだ。部屋の片隅から鈍い囁きが聞こえ、仙人がイコンに向かって祈っていた。
「よはお、すまいざご」とマトリョーナが挨拶し、言葉が逆さまに出て来たことに自分でもびっくりした。
「おはようございます」と仙人が普通に答えた。
「こどはここ?」とマトリョーナが尋ねた。
「ここは空間が曲がっている異常地で、慣れていない人が自然に言葉を逆さまに発音し始める」と仙人が説明した。
「でんな?」
「数年前に宇宙船が事故に当たって異常地になった」
説明に満足したのか、疲れと痛みに負けたのかマトリョーナがまた寝た。
朝、目が覚めたら見回ると、部屋に仙人がいなく、椅子に座りながらアフリカ氏がスマホをみていた。
「おはよう」とマトリョーナが挨拶し、言葉が普通に出ていることに気づいた。
「おはよう、どうだい、足の具合?」
「大分いい、仙人は?」
「山修道院に出掛けた。奥さんと子供を連れて。」
「この辺で宇宙船が事故にあったとかそういう話を聞いた事ある?」と先の夢を思い出しながらマトリョーナが聞いた。
「なんかあったらしい。キノコを摘みにくる数人が頭痛や吐き気にあったと聞いた」
「やっぱり本当だ、あの夢」
「何の夢?」
「仙人が夢に出て、ここが異常地なので初めてここへ来た人が言葉を逆さまに話すという夢」
「面白い夢だ。この辺りには確かに何か神秘的な感じがある。一昨日もあなたを救いに出て、仙人に手伝いを求めたら「苦痛の場所を見ている」と言った。ということは祈りの中であなたがどこにいるかを遠隔的に見ていた訳。」
「一昨日?私が二日間連続寝たということ?」
「そうなんだ。僕が仙人の布団を借りて二日間くらしてる。森の奥へ行けば確かに頭痛を感じた。宇宙船が事故って、異常地になってきたとは何となく信じる」
「逆に言えば、異常地だからこそ「遠隔にものをみる」異能が得られるのでは?」
「まあ、苦しい環境で人が頑張れば実力が増えると同じことかな」
「仙人が私を救ってくれて感謝しなっきゃ」
「それは既に考えた。缶詰の特別シリーズを製造してもらう」
「だらさぶんこ」
「なにそれ?」
「こんぶさらだの逆さま言葉だ。異常地語」
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