第3話 相合傘とイニシャル

今日も今日とて水泳を終えて、寮を出るのが遅れたしずくが学校に着くと、すでにクラス分けは発表されていた。結構な騒ぎに気後れする。遠く実家から離れて進学したので、まだ一緒に騒げる友人はいない。小さく溜息をついて、ふと何か視線のようなものを感じてその先を目で追った。そこにいたのは、小柄で可愛らしい少女。温かい栗色の髪の毛をショートボブにし、柔らかそうな輪郭はどこか幼さを感じさせる。無駄な筋肉がない肢体はしなやかで、ミニスカートから伸びる足は小鹿のように細かった。そんな少女が自分をじっと見つめている。小動物みたいで可愛いと思う。声を掛けたら逃げてしまいそうだけど、でも。

「…クラス分け、見に行かないの?」

思わず、言葉に出して問いていた。少女は少し首を傾げて、そしてハッとしたかのようにしずくから視線を逸らした。

失敗したかな。

「あの、えっと…少し落ち着いたら、身に行こうかなあって。…思って。」

少女が緊張しながらも答えてくれたことが嬉しかった。

「そうなんだ。私は、出遅れちゃって。ね、良かったら一緒に見に行かない?」

「う、うん。」

しずくと少女はゆっくり歩き出す。昇降口も開かれて教室に移動した生徒もおり、今は人数も半分ほどに減っていた。

「名前、教えてくれないかな。私は、譲羽しずく。」

「斉藤瑞樹です。」

「…あ。」

「え?」

しずくは腕を伸ばして、指を差す。

「クラス、同じみたい。」

「あ、本当だ。」

クラス分けが記された紙の上に自分の名前を見つけ、次に瑞樹の名前を見つけた。互いに顔を見つめ合い、笑う。

「これから、よろしくね。斉藤さん。」

「こちらこそ。…教室に移動しようか。」

「うん。」

二人連れ立って昇降口に向かったのだった。


教室は賑やかそのもので、笑い声やおしゃべりする声に満ちていた。部活を気にする声や、放課後に寄り道をする計画などまるで鳥たちが囀っているかのようだった。

席に着いて机の傷を指でなぞって微笑んでいると、荷物を席に置いた瑞樹が雫の元へ訪れて隣の席の椅子を借りて座る。

「譲羽さん、楽しそうだね。」

「え?うん。ここに、相合傘とイニシャルがあるでしょ。きっとロマンスがあったんだろうなって。」

「本当だ。そういえば、中学の時にこんなこと流行ったなあ。」

「見つかったら怒られちゃうけどね。斉藤さんは中学、地元?」

「うん。ってことは、譲羽さんは遠方組なんだ?」

しずくは頷いて見せた。

「そう。水泳部でスポーツ推薦。今年から寮暮らし。」

「へえ。この学校、水泳部強いもんね。」

ここまで話した時、不意に教室の前の扉が、がららと開いた。そして担任が顔を覗かせる。担任は30代半ばとみられる、男性の教員だった。

「皆、席についてー。これから、ホームルームを始めます。その後、入学式だからな。」

その声を聴いて三々五々散っていた生徒たちが慌ただしく、席についた。瑞樹も後でね、と言い残し手を振って席に戻っていった。

ホームルームでは担任の自己紹介、諸連絡など内容が進められた。

「…じゃあ、入学式を前に自己紹介しようか。えーと前の席から後ろへ、順々に。」

名前、趣味、一言を添えて自己紹介は進んでいく。次は瑞樹の番だった。

「斉藤瑞樹です。趣味は絵を描くことで、美術部に入部する予定です。えーと、よろしくお願いします。」

可愛らしい鈴のような声と容姿で、クラスの男子の多くは瑞樹を気にしているようだ。無理もない。

美術部か…。今度、どんな絵を描くのか教えてもらおう。

そんなことを考えているうちにしずくの番が訪れて、しずくは椅子から立ち上がった。


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