危険な誘い!不穏な招待状

「では、こちらが報奨金です」


 ギルドの窓口でゴブリン退治の報酬を受け取り、サーロたちは早速その場で分配を開始した。

 割合は3:3:3:1。

 当然、1はサーロである。

 これはいじめや差別ではない。

 パーティーを結成した時の契約──決め事なのだ。

 サーロはその悪条件を一切の留保もなく受け入れた。

 誰が彼を責められようか。

 童貞であり、女性に対して一切の免疫を持たない思春期の青年が、美しい女たちと旅をする代償としてはあまりにも安い。

 もともと物欲が薄く、金への執着も薄い男である。

 手渡される銀貨がたとえ三枚のみであったとしても、一切の批判も口にせず、むしろ「ありがとう」と言える大らかさを彼はもっていた。


「ご飯でも食べていきますか」


 イノールの言葉に、サーロは首を振った。


「金がないのだ……」


 飯代に使ってしまうと、今日の宿代が払えないのである。

 こんな時でも、彼は仲間にタカったりはしない。

 飢えたとしてもプライドは守るのが男なのだ。


「俺は先に宿に帰ってるぜ」


 サーロはポケットに手を突っ込んで歩き出した。

 ひょっとすると「私たちが奢りますよ」という言葉が背中越しに聞こえるかと淡い期待も抱いていたが、そんなことはなかったので、サーロはやむなく歩き続けた。


(童貞でも腹は減るもんだな……)


 などと、当たり前のことを考える。

 もちろん、童貞は超人ではない。

 サーロは未だにそのことに気づいていないフシがあった。

 しばらく歩くと、冷たい雨が降り出してきた。


「おっと……」


 空を見上げると、雲は薄い。

 すぐに止むだろうと考えて、サーロは近くの商店の軒先に雨宿りに入った。

 店の前にはリンゴの箱が山積みになっている。


「腹減ったなぁ……」


 リンゴ一個くらいなら買える。

 今日はこれで飢えをしのごうと、手を伸ばした時。


「キミは転生者ですね」


 背後から声をかけられた。


「な!?」


 サーロは慌てて振り返る。

 今までそれを他人に公言したことはない。

 この世界で彼が転生者であることを知っているのは父と母、そして師匠であるゼンモーターだけである。

 無闇にそれを吹聴しない、というのは転生の妖精との約束でもあった。


「何者だ!?」


 そこに立っていたのは、マント姿の背の低い人物だった。

 フードを目深にかぶっているため、男か女かは判断できない。


「何者だ……俺を知っているのか!?」


 サーロは重ねて問う。

 転生という言葉を発した以上、自分と無関係であるとは思えなかった。

 マントの人物は首を振った。


「キミのことは知らない……だが、ワタシには特殊スキルがありまして」


 相手はフードを下ろす。


「な!?」


 サーロは瞠目した。

 そこに現れたのは超絶美女……ではなく、人間ですらなかったのだ。

 それはまさにエビの頭のようだった。

 長い触覚。

 顔の両横についている丸い目玉。

 わしゃわしゃと動く、口。


「モノノケか!?」


 サーロは叫び、サイキックブレイドに手をかける。

 エビ人間はそれを落ち着いた動作で制し、首を振った。


「ワタシは魔物ではない。ワタシの名はダシデル」

「ダシが……確かに出そうだが!」


 口中にヨダレが溢れつつもサーロは警戒を解かず、サイキックブレイドを握ったまま相手を睨みつけた。


「ワタシは『ハイパースカウト』というスキルを持っています」


 ダシデルは続けた。


「相手のステータスを全て見ることができるのです。ステータスオープンでは見ることのできない、裏のステータスも」

「裏ステータスだと!?」

「キミが転生者であること……そして童貞であることも」

「な!?」

「今までに倒した魔物の数、生涯における歩数、現在の所持金額、パーティーの女の子への好感度に至るまで、全てです」


 サーロは驚愕した。

 個人情報保護法などこの世界には存在しないが、この目の前のエビにはそれが全く通用しないということになる。


「お、恐ろしい能力だ……」


 美味そうなのに……という言葉を危うく飲み込み、サーロは厳しい視線を向ける。

 だが、口の中は完全にエビになっていた。

 もうエビ天やエビチリのことしか考えられない。

 だが、エビは高い……

 サーロはエビへの執着を振り切るために、あえて声を荒げた。


「俺に何の用だ!?」


 声をかけてきたということは、なんらかの目的があるはずである。


「そう警戒しなくてもよろしいでしょう」

 

 ダシデルはあくまでも落ち着いていた。


「キミを『転生者の集い』にご招待したいのです」

 

 


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