見せろ!その気高き白き秘奥を

 サーロがサイキックブレイドを振るうたびに、ゴブリンたちが吹き飛ばされていく。

 狡猾なゴブリンが背後から忍び寄り、奇襲をかけようとするも、サーロはほぼ無意識のうちにそれを感知し、振り向きざまに斬り倒した。

 まさに三面の阿修羅。

 人間離れした、悪魔超人の如き動きである。

 壁をよじ登って高所からの攻撃を試みるものもいたが、それもサイキックスラッシュの剣閂によって薙ぎ払われ、虚しく地に叩きつけられていった。

 これを見た者は、あるいはサーロが性酷薄、残虐であると思うかもしれない。

 しかし、行われているのは一方的な殺戮や暴力ではなく、あくまでも個対多数の、命を賭けた生存競争。

 純粋な戦闘行為なのである。

 そこに正邪を問うのは無意味であろう。

 心ない虐殺が行われているように見えるのは、現在のサーロの戦闘力があまりにもゴブリンたちを凌駕しているためである。


 そうしてどれほど、戦っていただろうか。


 サーロがサイキックブレイドに拭いをかけ、腰に挿した時には、すでに動くものは何も無かった。


「勝利。しかし、弱者から奪うそれは虚しさしかない……」


 サーロは深刻な面持ちで首を振った。

 戦いの後はいつも虚しい。

 当然である。

 生命の簒奪が行われたことで喜ぶのは狂人にすぎない。


「だが!」


 サーロはパーティーメンバーを振り返った。

 強い意志をもって拳を握る。


「悪は天によって必ずや裁かれるべし……そうだな!?」


 渾身の説諭である。

 何に対して?

 それは自らの死するまで続く人生の旅路への、新たな問いかけでもあるのかもしれない。


「そして全てのゴブリンをこれで始末したわけだが!」


 サーロは強調した。

 自らの手柄や功績を殊更に吹聴するつもりではない。

 そんな低い次元には彼の魂は存在していないのだ。

 ただ──


「お疲れ様です、ご主人様」


 労ってくれる、仲間の言葉。

 それには間違いなく、血を流し、命を賭ける価値があるのだ。

 そして──


「じゃあ……パンツ……見ます……?」


 その花のカンバセを恥じらいにうっすらと紅潮させながら、ツクシが言う。

 サーロはそれを見て言葉を失い、思わず両手で顔を覆ってしまった。

 そして回顧する。

 輪廻転生。

 数奇な二つの人生。

 迂遠とも思われる宿命の旅路は、この瞬間のためにこそあったのかもしれぬ。

 サーロは三角形の布地を思う。

 女性にとって最も大切な部位を隠す、神聖なその存在。

 噂には聞いたことがある。

 そして、何度も思い馳せた。

 が、実際にそれを目にしたことはない。

 おそらく目にした瞬間、サーロはひざまづき、そして地に額をこすりつけながら言うだろう。


 「お会いしとうございました」と。


 そこには醜い男の欲望や邪悪な下心など一切なく、敬虔な信者が月夜の静謐の中で一筋の流星に神感を得るかのような、崇高な輝きに満ちているに違いない。


「いいのか……本当に……」


 サーロは熱病に浮かされたように呟いた。


「パンツ見たいんでしょう……?」

「ああ……パンツ見たい……パンツ見たいのだが!」

「遠慮は要りません。よろしければ、私たちのもどうぞ」

「な!?」


 イノールの言葉に、サーロは動揺し、後ずさる。

 まさかの。

 まさかのトリプルパンツである。

 ワンパンツでも正気を保ち得るかは怪しいところである。

 果たして、その衝撃に耐えられるであろうか?


(だが……!)


 見たい者がいる。

 見せたい者がいる。

 何を恥じらいことがあろうか?

 サーロは下唇を噛み、その瞬間に備えた。


「じゃあ……どうぞ」


 手渡されたのは、大きなバスケットである。


「?」


 中を見ると、そこには。


「……パン?」

「パンです」

「パン……!」


 いやパンツわい!という言葉を必死で堪えながら、サーロは頷いた。

 いやな予感がある。


「パン、か……フフ、そうか」

「どうぞ、積んでください」

「な!?」


 サーロはここでようやく理解した。

 「パンツ、見ますか」はつまり「パン、積みますか」という、句読点の場所の相違による高度な言葉のトリックだったということに。


「馬鹿な!?そんなのNSAの凄腕解読員でもわかるまいが!?」

「さ、食べかけですが私たちのもどうぞ」


 イノールとヨーコがバスケットに自分たちのパンを入れてきた。

 サーロはそれを受け取り、そして、膝から崩れ落ちる。

 白い三角形の神は天岩戸に隠れてしまった。

 もはや、サーロの希望は闇に閉ざされたのだ。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「無理もない……凄まじい激闘だった……」

「さすがに疲労が出たのでしょうね」


 サーロは茫然と女たちの白々しい言葉を聞いていたが、それでも、思考を切り替え、笑顔を作る。


「大丈夫、俺は……大丈夫だ!」


 もはや意地である。

 今更、パンツが見たかったなどと言えばそれはまさに淫獣の所業。

 サーロは欲望の獣ではない。

 誇り高きサイキック戦士なのだ。


「じゃあ、思うさま積んでください」

「ありがとうよ!やったぜぇ……めちゃくちゃパン積みたかったんだよな〜……」


 悲しい強がりを口にして、サーロはさっそくパンを積み上げ始めた。

 丸いもの、長いもの、四角いもの、パイ生地のもの。

 バランスをとりながら、様々な形や大きさのものを慎重に積み上げていく。

 だが、三つ、四つまでいくと流石に崩れてしまう。


「難しいぜぇ」


 このパンを積み上げてどうなるというのか?

 サーロにも分からない。

 顔を上げると、ゴブリンたちの屍山血河が目に入った。

 その前でパンを積む。

 己の罪業を悔いるかのように……


「ここはサイのカワラか!?」


 叫び、涙を堪えながらも、サーロはパンを積み続けた。

 


 

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