刮目せよ!ライセンスDの男
「紆余曲折を辿りはしたが……気を取り直してD級クエストに臨む俺たちはまさに一流冒険者たちの風格を漂わせつつあるように思う!」
置き去り事件による食堂での皿洗いを経て、サーロは一回り大人になったような気がしていた。
彼は女子たちを責める言葉は一言半句も口にしなかった。
むしろ、皿洗いスキルが上達したのだから感謝すべきであるというポジティブ思考の彼岸へ辿り着いた心地すらある。
高揚するテンションも天井知らずだった。
その理由を有り体に言うと、昨日のツクシのお尻、そしてヨーコとイノールの胸の感触がまだ生々しく体に残っているからである。
女子の体に触れる──という体験は、童貞にとってそれほどの価値があるのだ。
「俺たちなんだか上昇志向!」
もはや恐れるものなし。
サーロは意気揚々とギルドに向かい、受付嬢の前に立った。
「D級ギルドランカーの俺たちが来ましたよ……っと」
カウンターに肘をのせ、声高に宣言する。
この自信に溢れる姿を見て、ややもすると受付嬢に惚れられてしまうかもしれないという懸念すらあったが、惚れさせるのは罪ではない。
惚れた方の負けなのである。
「今、依頼が来ているクエストはこちらの三種類ですね」
あえて事務的に振る舞う受付嬢の姿勢はプロそのもの。
しかし、それは照れ隠しの一環でもあるかもしれない。
サーロはそこを掘り下げて困惑させるような、飲み会のパリピ野郎のごとき無粋な真似は避けることにした。
掲示された依頼は以下のとおりである。
①地下寺院のゴブリン退治
②王族の要人警護
③魔獣カギュラスの討伐
「これだ!」
サーロは指を鳴らした。
「まさにこれだ!」
キノコ探しやネズミ駆除などといった、もう業者に任せろよというような雑用任務ではない。
余人をもって変えがたい、いかにもギルドの冒険者にふさわしいクエストの数々に思えた。
「ゴブリンは当然の如くネズミなどとは違う。武器を振るう知性と残虐な凶暴性を備え、群れをなして人々を襲う忌まわしき小鬼……!」
誰に向けてかは判然としないが、もっともらしく語り始めたサーロに対して、受付嬢は、困ったような、呆れたような複雑な表情を浮かべながら「そうですね、よくご存じで」と優しく対応してくれる。
それに気を良くしたサーロはパーティーメンバーに振り返った。
「まずは華々しくゴブリン退治から行きたいが、皆はどうか!」
「なんだか、大変そうですけど」
否定的なツクシの言葉に、サーロは首を振る。
「大丈夫だ。俺が前面に出てゴブリンをスレイしていく」
「でも、女は特に襲われやすいとか。私、怖いです」
怯えたようなイノールの言葉にサーロは拳を握りしめる。
「大丈夫だ。俺が『タンク』となって皆を必ず守る」
「ただただ、めんどいのだが……」
怠惰なヨーコの言葉にサーロは頷く。
「大丈夫だ。もう、ぶっちゃけ、皆は見ているだけでもいい」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「ラッキーですね」
「頼むぞ……ピエロ」
パーティーメンバーの女子たちは互いに目を見交わし、うなずき合った。
(示し合わせていたのだろうか……)
サーロも言った後でモヤッとしたものを感じはしたが、それには気づかないふりをした。
不可逆的な未来志向である。
「それでは、ゴブリンどもを根絶やしにしてやるとするか。今宵、地下寺院に響くのは奴らの慟哭だ……!」
サイキックブレイドに手をかけ、サーロは戦意を漲らせる。
『強い言葉を吐くと逆に弱く見える』とはこの世界における昔からの格言であるが、転生者ゆえの無知からか、サーロはそれを知らない。
「では、ご武運を」
「フッ、おいおい……」
クエスト受注の手続きを完了した受付嬢の言葉に、サーロは失笑した。
「ゴブリン退治だけにゴブ運ってか……面白いじゃないか。座布団百枚あげたいぜぇ!」
「は、はあ?」
上手いことを言った人間には座布団を進呈する、というシステムはまだこの世界には確立されていない。
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