勃ち上がれ!メンタルヘルスの鬼
腹を空かせた冒険者でごった返す大衆食堂。
その一角で、サーロ達は食卓を囲んでいた。
周囲の喧騒とは裏腹に、この卓の上だけどことなく空気が重いのは、サーロのテンションが著しく低いからである。
彼はぼんやりと一点を見つめながら、フォークを何もない場所に突き刺す動きを繰り返していた。
「アル」
不意に、イノールが口を開いた。
「今日の宿を探してきてくれませんか」
「は、はい」
ヨーコもイノールに続いてアルに声をかけた。
「私は温泉付きで朝飯の美味いところがいい……頼むぞ……」
「わ、わかりました!」
アルは素直に答え、走って行った。
その後ろ姿を見送ってから、イノールはサーロに向かい合うように座り直す。
「さて、サーロ。あなたのお話を聞きましょう」
その声にはまさに告解を聞く聖職者の優しさが滲んでいる。
サーロも素直に頷いた。
「う、うむ……実は……アレだ……自信がないのだ」
サーロは自身の内部に渦巻く葛藤を、恥を承知で女子達に全て吐露した。
恐るべき戦闘力を持つアルに対して、師匠としてどう接すれば良いのか。
また、何を教えれば良いのか。
そもそも、阿修羅をも凌駕する存在に教えることがあるのだろうか?
このままでは日常的に敬語で話しかけてしまいそうな気配すらあった。
今は素直にこちらを慕ってくれているが、何かのきっかけで機嫌を損ねた場合には一瞬で人肉饅頭にされてしまう可能性もあるのだ。
だが、弟子に怯える師匠などというものがあるだろうか。
「俺のメンタルはボロボロだ……」
才能の壁というのは恐ろしい。
長年にかけて磨き上げてきた自信、気力が一瞬で根絶やしにされてしまうのだ。
もう今までの人生、何もかもが無駄だったのではないかと、そんな諦観が心を支配していた。
ただでさえサーロは転生者として二つの人生を生きているというのに、その双方において、人よりも遥かに優れているなどと自惚れることのできた瞬間など一度もないのだ。
「メンタルもやしかよクソ雑魚がと、笑ってくれ……だが、俺は自分で思っている以上にピエロだったようだ……キングオブピエロだ……いや、もはやキングを通り越してカイザー」
全てを打ち明け、がっくりとうなだれたその姿はどうか。
ライトノベルの主人公らしい風格など微塵もない。
「かわいそうに……ご主人様、これを」
ツクシが無色の液体が入った小瓶を食卓の上に置いた。
「これは……?」
「毒です」
「な!?」
まさかの毒である。
「苦しまずに逝けます」
「ま、まさか……これをアルに!?」
「え……?」
「え……って、じゃあこれは俺用かァァァ!?ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
死は優しい。
いつもすぐ隣にいる。
人が生まれた時に唯一決まっていることはいずれ死ぬということである。
しかし、それに立ち向かうことが人生なのだと、二度目の生を得たサーロは信じている。
「その案は却下だ!」
「ようはアルをパーティーから追い出したい……ということか……?」
「いや、ちがう!」
お前、クビだから──と言われたときのショックをサーロは覚えている。
心ない言葉の刃は、人生をも狂わせるのだ。
そもそも、あれは自分より劣っているメンバーを追い出す前提であり、サーロの100倍の力を持つ鬼神の化身に言っていい言葉ではない。
「弱っちい俺についていても彼の成長は無い……!そして俺のメンタルヘルスにもよくない……!だから、めちゃツヨな新しい師を探してもらうか、己の力を自覚した上で今すぐギルドデビューさせて最強冒険者としてその名を馳せるよう促すか、どちらかを推奨したいのだが!」
自分は憧れられるに相応しくない。
悲しく、また、認め難いことではあるが、内在するポテンシャルが数値化される世界においては隠蔽のしようがないのだ。
「わかりました」
イノールはゆったりとタバコをふかしながら言う。
「私たちがあなたとイチャイチャしまくって見せて幻滅させるというのはどうでしょう」
「な!?」
意外な提案にサーロは瞠目した。
「どういうことだ!?」
「あなたがパーティーメンバー全員をメス奴隷にしている下半身がだらしない腐れスケコマシ野郎だということを知れば、あの純朴な少年はあなたを見限って新たな師匠を探すのではないでしょうか」
「俺が……チーレム主人公に!?」
「チーレムってなんです、ご主人様」
「下半身がだらしない腐れスケコマシ野郎のことだが!」
「やってみたらどうだ……お前が童貞であることは話していないのだろう……」
「いいの!?」
先程までの憂鬱が一瞬にして晴れ、サーロは興奮し、立ち上がった。
擬似とはいえ、女の子たちとイチャイチャできるのである。
もう一度言うが、女の子たちとイチャイチャできるのである。
しかも、合意の上で、である。
合意の上で女の子たちとイチャイチャできるのである。
「マジか!?」
「では、ポジションを決めましょう。私とヨーコが両脇に、ツクシはサーロの膝の上に」
「な!?」
「胸は押し付けたほうがいいのか……?」
「そうですね」
「お。俺は死ぬのか!?」
欲望の蛇が鎌首をもたげている。
だが、たとえ神によって楽園を追われることになろうともその禁忌の林檎には齧る価値があるのだ。
「もはや乱世の覇者!」
サーロは今日一番の声で叫び、食堂の客全員の視線を浴びた。
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