最強か!?恐るべき弟子
「俺の奥義、それはサイキックスラッシュだが!」
森の中でサーロが叫んだ。
自らの必殺技を見せ、サイキック闘法のなんたるかをおぼろげにでも掴んでもらう。
決して、傲慢な自己顕示欲ではない。
自らを師匠と呼んでくれたアルに対して、一切の偽らざるところを、サイキック戦士のすべてをツマビラカにするつもりであった。
「まずはそれをご覧に入れよう」
サーロがサイキックブレイドを構えた。
対峙するのは切り株の上に置かれた林檎。
距離は5mほどとっている。
「端的に言うとサイキックとはまさに生命の力だ……この体を流れる熱き血潮、そして太陽、大地、すべての力がこの刃に宿ると考えてくれ」
サイキック理論である。
サイキックパワーは何も考えずに出そうとしてムラムラと湧いてくるわけではない。
身体を巡る生命の波動──それを増幅させ、研ぎ澄まし、そして放つのだ。
解説を聞いたアルが大きく頷き、ゴクリと息を呑む音まで聞こえた。
期待通りのリアクションに、サーロもこっそり微笑んだ。
「行くぞ!サイキックスラッシュ!」
サーロは剣を振り、波動が飛ぶ。
見事、切り株の上の林檎は真っ二つになった。
「す、すごい!」
アルは声を上げた。
「運命の輪を断つ極光の軌跡……それがサイキックスラッシュなのだろうて!」
サーロは手を顔の前にかざし、決め台詞を口にした。
完璧である。
全てが完璧なのである。
今、サーロを突き動かしているのは弟子を取った責任というものであった。
師匠のようになりたい……という、アルの最初の目標になってやらなければならないのだ。
自分がゼンモーターに対して抱いていた感情と同様に。
強さとは何か?
力や速さで語れるものではない。
そうありたいと憧れ、目指すものである。
「アル、やってみろと言ってできることではない……俺も最初の一年は全くできなかった。それでも師匠には『毎日やるのだ、いいからやるのだ』と言われて半信半疑の中で剣を振り続けた。すると、できるようになった」
修行とは継続することである。
生ある限り続けてこそ、常人の及ばぬ力を得るのである。
終生、歩みを止めることができない求道の旅路。
「アル、サイキックは一日にしてならず。さあ、やってみるがいい」
サーロはサイキックブレイドを渡した。
アルは両手でそれを受け取った。
少年の手には重かろう。
しかし、その重みを感じるからこそ自らの未熟を覚えるのだ。
「やってみます」
アルは緊張した面持ちでサイキックブレイドを構えた。
新しい林檎をツクシが置く。
先ほど真っ二つになった林檎はヨーコとイノールがすでに咀嚼し、嚥下していた。
ちなみにその林檎はサーロが買った。彼はもはや無一文に等しい。
だが、そんなことは些細なことである。
「いくぞ!はああ!」
アルが気合を入れ、サイキックブレイドを振りかぶる。
たとえその重たい切っ先が地に埋まって、アルが無様に尻餅をついたとしてもサーロは優しく抱えおこしてやるつもりだった。
だが──
「でえええい!」
「な!?」
サイキックブレイドが振り下ろされた瞬間、凄まじい剣波が巻き起こり、森の木々を全て揺らす。
「うそ!?」
剣閃が唸りを上げて奔り、林檎とともにその後ろの巨木を全てなぎ倒していった。
「……」
サーロは呆然と立ち尽くした。
なぎ倒された木々。
その向こうの丘陵が鮮やかに見える。
凄まじい威力──などという生優しい言葉では到底表現できない。
「お……お……すごいじゃないか……ハハ」
もはや、愛想笑いが精一杯である。
自分の目の前にいる少年。
彼は、あるいは鬼を喰らって生きる修羅の化身なのであろうか。
常人離れした恐るべき天賦の才を目の当たりにして、サーロは自分がとんでもなく平凡な雑魚キャラになったような気がした。
「すみません!」
突然、アルは頭を下げた。
逆に、サーロは動揺した。
「ど、どうした?」
「僕、全然ダメですよね……」
「な!?」
「手加減も何も出来なくて……師匠はあんなに上手に力をコントロールしてたのに」
「な、何をバカな……」
サーロはアルを見つめる。
言葉や表情の中には、謙遜の皮をかぶった醜いイキリや、こちらをナメ腐った傲慢さの気配は全く感じられない。
どうやら本気で自分の不甲斐なさを恥じているようだった。
「ス、ステータスを見せてみろ」
サーロは呻くように言う。
確認せずにはいられなかった。
アルは一瞬、キョトンとした顔をしたが、すぐにステータスを宙に開いて見せた。
名前:アルフ・デイ・スタンス
ジョブ:村人
ここまでは普通である。
しかし、問題はステータスの数値であった。
体力:45000
力:36500
素早さ:43200
はっきり言ってバケモノである。
あえて比較するならば、サーロの体力は340。
自分ではその辺の冒険者より『そこそこあるほう』と思っていた。
時には『けっこう強い』とまで思っていたのである。
力に関しては220。
地元の腕相撲大会では準決勝まで行ったこともある。
しかし、アルの100分の1以下である。
彼が本気を出せば、サーロは挽肉にされてしまうだろう。
(……)
サーロは腕を組み、目を閉じて考え込んだ。
アルにかける言葉を探しているのである。
すげえじゃん、なかなかできることじゃねえよ──と手放しに称賛してやるのは簡単だが、過ぎたる力を自覚し、制御できないままでは、少年の将来のためにはならないのではないか。
調子に乗ってんじゃねえよバカ!焼きそばパン買ってこい──と、師匠の特権を振りかざして一息に罵倒するのはそもそも人として間違っている。
はいはい、強い強い──と斜に構えて見せるのはメンタルヘルスの均衡を保つ上では効果があるだろうが、男としての面目が立たぬ。
サーロは悲しげに笑いながら、首を振った。
「才能があるな。だが、力は制御しなければ力とはいえない……もっと学ぶんだ、アル。お前は、いずれ世界を救う救世主候補の筆頭かもしれん」
動揺で膝が震えてはいるものの、口に出したのは、いたわりと友愛。
そして、期待の言葉である。
サーロは人間であることを選んだのだ。
安易な気持ちでアルに説諭し、エラそうに教訓を垂れていた自分を恥じてはいたが、嫉妬の念に駆られて正当な評価を見失うような愚昧だけは晒すわけにはいかなかったのである。
しかし、アルはなおも首を振った。
「全然ダメです……僕は才能がないって、村でもずっと言われてて」
お前の村の住人は修羅の群れか!?──という言葉を喉元で押さえ込み、サーロはアルの肩を優しく抱いた。
「アル、他人の言葉は気にするな。自分を信じることからサイキック道は始まるのだ」
「ありがとうございます……優しいんですね」
素直──
しかし、アルが素直であればあるほど、サーロは傷ついていくのである。
胸に去来するのは劣等感だろうか。
いや、惨めな敗北感なのかもしれない。
サーロには、その感情にこれから先も耐えられるかどうか、自信が持てなかった。
哀れなり、凡百の徒。
転生を重ねてもなお、才能の壁の前に打ちのめされることがあるとは。
主人公であると自惚れていた男が、モブキャラだったとは滑稽極まりない。
暗澹たる気持ちを押し殺して、サーロはサイキックブレイドを腰に挿した。
「今日はここまでにしておこうか……疲れているだろう」
「いえ!まだまだ大丈夫です!」
いや俺のメンタルが大丈夫じゃないのだが!──という言葉をぐっと歯を食いしばって堪えたサーロは、無理矢理、笑顔を作った。
「腹が減ったんだ……サイキックって、ほら、すごく体力使うし……」
「あ、す、すみません……」
悲しい嘘である。
腹など減っていない。
なんなら今日一日、何も食べたくはない。
宿へ帰って、ぼんやりと天井を見つめていたい気分だった。
「飯でも食いながら、今後の話をしよう……」
「はい!」
「未来志向だ」
「大事ですね」
肩を落として歩き出すサーロの横に、アルがぴったりとついてきた。
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