弟子入り志願!俺についてくるがいい
「ついに俺たちもD級ランクの冒険者にレベルアップしたわけだが!」
ギルドを出てすぐに、サーロは頭上高くカードを掲げた。
そこには『D級ランク認定証』とある。
ハイになった感情に任せて一昼夜、仙人キノコを探して野山を駆け巡ったサーロだったが、結局キノコは見つからなかった。
では、なぜ、冒険者ランクが上がったのか?
彼らが途方に暮れて山を降りたとき、麓の直売店で仙人キノコが売っていたのである。
サーロは自らの費やした徒労にうっすら涙を浮かべはしたが、持ち前の切り替えの速さを発揮してパーティーメンバーに声をかけた。
「世間の人々は俺たちを口汚く罵り、蔑むかもしれない……ペテンだ、ピエロだと言ってな。しかし、その汚名は全て俺が引き受ける!だから買おう!頼むよ」
反対するものはいなかったが、金を出したのはサーロである。
決して安い買い物ではなかったが、それは自分がしばらくの間、野宿すればいいだけのことなのだ。
そうして最後のクエストをクリアし、手に入れた新しいギルドカードは、日の光を受けて燦然と輝いているように見えた。
「もはや俺たちの覇道を阻むものはない……史上かつてないと思われる恐るべきペースでギルドマスターへの道を駆け上がっていっている現代のシンデレラストーリーに鳥肌の立つ思いだ!」
街の往来のど真ん中で感極まっているサーロを、多くの通行人が迷惑そうに避けて通り、パーティーメンバーの女子もそれとは気づかれないソーシャルディスタンスを保持して彼を眺めていた。
しかし、ただ一人。
サーロを、熱のこもった視線で見つめている者がいた。
「す、すごい……」
少年である。
泥で汚れたシャツに皮のゲートルという、いかにも田舎出身ということがわかる質素な身なりであったが、女の子のような可愛らしい上品な顔立ちと、利発そうな目をしている。
サーロが自らに注がれるその視線に気づき、振り返ると、少年は顔を真っ赤にしながら慌てて建物の影に隠れてしまった。
「……ふふ」
その状況を見ていたイノールは微笑した。
闇社会に通じた裏プリーストといえど、さすがに肩書きだけは聖職者なだけあって、こういったときの人間の感情の微細な揺らめきに対して非常に敏感なものを持っているのだ。
彼女は他の人間に悟られないよう、ゆっくりと歩み寄り、建物の影に向かって優しい声で語りかけた。
「どうしたのです?彼に何か?」
「あ、え、えと……!」
「怖がらなくても大丈夫ですよ」
イノールの穏やかな声に促され、おずおずと少年は顔を出した。
耳まで真っ赤になっている。
「ぼ、僕、その、実は……冒険者に憧れていて……」
少年のいかにも無垢で、初々しい反応に、イノールは口元を綻ばせた。
「彼に憧れているのですか?」
「は、はい……すごいなぁ、と……」
「ふふ、貴方は見る目があります。さ、いらっしゃい」
イノールは彼の手を取り、やや強引に物陰から引っ張り出すと、サーロの前まで連れてきて事情を説明した。
当然、サーロは瞠目した。
「憧れ──だと!?この俺に!?」
「は、はい……!」
「な……!?」
この瞬間のサーロの感情を言葉にして表現するのはあまりにも難しい。
まさか自分がという望外の喜びと、なぜ自分がという僅かな疑念と、自分ごときがという微妙な後ろめたさの混在する、カオティックな感情の迷宮に突き落とされた哀れな堕天使の落とした一滴の涙になった感覚であった。
「なぜ、俺を……」
「僕は辺境の村から冒険者になるために出てきました。でも、ギルドに入る前に、なんだか緊張してしまって……そんな時に、あなたが意気揚々と出てきて」
認定証を頭上にかざしてエツに入っていたというわけである。
「そ、そうか、そんなことで」
喜ぶべきなのだろうか?
地方出身の人間に多い、思い込みの強いタイプなのかもしれない。
少年がアコギな商人に壺や印鑑を買わされてしまうことをサーロは危惧した。
「お、お願いします!ぼ、僕を……弟子にしてください!」
「な!?」
弟子。
弟の子と書くが甥っ子のことではない。
教える側と教えられる側という師弟関係のそれである。
それはサーロにも分かってはいる。
しかし。
自らがゼンモーター道士に対して抱いている感情と同じように、弟子を持つということは師として崇められる存在になってしまうということなのである。
「俺に弟子!?」
熱き青春の血を滾らせる若獅子を教え導くことができるか。
その確信を、サーロは持てずにいた。
だが、そういった不安を顔に出してしまっては男としての沽券に関わるということで、サーロはあえて余裕ぶった笑みを浮かべてみせる。
「気持ちは、嬉しいが……俺は、あれだな、ウン。弟子はとらん主義だが?」
「そ、そんな……!」
「俺たちは危険に身を投じて生きる彷徨い人……戦いとは生き様そのものだ。その生き様とは何かを教えたり、語ることはできないのだ」
「……!」
パーティーメンバーの女子たちは自分の台詞に酔うサーロをやや冷ややかな目で見ていたが、少年の瞳はさらに強く輝いた。
「お願いします!なんでもします!」
先ほどよりも強い口調で訴え、深々と頭を下げる少年に、サーロの感情は思いきり揺さぶられた。
尊崇の対象にされているという、傲慢な優越感からではない。
頼られる、ということが単純に嬉しかったのである。
「サイキック戦士の道を……永遠に続く修行の旅を……お前も歩もうというのか?」
「はい!」
少年の答えは凛として、爽やかな快活さに満ちていた。
不安や苦悩を掻き消すような、青春の煌めき、未来への憧れ、あらゆるものを掴む可能性。
全てが、少年の手の中にあるように感じられた。
「わかった、少年。俺がお前を誠心誠意、懇切丁寧に鍛えてやるぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしましてだが!そうだ、名前は?」
「アルフ・デイ・スタンスです。皆にはアルと呼ばれてます」
「アル、俺はサーロ・インだ」
「サーロさん、よろしくお願いします!」
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