剣鬼双影!少女、侮るなかれ

「ここでよい」


 ナナメが言った。

 アル・セフドの街を見下ろす丘の上。

 陽の光が穏やかに射し、心地よい風が頬を撫でていった。

 このような状況でさえなければ、絶好のピクニック日和である。


「始めるか」


 ナナメの言葉にヨーコはうなずいた。


「では、私からいこう……」

「ほう?珍しいな。勝負というものにあれほど消極的だったお前が」


 ナナメの挑発が耳に入っていないかのように、ヨーコは言葉を続けた。


「これは私の姉の妹から聞いた話だが……彼女は親元を離れて生活しようと考え、部屋を探していた時……格安の物件があったのでそこを借りることにした……だが、その部屋はかつて」

「ま、待て待て待て!」


 ナナメが慌てて止める。


「な、な、何じゃあ急に!?」

「百物語だ……」


 納涼──夏の風物詩である。


「百物語!?な、な、なぜじゃ!」

「その部屋はかつて一人暮らしの老人が」

「ちょ、ま、続けるなーッ!」


 ナナメは真っ青になって耳を塞いだ。

 どうやらこの手の話は苦手なようで、膝も小刻みに震えている。


「オバケは苦手か」

「そ、そ、そんなことないわい!」

「一人暮らしの老人が」

「やめれーッ!」


 続きを語り出そうとするヨーコに、ナナメは二刀を抜いて、斬りかかった。

 ヨーコはそれをわずかに身を捻ってかわす。


「貴様!私をバカにしているのか!」

「そうだ……」

「んにぃ!改めて言われるとめちゃくちゃ腹立つのじゃああああああ!」


 超A級戦闘集団、ダイヤモンド騎士団。

 その中で、剣士の最高位である『破邪の剣』の称号を手に入れるのは、当然、並の剣士では不可能である。

 ナナメの繰り出す剣撃はそれを証明して見せた。


「九天勅火流『四閣為二鶴』!」


 手にした双刃が光る。

 異なる角度から送り込まれる四連の斬撃。

 それが左右からヨーコに襲いかかった。

 まさに刃の嵐である。

 

「なんて踏み込みの速さだ!?」


 サーロは驚愕した。

 間合いとは個人のものではなく、双方の共有のものである。

 その距離感を調整し、駆け引きしながら、戦いというものは始まるのだ。

 しかし、低い体制から踏み込むナナメの一歩は、まるで地を滑るような速さであっという間に敵の懐に入ってしまう。

 これはまさに強襲と呼ぶべきものである。


「む」


 しかし、ヨーコも並みの剣士ではなかった。

 抜いた刀で、次々と降り注ぐナナメの斬撃をかわし、いなし、弾く。

 だが、反撃をする余裕は全くない。


「手も足も出ぬであろうが!九天勅火流『梅立灯』!」


 二連の凄まじい疾さの斬り上げがヨーコを襲った。

 胸元を擦り上げるような、完全な死角からの攻撃である。

 その凄烈な剣風で土埃が柱のように立ち上がった。

 ヨーコは辛うじて身を引いて半歩の間合いをずらしたが、斬り上げられた袖口から白い腕が露わになった。


「『娑羅弐梅』!」


 手首を返して襲い掛かる二つの刃。

 右と左で速度にわずかな差があるのは初撃に対する相手の動きに合わせて太刀筋を変えて二撃目を打ち込むためである。

 その緩急を息をもつかせぬ嵐のような猛攻の中で行うのだから、かわすことも受けることも容易ではない。

 

「おお」


 ヨーコは感嘆したような声をあげただけで、頭に振り下ろされた初撃を一振りで弾いた。


「もらった!」


 ナナメの二撃目が軌道を変え、首筋に向かう。

 だが、その二撃目も弾き返された。


「んに!?」


 防いだのはヨーコが左手で抜いた鞘である。

 機転、というよりも本能に近いほど素早い動きだった。

 予期せぬ反動に宙で体勢を崩したナナメだったが、ヨーコの肩口を反射的に蹴って一回転し、離れた場所に着地する。

 ようやく二人の間に間合いが生まれ、動きが止まった。


「す……すごいぜ!」


 サーロは思わず叫んでいた。


「二人ともすごいぜ!すごいぜ……二人ともすごいぜぇ……!」


 彼は、まるで推しているアイドルの武道館ライブが決定したかのように震えていた。

 すごい、ばかりを連呼しているのは語彙力が死んだからではない。

 単純に、二人のおサムライによる凄まじい攻防を目の当たりにして興奮していたのだ。

 あれほどの斬撃を繰り出し続けて息ひとつ荒げていないナナメもさすがだが、それを受けきったヨーコもさすがである。

 

「錆び付いてはおらぬようじゃな」

 

 ナナメが言う。

 ヨーコはうなずいた。


「お前も……強くなったな……嬉しいぞ」

「う、う、上から目線か!?生意気!」

「ナマイキではない……」


 ヨーコの目が光った。


「タカユキだ……」


 誰……?

 その場にいた全員がそう思った。

 だが、問えど答えの出ないことなど、この宇宙の森羅万象には無限に存在する。

 タカユキの正体はきっと誰にもわからないだろうが、それでいいのではないかと思うサーロだった。


「次は本気で行くのじゃ」


 ナナメが深く腰を落として構えた。


「もういいだろう……お前の勝ちだ」

 

 ヨーコはそう言って、刀を納めた。


「な、なぜじゃ!?」

「私は流派を捨てた身……奥義を継ぐ資格はない……」

「……!」

「今はそこのピエロの肉奴隷に過ぎないのだ……」

「な!?俺か!?」


 突然、指をさされたサーロは動揺した。

 しかし、ナナメは目を剥いて彼を見る。

 そこには明確な殺意が滾っていた。


「奴隷じゃと!?」

「いやいやいや、そんなわけないだろ!」


 慌てて否定するサーロを庇うように、イノールとツクシが前に出た。


「そう、そんなわけはない……彼は童貞です」

「な!?」

「見ればわかるでしょう!失礼ですよ!」

「お、お前たち……俺はピエロか!?だが、その通りです」


 潔白を証明するには真実を語るしかない。

 たとえ、それが恥に塗れていても。


「ドウテイってなんじゃ」

「え……!」

「聞いたことないジョブじゃ」

「な!?」


 サーロは再び驚きの声を上げた。

 ナナメが無知だということではない。無垢なのである。

 しかし、無垢であることが人心を救うことがあるのだとサーロは悟り、敬虔な信者が干魃の後に訪れた雨に神感を覚えるときのように、跪いて頭を垂れそうになった。


「しかし、納得がいかん!決着をつけるのじゃ!」

「わかった……では、私からだ」


 ヨーコは背筋を伸ばした。


「これは私の弟の姉から聞いた話だが──」

「百物語が……再び!」

「夜になると一人でに動き出す石像が」

「わーっ!わーっ!お、お、覚えてろーッ!」


 ナナメは耳を塞いで走り去った。

 サーロたちは、その後ろ姿を見送る。


「さすがダイヤモンド騎士団の『破邪の剣』。恐るべき相手だったな」

「しかし、あいつは執念深い……きっと、またあいまみえるだろう……その時は……」


 ヨーコは空を仰いだ。


「その時は!?まさか──!」

「百物語だ……」

「だよな」


 空の高いところで雲雀が鳴いた。

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