鎧袖一触!東国からの刺客



 シンドバーグと義兄弟の契りを結び、別れた後、サーロを出迎えたのはパーティーメンバーのやや冷たい反応だった。


「なーんだ、結局、元ご主人様の勝ちだったんですね……はぁ〜あ」

「なるほど……シラけますね」

「……」

「キミたち不満なのかね!?俺がピエロみたいじゃないか!?」

「お気づきでしょうか……あなたはピエロです」

「な!?ショックだが!」


 だが、それもおそらくは女の子ならではの微妙な心の機微、言うなれば照れ隠しなのかもしれないという希望的観測を持たずして、転生主人公は務まらない。

 サーロは圧倒的ポジティブな方向に切り替えることにした。

 これは決して卑屈な開き直りではない。

 女の子へ優しく接するのは男の当然の義務なのだ。

 自分が必要とされている、愛される価値のある人間であると、女の子に常に自信を持たせる。

 それこそが男の役割であり、責任である。

 男の生は女のためにあるのだ。

 しかし、多くの男はその崇高な義務を忘れつつある。

 都合のいい肉欲の捌け口としてしか女を見ていない男たち──そういった低俗な観念を恥とも思わない輩はこの世から今すぐ消滅した後、転生の輪廻から外れて虚無の淵にあるという無界地獄を苦悶と苦痛に苛まれながら永劫に彷徨うべきだというのがサーロの持論だが、皮肉な運命の悪戯によって彼は未だもって童貞である。

 サーロは聖人じみた穏やかな笑みを浮かべ、金の入った袋を頭上に掲げてみせる。


「ほうら、ギルドからの報奨金もここにあるのだぞぅ」

「わーいっ♪おかえりなさいませ、ご主人様」

「さすがです」

「なかなかできることではない……」


 この温度差である。

 愛情を金で買ったような後ろめたさはあるものの、それでも褒められれば気分が良い。


「いただき!」

「あっ!?トンビが油揚げを奪うかのように!?」


 ツクシの光をも凌ぐ疾さで、金袋は奪われてしまった。


「亡者か!?だが、それもいいだろう……」


 それすらも許せるのはやはりパーティーメンバーの絆を取り戻したい想いが勝ったからであろう。

 おそらくサーロの手元には一銭も入らないが、重要なのは金ではない。

 心である。

 そう思うことにしたのだ。


「これでE級クエストも一つを残すのみ……それを完遂した暁には俺たちもさらなる高みへレベルアップという寸法だ!」


 ギルドランクが上がれば、より難易度の高いクエストを受注することができる。

 それは冒険者にとっての一つのステータスでもあるのだ。

 つい先日も暗黒魔龍ド・エリアーテの討伐という超A級クエストから帰還したグループが、街中総出で喝采を浴びていた。

 冒険者の栄光、これにあり。

 サーロは感極まって、拳を握りしめた。


「正直、めちゃくちゃ憧れてしまうのと同時に、羨望の念を抱いたのも紛れもなき事実……俺たちもああならねば」

「ふふん、そのように言われると面映いのう」

「な!?」


 背後の声にサーロが振り返ると、そこには背の小さな一人の少女が立っていた。

 ヨーコと同じく、袷に袴という、東国の装いである。

 ただ、ヨーコと違うのは、その着物が紅の派手な布地に絢爛な刺繍が施されていて、非常に人目を惹く点であり、腰まである銀髪にも女性らしく大きな菊花の髪飾りが留めてある。

 もちろん、化粧気が皆無であってもヨーコは素地だけで十分に美しいが、この女は女性としての装いを楽しむタイプなのだろう。

 しかし、黒光りする腕甲や底の厚い頑丈そうな編み上げブーツ、そして腰に差した二本の刀が、見た目の華やかさだけでなく、戦士としてのアイデンティティーを否応なしに主張している。


「誰だ!?」


 サーロは問う。

 読者諸君には既知のことと思うが、彼は初対面の女性に弱い。

 それが美しければ尚更である。

 目を見て話すことができない分、不器用な物言いになってしまうのだ。


「何の用だ……この俺たちにな!」


 ヤサグレやアラクレ、鈍感な主人公を演じているのではない。

 悲しい習性なのである。

 そもそも、それが女性を遠ざける原因になってしまっていることに、あるいは無法の荒野に立てられた自らの墓標の下で気付くのかもしれない。

 物言わぬ骸になっても、なお、もう戻ることのない青春の日々を思い、悔悟の涙を流すのだろうか。


「私はナナメ・ウエシタ。ダイヤモンド騎士団の『破邪の剣』じゃ」

「な!?ダイヤモンド騎士団だと……!」


 ダイヤモンド騎士団。

 先程、話題に上った暗黒魔龍ド・エリアーテを討伐した超A級の戦闘集団である。

 どこかの国に属している組織ではない。

 しかし、世の災厄級と呼ばれる魔物や脅威を征討する、言うなれば世界規模の自警団なのだ。

 憧れの存在を目の前にして、サーロはイロメキたった。


「めちゃくちゃファンなのですが!?」

「そうか。あとでサインをやろう」

「嬉しみしかないのだが!」


 サインをしてもらうペンを慌てて探しているサーロを無視して、ナナメはヨーコの前に立った。


「久しいな、ヨーコよ」

「な!?知っているのか!?ヨーコ!」


 サーロの問いに、ヨーコは静かにうなずいた。


「うむ……あれは三年前だ……」


 ヨーコは追想に、目を閉じる。


「私が釣り堀で糸を垂らしていると、見たこともない、背鰭の美しい魚がかかったのだ……それがあまりに珍しかったので、逃してやったのだが……」


 記憶の海を漕ぐように、ヨーコの長い睫毛が揺れた。


「さてはあの時の魚の精……礼には及ばぬ……」

「ち、が、う、わぁぁぁぁぁァァァァァ!」


 黙って聞いていたナナメは天に向かって叫び、ダンダン!と地団駄を踏む。


「私じゃ!ナナメ・ウエシタじゃーっ!」


 言われてようやく、ヨーコは思い出したように、おお、と手を打った。


「あ、ナナメか……久しぶりだ……実家の団子屋は繁盛しているか?」

「団子屋って!?私の実家は豆腐屋じゃ!」

「そうだったか……あ、コイバナで……初キスがトイレの裏で……とか……話してたな……?」

「だ、だ、誰と間違っておる!?キスなんかまだしたこともないし──って何を言わすか!?」

「好きな食べ物はカブトムシのサナギで……」

「食うかッ!私の好物は玉子焼きじゃし!」

「すまん……名前はなんだったっけ……」

「ナナメウエシタァァァァァ!さっき名乗ってから一分も経っとらんのに!ンギギギィーッ!」


 サーロは、大地の神を脅かすほど何度も地団駄を踏み、髪を掻き毟って悶える少女──実家が豆腐屋でキス未経験で好物が玉子焼きだという──ナナメがあまりにも不憫になり、助け舟を出してやることにした。


「お、落ち着け、ナナメさん。これ以上続けると、多分、損をするだけだ……あらゆる個人情報が筒抜けになってしまいつつあるが!」

「ぐぬぬ〜っ……!」


 奥歯が全て砕け散りかねない強烈な歯軋り。

 先ほどまでの傲慢とも受け取れるような、自信に満ち溢れていた態度と打って変わり、その紅潮した顔はナナメの小柄な体型も相まって、見る者の保護欲──ともすれば、嗜虐心を煽り立てるところがある。


「ナナメさん、そもそも、我々に何の用だろうか」

「用……ああ、そうじゃった!お前、ナイス。ナイスフォローじゃ」


 ふーっと大きく息を吐き、気を取り直したナナメはヨーコを指差した。


「ヨーコ。今日こそ決着をつけようぞ」

「決着……?」

「そう。どちらが『九天勅火きゅうてんちょっか流』の奥義後継にふさわしいかのな!」

「そんなものは……」


 ヨーコの眉が、困ったように、ほんの少しだけ歪んだ。


「お前が継げばいいだろう……」

「ふん、そうはいかん」


 ナナメがヨーコの鼻先に人差し指を突きつけ、不敵に笑う。


「九天勅火流の奥義は門外不出の一位相伝の秘儀。となれば、どちらが上かを決めねばなるまいて?共に『おサムライ』としての意地と誇りを賭けてな」

「……」


 ヨーコはしばらく思案してから、


「あむ」


 鼻先にあるナナメの指を甘噛みした。


「んぎゃああああああ!?な!な!何をする!?」

「はむはむ……気はすすまぬが……お前が満足するならばそれでいいだろう……」

「んにっ!んにっ!んにぃぃっ!今日こそ泣かせてやるからなぁっ!」


 涙を浮かべながらそう言うナナメは、すでに刀に手をかけていた。

 

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