クビは誰だ!?地下水道のバトルロイヤル

「では、このクエストでよろしいですか」


 半獣人の受付嬢が言う。

 サーロとシンドバーグは同時にうなずいた。

 彼らの勝負は、ギルドのE級クエスト『下水道に発生した大ネズミの駆除』で決着をつけることになったのだ。


「先にネズミを駆除した方を勝ちとしましょう」


 イノールの提言である。

 さらに、ヨーコが続けて言った。


「お前たちは雌雄を決し、私たちには金が入る……」

「まさに一石二鳥ですね!」


 ツクシは陽気にそう言って、回転して見せる。

 それに合わせてふわりと舞うスカートのフリルに、男二人は思うさま魂を打ち込んだ。


「フッ、ネズミ退治など、俺にとっては朝飯前のさらに前の夕食のようなものだ」


 黄金騎士は余裕の笑みを見せる。

 だが、サーロも負けてはいない。

 いかにも失笑するかのように鼻を鳴らし、首を振った。


「哀れ、虚勢の金色サイコパスよ……俺にとってはその前の朝飯だ!」

「ほざけピエロ。俺はその前の夜食だ」

「三日前の朝飯……このクエストは俺にとって、そのレベルだが」

「一週間前のおやつ」

「一ヶ月前の」

「一年前」

「太古の」

「いいから早く行け」


 かくして、ヨーコの言葉とともに戦いの火蓋は切って落とされた。


◆◇◆


 下にある水の道。

 その言葉からイメージする通り、下水道はまとわりつくような湿気と、あらゆる異臭が入り混じった、不快な場所だった。

 生活排水のすべてが流れ込むのだから、それは当然である。

 ぬめる足下に松明をかざしながら、サーロは一歩、また一歩と慎重に歩を進めていく。

 万が一にも足を滑らせて下水に飛び込んでしまった場合には、ヘドロまみれのピエロということで『ピエトロ』などというあだ名を付けられてしまうかもしれないのである。

 また、頭からヘドロをかぶったという場合には『ヘドロ&かぶりシャス』というあだ名になる可能性もあるが、それはサーロの悲観的な被害妄想がもたらす杞憂なのかもしれない。


「なんてクサさだ」


 隣にいるシンドバーグは忌々しげに呟いた。

 なぜ、一緒にいるのか。

 友情が芽生えたわけではない。

 地下水道は一本道である。

 したがって、同時に入ったならば、同時に進むしかないのである。


「怖気付いたか、シンドバーグ。なんならこのまま帰るがいい。彼女たちにはお前の実家が火事になったとでも言っておいてやるが!」

「ふっ、ほざけ。俺はクサいと言っただけだ。お前のワキガも、な」

「な!?俺がワキガだと!」


 そんなはずはないと憤りながらも松明を掲げる腕の脇に少し鼻を近づけてスンと嗅いでしまうのは男のサガである。

 体臭ケアを怠る男は特にモテないという噂を耳にしたことがあるのだ。


「お、俺はワキガではない!嗅いでみろって!ほら!全然クサくないって!」

「お断りだ。何が悲しくてお前のワキを嗅がねばならんのだ」

「言い出したのはお前だろうが!チキショーッ!」


 もはや、断絶である。

 このような侮辱的な面罵を受けて友情など生まれるはずもないと、サーロは確信した。

 シンドバーグが今すぐニーソックス着用のツインテール美少女に転生しない限りは、このまま湧き上がる殺意に任せてショッキングな事件が発生する可能性も否定できない。

 おあつらえむきに、今は誰も目撃者はいない……


「む!?」

 

 と、ここでシンドバーグが前方の闇を凝視した。


「出たな……!大ネズミだ!」


 サーロもそれを見た。

 確かに巨大なネズミであった。

 その体躯はまるで熊ほどもある。

 両手に抱え、コリコリと音を立てて貪っているのは何かの動物──あるいは、人間の頭蓋骨のようだった。

 大きく張り出した前歯と爪が剣呑に尖り、サーロはこのネズミが多くの人間を殺傷してきたという受付嬢の話が嘘ではないことを確信した。


「俺がいただく!」


 シンドバーグはサーロを押し退け、黄金の剣を抜いた。


「あ、この!」


 サーロも剣を抜こうとしたが、シンドバーグのハードなプッシングで体勢を崩し、片足を汚水に突っ込んでしまった。

 どろりとした感触がブーツの中に侵入し、そのあまりの不快感にサーロは鳥肌を立てた。


「あっ……くぅっ……!」

「フハハ!そこで見ていろ!ピエロめ!」


 シンドバーグは剣を大きく振りかぶり、ネズミに向かって飛びかかった。


「ゴールデンスラッシュだ!」


 金色の剣が振り下ろされ、大ネズミの肩口にべチンと当たった。

 ネズミは短い鳴き声を上げ、倒れこむ。


「な!?」


 サーロは瞠目した。

 虚をつき、渾身の剣を振り下ろしたはずが、一撃で敵を斬り裂くことができなかった、シンドバーグのその攻撃の脆弱さと拙さにである。

 腕力が足りず、攻撃にまるで腰が入っていない。

 つまるところ、修行不足である。


「見たか!」


 シンドバーグは勝ち誇った。

 大ネズミを退治したのだから当然である。


「あっ、し、しまった……!」


 ここでサーロもようやく状況を理解した。

 どのようなショボ攻撃であってもシンドバーグが大ネズミを狩ったという事実は、サーロのパーティー追放を意味するのだ。

 

「バカな……!?俺はピエロか!?」

「ハハハ!そうだ」


 シンドバーグは剣を納め、ふんぞり返った。

 そして親指で地を指し、悪辣な笑みを浮かべる。


「お前、クビだから」


 

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