俺がクビ!?パーティー追放の罠!

「お前、クビだから」


 突然の宣告である。


「な!?」


 サーロは瞠目した。

 クビとは何か。

 すなわち、パーティーを追放されるということである。


「バカな、この……俺が……!?」


 あまりにも唐突な話で、サーロは膝から崩れ落ちそうになる。

 クビ?

 自分に何かしらの落ち度があったのだろうか?

 記憶を辿っても、それらしい失態に思い当たることはできなかった。


「ってーわけで、今日から俺がこのパーティーを率いるからよろしく」

「ま、待て!」


 サーロは慌てて叫んだ。

 地位や名誉に恋着するような未練がましい真似は男のプライドが許さないが、今回ばかりは別である。

 非があるならば、認めよう。

 それは恥ではなく、人生における成長のチャンスなのだ。


 だが。


 まずはどうしても、確認しなければならないことがあった。

 重要なことである。


「お前──誰だよ!?」


 時を戻そう……


◆◇◆


 神の見捨てた街アブロジアでの血の匂いが漂うかのような危険なクエストを無事にこなして、全員が五体満足に帰還したアル・セフドの街。

 手に入った報奨金で豪華に昼飯でも──という刹那的な浪費衝動に全員が駆られ、街一番と噂されている高級料理店ヤク・ムスニルで注文待ちをしていたときのことである。

 眩く輝く金色の鎧に身を包んだ中肉中背、金髪碧眼の若い男が、サーロたちの席に強引に割り込んできたのである。

 そして、呆気に取られていたサーロを指差し、したり顔で言った。


「お前、クビだから」


◆◇◆


「割と回りくどく回想してみても、わずか10行ほどだが──!」


 サーロは歯を食いしばった。


「それでいて、この唐突な謎展開……本当に誰なんだ、お前は……!俺は、なんというか、未だ味わったことのないサイコじみた恐怖に、なにやら背筋の凍る思いだが!」

「俺は黄金騎士シンドバーグ」

「黄金騎士──だと!」


 燦然たるその名。

 銀でも銅でもない。

 とにかく手強そうであることは間違いない。

 サーロは素早くイノール、ツクシ、ヨーコを見回す。

 ひょっとすると名うての冒険者かもしれないと思ったからである。

 しかし、全員が首を振った。

 その意味するところは何か。

 誰も彼を知らないということである。

 やはり、この男は初対面であり、謎の第三者に過ぎないのだ。


「お前──まさか隠しキャラか!?」


 どこで出現フラグを立ててしまったのかは皆目見当がつかないが、そうとしか思えない。

 しかし、ここまで傲岸不遜な、学校におけるカースト上位キャラのパーティー加入などサーロにとっては地獄の沙汰である。

 可愛い女の子を、強引かつ手当たり次第にサークルに勧誘するパリピ先輩の姿を重ね合わせ、壮烈な殺意の念に駆られたサーロは思わずサイキックブレイドに手をかけた。


「黄金騎士よ、お前の狙いはなんだ?理不尽と悪逆なナンパ行為とはダンコとして戦う所存だが!」

「お前、クビだから」

「それは先刻も聞いた!まるで壊れた玩具のように……お前、どうした!?」


 こうなると、もはや理屈ではない。

 理屈が通じないのであれば狂気でしかない。

 サーロの心には、いつのまにか、シンドバーグに対する恐怖よりも、一種の憐憫と慈愛の気持ちが芽生え始めていた。

 人は誰しも心に傷を抱え、自暴自棄になる時があるものだ。


「シンドバーグ、何が──何があった?何がお前をそこまで追い詰めたのか?話してみてくれ、俺でよければ……力になるぞ」


 追い詰めてはいけない。

 全ては時代と社会のせいである。

 サーロは優しい声をかけた。

 父のように、兄のように。

 しかし、そっと肩を抱こうとしたサーロの手を、シンドバーグは強く振り払った。


「そこまで言うなら、俺と勝負だ」

「そこまで言ってもいないが!勝負だと?」

「負けた方が追放な」

「な!?」


 そもそも加入すらしていない人間と、何故、追放をかけて勝負をしなければいけないのか。

 そして結局、彼は何者なのか。

 サーロは激しく混乱し、動揺したが、そんな彼を庇うようにツクシがシンドバーグの前に立ちはだかった。


「ちょっと!どういうことですか!」


 未知の狂気に翻弄され、SUN値を削られたサーロは、すがるような目でツクシを見る。

 その可愛らしい頬に何度もキスをしてやりたいという思春期じみた激しい衝動に駆られたが、相手の同意なしにそれを行なった場合は淫獣のレッテルは免れまい。

 サーロはサイキック戦士なのだ。

 決してエロティック紳士ではない。


「ご主人様はピエロですが、私たちにとっては大事な──!」

「金ならある」

「おかえりなさいませ♪ご主人様」

「な!?」


 あまりにも素早い反駁である。

 絆は脆くも崩れ去り、その体を砂漠に横たえて砂塵に埋もれてしまったのだろうか。

 しかし、サーロはショックを表に出さないように、あえて陽気に振る舞った。

 そう、これは何かの冗談なのかもしれない。


「オ〜イオイ!ツクシちゃんってば!ご主人様は俺だろうが!ダメじゃ〜ん!」

「元ご主人様……ひどい、私、モノじゃありません……ぴえん」

「涙……!そうだ……すまない、俺は、配慮が足りなかった……!」


 反省しきりである。

 サーロは、がっくりと自己嫌悪にうなだれた。

 勢いに任せていたとはいえ、所有権を主張するなど、まるでツクシの人権を否定したかのような発言をしてしまったことに、自らがショックを受けたのである。

 心の根底には、メイドという存在に対して、隷属を強要するような職業蔑視があったということなのだろうか?

 もしそうだとするならば、それを絆と呼ぶのは、あまりにも傲慢な自惚れであると自戒せざるを得ない。


「俺はピエロの星か!?」

「落ち着け……お前はピエロだが、戦士でもある」

「戦って勝てばいいのです」

「お前たち……」


 ヨーコとイノールの慰めの言葉に、サーロは顔を上げた。


「な!?」


 サーロが瞠目したのも無理はない。

 二人はすでにシンドバーグに寄り添うように立っていたのだ。


「お前たち……!すでに俺を見限ったというのか!?全ては金か!?」

「はい」

「正直だな!?」


 正直は美徳である。

 そして、経済力も力のひとつであることは否定できない。


「で、勝負するのか?」


 シンドバーグは勝ち誇ったようにテーブルに足を乗せ、ふんぞり返り、笑う。

 サーロはその浮かれきった態度に耐えがたい嫌悪感を覚え、かたく拳を握りしめた。


「受けて立つ、黄金騎士シンドバーグ」

「ハハ、吠え面かかせてやる」


 シンドバーグが立ち上がって、二人は至近距離で視線を交わし合った。

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