風よ吹け!サイキックハリケーン
なぜ、過去のことを急に思い出したのだろうか。
自らに向かって突き出された刃の数々を眺めながら、サーロは考える。
この状況に対する一つの天啓なのだろうか。
「やってみるとしよう」
千変万化の生命波動。
それを利用すれば、あるいはこの場にいる誰の命も奪わずに済むかもしれない。
なるべく、人を傷つけることはしたくなかった。
他者からは甘い考えだと叱責されるかもしれないが、そんなことは知ったことではない。
誅するのは人ではない。
悪心なのだ。
「俺の生命の乱流を──今こそ見よ!」
サーロはサイキックブレイドを天に向かってかざした。
それを宣戦布告ととらえた暴徒たちが、暴力と血を求める狂気に駆られて襲いかかってくる。
「滾る滾る、んぬ!ハァァァァァァ!」
サイキックブレイドを中心に生命波動が渦巻いた。
それは風を呼んだ。
風は逆巻き、拡大し、暴徒たちを包んでいく。
そして。
爆ぜた。
「サイキックハリケーンだっ!」
咄嗟に思いついた名前だったが、わかりやすい上にカッコ良すぎるという自画自賛に浸るのも悪くはないだろう。
凄まじい波動が竜巻となってうねり、大地から噴き上がる。
まさにハリケーンである。
「おっぱああああああっ!?」
「あきゃああああああっ!?」
暴徒たちはその力の奔流に次々と飲み込まれていった。
サイキックスラッシュに比べて、広範囲を巻き込む分、殺傷力は低い。
しかし、暴徒たちの武器、衣服の全てを剥ぎ取るには十分であった。
砂塵が舞う。
暴風が吹き荒れる。
まさに嵐。
その嵐が過ぎ去った後。
そこには、全身すっぽんぽんになった暴徒たちが、呆然と立ち尽くしていた。
武器、衣服、そして戦意。
全てが、天に向かって吹き飛んでいったのである。
サーロは掌を顔の前にかざす例のポーズを決めた。
だが、同じ台詞では決まらない。
しばらくそのまま考えた後、紡ぎ出した言葉は──
「今宵、慚愧の涙を流せ……」
完璧である。
慚愧という言葉がとりわけ知的な上に、秀逸な神秘性を持つように感じていた。
物言わぬ柱のように並び立つすっぽんぽんの男たちを後に残し、サーロは踵を返して、商会へと戻った。
「見たか、皆……」
思わず、聞いてしまう。
よくないことだと分かってはいても、手に入れた新スキルを女の子たちに自慢したくなってしまうのは、卑小な自己顕示欲なのだろうか。
思春期の青年ならば、致し方ないことではある。
惚れられるのは罪ではなく、惚れた方の負けなのである。
「見ました」
全員がうなずいた。
「見たか……見てしまったというのか」
「すっぽんぽんでしたねぇ」
「そう、有り体に言えば……フルチンだった……」
「──そこじゃないっ!」
サーロは歯を食いしばり、拳を握りしめた。
見て欲しかったのは男たちの裸身ではない。
「そこじゃないのだ──俺の新スキル、サイキックハリケーンのことなのだが!」
「うん、まあ」
「いいんじゃないですか」
「そうだな……」
「え、反応薄ぅ……俺はピエロなのか……?」
予想外の弱リアクションにサーロは打ちのめされそうになる。
よろめくサーロに、チューバが椅子を用意して、座らせてくれた。
第三者の優しみが沁みた。
「お疲れさん」
「ありがとう。見てくれ、膝が震えている……男の滾り、熱きホトばしりというか、うむ、つまりは濃い生命波動を大量に、ドピュッと放出したせいだ」
「だが、すっぽんぽんの男たちにああも店の前に立たれちゃ迷惑なんだがね」
「それは、すまん……まさか、ああも全員がすっぽんぽんになるとは思っていなかったのだ……まるですっぽんぽんの品評会、フルチンの朝市だ……そしてなぜ、あいつらはずっと立ったまんまなんだ……怖い、俺は──怖い」
「茫然自失ってやつかなぁ」
「このことが引き金で、奴らが大衆の面前で局部を露出するという新たな性癖に目覚めてしまったのではないか、と、僕は冷や冷やしています」
「なあに、あいつらは変わりやしねぇよ。我に返ったら今度はパンツを略奪しに行くだろうぜ」
へへん、と鼻を鳴らすチューバは、どこまでも冷淡であった。
「ようするに、獣はずっと獣さ」
サーロは沈痛な面持ちで俯いた。
チューバの言う通りなのだろうか?
そうなのだろうか。
悪人はずっと悪人だと。
人の心を信じるのは夢想家のすることなのだろうか。
おそらくは、チューバの方がサーロよりもはるかに多くの人間に接し、その数だけ人間に失望してきたのだろう。
彼から見れば、サーロはまだまだ人生経験の少ない、駆け出しの童貞でしかないのである。
しかし。
しかし、イノールは、人を信じることを忘れるなと言う。
世界でただ一人になっても。
ならば、そうあるのが自らの使命だと、そう自惚れることができるのも転生者の特権ではないか。
「獣にだって心はある」
サーロは自らに言い聞かせるように、そう呟いた。
「俺は信じるのみ」
辛いことではある。
だが、それは自らのこの世界における責務であるとさえ感じていた。
前世ではなにも信じてはいなかった。
今度は違う生き方をしたい。
サーロが腰を上げ、商会を出ようとした、その時である。
一人の男が、ドアを開けて入って来た。
「お、お前は……!」
サーロは身構えた。
そいつは、アブロジアの街に入った時、一番最初に金を要求してきた男だったのだ。
「どうも」
だが、その時とは様子が変わっていた。
奇抜だった髪型はつるりと剃り上げられ、身なりも薄衣の袈裟のような小ざっぱりとしたものになっている。
人相も、まるで憑物が落ちたかのようにさっぱりとしていた。
男は近付き、ニコリとサーロたちに穏やかに笑いかけ、静かな声で挨拶をしてきた。
「こんにちは。私を覚えていますか」
「う、うむ……」
「その節は失礼しました」
「……な、何があった?助けが必要か?相談に乗るが!」
そのあまりの変貌ぶりに、サーロは動揺し、思わず気遣いの声をかけてしまった。
しかし、男はゆっくりと首を振った。
「いいえ、もう、助けてくださいました」
男は澄んだ瞳で、ふたたび穏やかな笑みを浮かべる。
「ど、どういうことだ……!」
「皆様のお言葉で、私は変わりました。これよりは心を改めて生きていく所存です」
「な…!?」
サーロは言葉を失い、茫然と男を見つめた。
代わりに、ヨーコが男の前に立つ。
「これからどうするのだ……」
「はい──世直しの旅へ!」
男は、溌剌と、そう言った。
その口振りは、まるで少年のような純真さに満ちている。
ヨーコも優しく微笑む。
「過酷な旅だと、そう言ったはずだ……それでも行くのだな……」
「はい!」
「そうか……」
「獣としてではなく、人として生きていくことに決めました」
男は深々と頭を下げ、そして、静かに商会から出ていった。
しばらく、誰も口を聞かなかった。
気がつくと、サーロは泣いていた。
(あれ!?)
自分でも、なんの涙かはわからない。
何が悲しいというのか?
いや、悲しいことなどない。
だが、涙は止まらないのだ。
そして、チューバも泣いていた。
「見える……豊饒な海が見えるよ」
チューバはそう言った。
海。
心の海。
サーロは深く頷く。
彼にもそれが見えたのである。
優しく凪いだ金色の海が。
「これが人の心なのだ……これで俺はまた人を信じることができる」
感動に打ち震えるサーロ。
その背後では、女たちが今回の報酬を三等分にしてそれぞれの懐に入れていたが、当然、気付くものではない。
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