師の教え!サイキックパワー
多勢に無勢という言葉がある。
今のサーロはまさにその状況だった。
しかし、心は不思議と落ち着いていた。
そして、過去を思い返していた。
◆◇◆
五年前のことである。
この世界に転生した後、サーロはサイキック戦士としての研鑽を積むべく、カン・ゼンモーター道士のサイキック道場で修行に励んでいた。
道場とはいえ、門下生は彼一人である。
サイキックは生まれつきの資質がものをいう。
生命波動の多寡はもちろんのこと、それを使いこなすには凄絶な修行を要するため、忍耐、克己心といった精神面での充足も不可欠なのである。
2回目の人生を迎えたサーロは、年少であっても、それを理解する思考はすでに確立されていたため、まさに心身ともに有望な資質を備えていたといえる。
サイキック戦士の純粋な血統。
それがもはやこの世に廃れたと考えていたゼンモーター道士はサーロの弟子入りを喜んで迎えたのである。
厳しい修行の数々は、サーロの体と心を鍛えあげ、少年を男へ、男を戦士へと変えていった。
こうなると、サーロもさらに修行に身が入ってくる。
毎朝のステータスオープンで昨日よりも確かに上がっている自らの能力を確認し、また修行に打ち込むのである。
数値化され、目に見える成果というのは、向上心を持つ戦士にとっては、まさに理想的な循環といえるであろう。
そんなある日。
サーロは、朝の日課をこなしていた。
まず、地に立てた卵。
その上に人差し指を乗せ、そこだけを支点に逆立ちをする。
当然、卵を割ってはいけない。
人差し指だけで全身を支えるという身体バランスと肉体の強化はもちろんのことだが、その状態で最も重要なのは、重心を動かさぬよう、心を無にして精神を研ぎ澄ませることである。
ゼンモーター道士が、穏やかな顔でそれを見守っていた。
道場の池の、鏡のように澄んだ水面に落ちた一枚の木の葉。
その上に爪先で立ちながら、である。
凄まじきはそのバランス感覚。
物理の法則を無視しているかのような軽空の法。
道士は問う。
「水、もとの場所にあらず。また、同じからず。如何なるや」
サーロは姿勢はそのままで、瞑目し、答えた。
「生命波動、それはすなわち水……」
流れゆくもの。
「大いなる生命のストリーム、それは奔流となり、この星を駆け巡ります。しかし、単なる循環ではなく、創世の息吹を運ぶ母なる命脈に帰すが如し。旧世界の破壊は新世界の胎動であり──」
「ちょ、ちょ、長いって……もっと短くまとめてよぉ〜ん」
齢九十九。
来年の春には百歳を迎えるサイキック道士ゼンモーター。
そのおねだりに、サーロは深々と頷く。
いかに理解を深めたと自負していようとも、それを簡潔に説明できないということは理解していないということに等しい。
道士はそれをサーロに教えようとしているのだ。
「水は常に同じものではない──ということ、でしょうか?あれ?さっきと同じこと言ってるかなぁ……でも他に言いようがないし……」
悩む。
だが、答えは無い。
もはや、答えが無いことが正解のような気さえしてきた。
「もう、わかんないっすわ」
正直に伝えた。
正直であること、それは美徳である。
「ならば教えよう」
道士を中心に、池に波紋が広がった。
波紋は次々と生じ、湖面が揺れる。
やがて、池はザアザアと音を立てて大きく波打ち始めた。
だが、驚くべきは、ゼンモーターが身動ぎ一つしていないということである。
「な!?」
サーロは目を見開く。
風もないのに木の葉が舞い始めた。
地が大きく揺れる。
サーロが指を乗せていた卵が突然、内部からくしゃりと割れ、彼は頭から地面に落ちた。
恐るべし、サイキックパワー。
恐るべし、ゼンモーター。
彼は、ここまで、全く動いていない。
「生命の波動、水の如し。見よ、気の流れはいかようにも姿を変える」
「これは……!」
「忘れることなかれ。サイキック戦士の可能性は無限……」
大地の鳴動がやんだ。
「無限ーーーィァッ!ハイッ!よっこらしょ!」
拳を振り上げての絶叫。
唯一無二のサイキック道士、ゼンモーター。
その声は世界を揺らすような威厳と迫力に満ち溢れていた。
「師……俺はなんというか、今、信じられない体験をしました……師に比べれば、まるで俺はピエロです」
サーロは感動のあまり、地に額を擦り付けるようにしてその姿を拝んでいた。
奇跡を見た。
そして、自らの進む道の可能性を。
「ホッホッホ……朝飯の支度をしなさい」
ゼンモーターは優しく言った後、軽快な音を立てて放屁をした。
◆◇◆
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