無法の街!お前たちの罪を数えろ

「よく来たなぁ……へっへ、ここがアブロジアの街よ」


 街に入ったサーロたちを出迎えたのは、髪を中心だけ残して剃り上げたような突飛なヘアスタイルの大男であった。

 獣の皮を肩に掛け、いかにも凶悪そうな本性を隠そうともしない。


「さ、その背負ってる荷物と身につけてるもん──全部置いてってもらおうかぁ!?」


 大男はナタを重ね合わせたように分厚い刀身を持つナイフをチラつかせながら、迫ってくる。

 無論、追い剥ぎ、賊の類であることは言うを待たない。


「なるほど、ギルドに依頼が来るわけだ」


 ここまでの道中においてはまったくと言っていいほど妨害が無かったので、サーロは内心で拍子抜けしていたが、どうやら荷を依頼人の元へ無事に届ける依頼はここからが本番ということのようだ。

 行き交う人々もこの状況を見て眉一つ動かさないところを見ると、このような掠奪行為は日常茶飯事に行われていると考えて間違いない。

 秩序や平和という言葉は、この神に見捨てられた街のどこを探しても見つからないだろう。


「ヒョ〜ッ!おいおい!後ろの女たちはなんだ!かわい子ちゃんばっかりでねえか!」


 男はサーロの後ろの女性陣を見て、奇声を発した。


「俺といいことするか!?」

「いいこと?」

「オッホホ〜!アレに決まってるだろぅがヨォ〜」


 男が腰をクイクイと前後させて何事かをアピールした。

 しかし、ツクシはキョトンとして首を傾げる。


「いいことのアレってなんですか?ヨーコさん、わかりますか?」

「世直し旅のことだ……」


 神妙な面持ちでヨーコは答えた。


「今時、奇特な男だ……修羅の道を行くという……」


 そう、世直しとは、果てしなく続く旅である。

 人の心から悪が消えることはなく、その絶え間ない誘惑に自らも打ち勝たねばならない。

 ともすれば、悪の対義語は善ではなく、克己ということになるのだろう。

 己に克つのは、悪魔と戦うよりも難しい。

 なぜならば相手が己である以上、文字通り、常に共にあり、死ぬまで戦い続けなければならないのだ。

 

「闇も光も見つめなければならぬ……」


 闇が深ければ何も見えないのと同じように、光が強ければ、これも何も見えなくなってしまう。


「求道者よ、汝の旅に幸あらんことを……」


 男はポカンと口を開けて聞いていたが、イノールもツクシも頷いた。


「なるほど、私たちは同行できませんが、応援しておりますよ」

「頑張ってくださいね!やれば、できる!」

「お、おう……」


 人生における教訓を得たのだろうか。

 こちらを追うこともなく、茫然と立ち尽くす男を残して、サーロたちは荷受けの目的地、オルモネンコ商会へ向かった。

 すると、また一人。


「待ちやがれ!」


 サーロたちの前に立ち塞がるものが現れた。

 今度の男は、体躯は先ほどの男に比べて小さいが、髑髏を模した仮面を被っており、その仮面から覗く瞳は爛々と狂気に滾っていた。


「へ、金目のものを置いていきな」


 鼻先に血錆に汚れた手斧を突きつけられながらも、サーロは首を振った。


「哀れ、欲望の獣か……今宵、死神の掌の上でダンスするか!?」


 そう言って、サイキックブレイドに手をかけようとした、その時。


「あ、あはぁ〜ッ!?」


 突然、情けない奇声を発しながら、仮面の男はしなしなと地にくずおれた。

 全身の力が抜け、弛緩しきったゴム紐のような無様な姿に、サーロは慄いた。


「ど、どうした……しっかりしろ!」


 追い剥ぎ相手にしっかりしろと言うのも不思議なことである。

 そうは思いつつも、あまりにも急な事態に頭が混乱していた。


「弱体魔法です」


 と、イノール。

 振り返ると、彼女の指先が宙に小さな光陣を描いていた。


「全身の筋肉が弛緩するだけです」

「命に別状はないのか!?随分とこう──ピクついているが!」

「さあ……」

「そうか、これが因果応報か……餓えた狼の牙は俺たちに届かなかったようだ」


 無情ではあるかもしれない。

 しかし、場合によってはこちらが命を奪われていたのかもしれないのである。

 この街では誰もが牙と爪を持つ狼。

 弱ければ淘汰されるのは自然の掟なのだ。

 サーロは、まるで昆布の精にでも変じたかのようにぐったりと横たわる男の手から手斧を取り上げ、遠くへ放り投げた。


「地に伏せている時間だけ、己の罪を悔いるがいい」


 もはや、慈悲である。

 サーロは衆生を救う宿命を負うているわけではない。

 しかし、この世に生まれた以上は、少しでも良い世界であって欲しいと、そう願うのは、あるいは転生者の傲慢なのだろうか。


「行こう。戦いは終わった」


 始まらずして終わった。

 ある意味、理想的な決着と言えるかもしれない。

 サーロたちは再び歩き出した。

 その距離、およそ十歩。

 すると、再び行く手を遮るものが現れた。


「オラッ!金をよこせ!」


 右目に眼帯をした荒くれ男が、剣を構えてそう叫んだ瞬間である。

 ツクシの手が素早く動き、その口中に黒い丸薬を放り込んだ。


「あがっ!?」


 男はそれを嚥下すると、すぐに喉元を押さえて倒れ込み、足を何度かばたつかせ、ついには動かなくなってしまった。

 サーロは慌てて男に駆け寄る。


「おい!まさか、死……!?」

「その毒では死にませんよ」

「しかし、息をしていない……!」

「息が止まる毒ですもん」

「それはつまり死では!?」

「3日後に蘇生します」

「仮死……!悪くないだろう」


 サーロは安堵した。

 しかし、このまま3日間を野晒しのままにしておいては命が危ういだろう。

 止むを得ず、サーロは建物の陰まで男を引きずっていき、そこに積んであった藁を被せてやった。


「これで良い……人の心を思い出せ。束の間の甘い夢の中でな……」


 そして、また歩き出す。

 しかし、またしても新たな刺客が現れた。

 今度は長髪でチャラそうな、童貞の最も嫌うタイプの男であった。


「ねえ彼女──」


 完全にナンパである。

 しかも、おそらくはヤリモクである。

 サーロの中に、明確な殺意が湧いた。

 だが、チャラ男が、女を口説く甘い言葉を舌に乗せる前に、それは起こった。

 艶のある長髪がうなじからバサリと落ち、男は見事なおかっぱ頭になってしまったのである。


「な……!?」


 ヨーコの腰の辺りで、チン、と刀を納める音がした。

 しかし、刃はおろか、抜く手も見えなかった。

 サーロと男は驚きのあまり、地に落ちた髪を見つめたまま、しばらく互いに呆然と立ち尽くした。


「ヒ、ヒィーッ!」


 突然、男は悲鳴を上げ、慌てて逃げ出した。

 サーロはその無様な後ろ姿を見て、ようやく己を取り戻し、拳を握りしめる。


「ざまぁ!カッパ野郎!ケツでも洗え!」


 慈悲はない。

 この世の傍若無人なナンパ男のせいで、何人の内気な男が彼女もできずに暗い人生を歩んだことか。

 童貞にとっては、魔王や邪神よりも遥かにタチの悪い存在である。

 長年にわたるパリピやチャラ男への怨嗟と憎悪の念に対して幾分かの溜飲を下げたサーロは、三跪九叩頭の礼でヨーコに心からの感謝を捧げた。


「さすがだ、ヨーコ。あいつ、まるでピエロだったな」


 だが、ヨーコは首を振った。


「あいつは確かにピエロだが、童貞ではない……お前の負けだ……」

「な!?」


 立ち尽くすサーロを残して、パーティーメンバーは歩き出した。

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