初クエスト受注!我らに敵なし

 デーモンロードの居城を隅から隅まで散々に捜索した結果、手に入ったのは拍子抜けするほど、わずかばかりの金だった。

 ツクシが玉座から力づくで穿り出した宝石、由緒ありそうなタペストリー、銀の燭台など、金に変えられそうなものは全てを手押し車に積んで骨董屋や質屋に持ち込んだが、どれもさして値打ちのあるものではなく、二束三文にしかならなかったのである。

 デーモンロードはどうやら奪うことだけにしか執着がなく、その価値などについては無頓着だったようだ。


「フンパンものだな……!」


 サーロたちの落胆は大きかったが、それでも幾らかの金は手に入ったので、ようやく彼らはギルドの会員証を手に入れることができた。


「はい、こちらでエントリー完了です」

「これで俺たちも晴れてギルドの一員だが!」


 その会員証を頭上に高々と掲げて、サーロは気を吐いた。


「いかなる暴龍だろうと破壊神だろうと、刹那的にホフる無限力が今の俺たちには宿るかとも思う……!危険度ブッチギリのA級クエストを今こそ頼むぞ!」

「まずは初心者ランクE級からですね。では、クエストを選んでください。今の依頼は3件ですね」


 受付嬢は掲示板を指差した。


「こ、これは!」


 そこには──



①下水道に発生した大ネズミの駆除


②アブロジアの街への物資搬入


③幻の食材、仙人キノコを探せ



 受付嬢の言葉通り、3件の依頼が貼りだしてあった。


「な!?」


 サーロは瞠目した。

 彼らは先日、悪魔の王デーモンロードを討伐した武闘派パーティーである。

 それが、今日はどうか。

 ネズミ退治やキノコ探し、一般人にでも下請けに出せるような、俗に言う「おつかいクエスト」程度の依頼しかないではないか。


「俺たちはピエロか!?」


 屈辱と落胆が言葉となってほとばしった。

 勇士の慟哭、これにあり。

 しかし、彼以外のパーティーメンバーは全く意に介していないようだった。


「落ち着け、ピエロはお前だけだ……」

「どれも楽そうでいいではないですか」

「ご主人様、私、アブロジアの街へ行きたいです!ショッピング♪」


 この温度差である。


「な、なんだと……」


 サーロは呻き、後ずさった。


「狂っているのは──俺だというのか!?」


 価値観の隔たり。

 それは、感情の齟齬を生む。

 悲劇の始まりでもある。

 連帯や協調といった集団行動に不可欠なものは、全て感情の共有にあるのだ。

 共に泣き、共に笑う。

 それ以上の団結があるだろうか?

 サーロはパーティーメンバーとの軋轢を避けるため、深呼吸をひとつした。

 そして、蓮の花の上に立つ仏のような古拙的微笑を見せる。

 そう、今は戦士の感傷など、金にはならない。

 どのような些末なおつかいクエストであれ、こなせば金にはなるのだ。

 金があれば美味いものが食え、良い宿で体を癒すことができる。

 それは何も悪いことではない。

 その真理に気付かせてくれた仲間たちに、心からの感謝を伝えたい気持ちにまでなった。


「よいだろう──ツクシの言葉に従い、アブロジアの街に行くとするか」

「わーいっ、ご主人様、大好き!」

「な!?大好きだと!?」


 サーロは天地が鳴動するような自らの鼓動の音を聞いた。


 『大好き』である。

 メイドによる『大好き』なのである。


 それはこの世の森羅万象あらゆるものの中で、最上級の価値を持つ言葉である。

 ましてや、それがツクシのような可愛らしい娘から発せられたものならば尚更である。

 生命の力を活性させ、更に増幅させるような、熱い血潮の奔流が全身に漲るのを感じ、サーロは血が出るほど固く拳を握りしめた。

 叶うならば、『大好き』の言葉が発せられたこの空間を、誰の侵入も許さぬように丸ごと密閉し、人類の宝として恒久的に保存しておきたいという強い衝動に駆られた。


「いいってことよ」


 あからさまな照れ隠しをする自らを滑稽に思いはしても、他にどうすることもできない。

 「俺も大好きだよ」という、栗羊羹のように甘い言葉を囁いてやるべきなのかもしれないが、それはサーロにとってはあまりにも高度な男女の駆け引きである。


 サーロは受付嬢へ依頼を受ける旨を伝え、意気揚々とクエストへ出発した。

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