ギルドデビュー!冒険者の魂の叫び!
その事件はアル・セフドの街で起こった。
ことの発端は質屋に流れたヨーコの刀を買い戻したところからである。
「武士の魂を買い戻せてよかったなぁ。どうやって金を工面したのか知らないけど」
サーロの言葉が聞こえないのか、ヨーコは無言で刀を腰に差す。
彼女はどことなく不機嫌そうに見えた。
女の不機嫌は様々な意味を持つ。
サーロはあえて追求は避けることにした。
危機を回避する本能的な意識が働いたのだ。
代わりにイノールが答える。
「勝負下着を売ったのですよ」
「へぇ、返品できたんだァ」
「使用済みでしたので新品よりも高く売れました」
「な!?」
需要と供給のバランスは市場経済の根幹である。
万人の共感を得る嗜好とは言い難いが、需要は需要なのだ。
イノールは優しい微笑みとともに、懐から取り出したタバコに火をつけて、それをうまそうに吸った。
聖職者だからといって喫煙を禁じられているわけではない。
喫煙は不健康ではあっても不健全ではないのだ。
趣味や嗜好とは善悪で語れるものでもない。
「ご主人様、それでも今日の宿のお金がありません」
ツクシが言う。
「どうしましょう。強盗でもしますか?」
紛れもなく強盗は犯罪である。
法を犯すことは主義主張に関係なく悪である。
毒メイドによる悪の道への誘いは人生崩壊の序曲か。
「その発想、そして提案への躊躇いの無さ……お前は犯罪者予備軍か!?俺は背筋の凍る思いだが!」
「え?私のいう強盗っていうのは罪もない人を武器で脅してお金をもらうことですけど?」
「……そうだ!間違ってはいない」
強盗という行為に対する互いの認識に相違は無い。
隔たりがあるのは倫理観である。
サーロはその隔たりが消えることは終生無いであろうことを察した。
それを確かめられただけでも価値のある会話だったのだろう。
「だが、悪事を働くのはダメのダメのダメだ。信念や正義を捨てては、俺たちはただのデストロイヤー」
「じゃあ、どうするんです」
「金がないなら稼ぐまで!そうだろう?金なんていくらでも世間にはあるのだから。今はたまたま俺たちの財布の中にないというだけのことで」
「どのような金策があるのですか?」
サーロはニヤリと不敵に笑った。
今朝、食べたキャベツの切れ端が歯に挟まっていたが、誰も指摘しなかった。
「ギルドだ!」
◆◇◆
「そして、ここがギルドだ!」
サーロ達は街の中心にあるギルドの管理センターに入った。
「いらっしゃいませ」
半獣人の受付嬢はにこやかにサーロ達を迎えた。
利用するのは初めてだが、ギルド素人だと侮られては男の沽券に関わる。
ということで、サーロはあくまでも強い態度に出ることにした。
カウンターに片肘をのせ、ギラついた視線を送る。
歴戦のツワモノを演出したのだ。
「おい、依頼を受けたいのだが!」
サーロは押し潰したような低い声を出した。
しかし、それを意に介した様子もなく、受付嬢はそのにこやかな態度を全く崩さなかった。
「では、会員証の掲示をお願いいたします」
「会員証だと!」
「ギルド公認の冒険者であるかどうかを確認させていただく必要があります」
「そう──確かにそうだ。それは必要なものだ。しばし待たれよ!」
サーロは振り返り、パーティーメンバーと円陣を組んだ。
「この中で会員証を持っている者はいるか?俺はないが!」
「あーん、持ってませぇん」
「私もです」
「ない」
「なるほど」
道理である。
初めて訪れた場所の会員証など持っているはずもない。
光に手を伸ばしても、それを掴めないのと同じである。
夢追い人か?
人は誰しもそうである。
サーロは振り返り、受付嬢に微笑みかけた。
「会員証は……ない」
「ありませんか」
「ない。無には無しかないということだろうか?どこを探そうとも常に虚無の深淵が横たわるばかりだ。だが、我々は皆、腕に覚えあり」
「では、会員証を作ってください」
「すぐ作れるか?」
「手数料と年会費を前払いでいただきますが」
「前払いか。確かにそうだ。それが真っ当だ。だが、しばし待たれよ」
サーロ達は再び円陣を組んだ。
「なんと、前払いの手数料と年会費が必要だという。この中で預貯金、ヘソクリ、政府からの一時支援金を有している者はいるか?」
「すっからかんですぅ」
「私もです」
「ない」
「なるほど」
金がない。
だから、金を稼ぎに来たのである。
その真実を見失うところだった。
サーロは再び振り返り、受付嬢に微笑みかける。
「金は……ない」
「ありませんか」
「まごうことなく、ない。ただ、どうだ。俺が思うに、金というのは概念。概念というのは幻想でもある。その幻には本当に価値があるのだろうか。あんな金属の塊を、稀有な宝のように信奉し、欲望の対象として奪い合ったりするのは、俺の目にはいささか滑稽なようにも見えるがな!?」
後半は感情が昂り、声が上ずったが、受付嬢は意にも介していない。
「では、お金を工面してまたいらっしゃってください」
「わかった!」
サーロは平然と、また溌剌とした顔で答え、踵を返した。
◆◇◆
「あーんもう、恥をかいたっ……!俺はダメかもしれん!」
サーロは両手で顔を覆い、天に向かって叫ぶ。
「会計する時にお金が足りなくて何も買えずに店を出た時みたいな感じ!恥ずかしい!めっちゃんこ恥ずかしい!穴があったら入りたいが、見回してみても現実にそんな穴は……無い!」
ギルドの受付嬢の柔らかい対応が、逆に鋭利な刃物となってサーロの心を傷つけていたのだ。
あの笑顔の裏で、あるいは世間知らずの駆け出しピエロだと思われただろうか。
わざわざ歴戦のツワモノぶったところもさらに痛々しさを倍加させた。
恥や屈辱といった感情は時として人を死に至らしめることもある。
サーロはまさに、致死量の羞恥に身悶えていた。
「でも、こんなところで穴に入ってたらもっと恥ずかしいですよぉ?」
「確かに、いい晒し者だ!」
サーロにもそれはわかっていた。
「だが今の俺にはふさわしいのかもしれん……」
「私たちが恥ずかしいです」
冷静なツクシの言葉だったが、そこでサーロはハッと目覚めた。
そう、人は己のためにのみ生きるのではない。
羞恥が感情である以上、それは意思によってコントロールできるはずだ。
恥を忍んで生きる。
それもまた人の道理ではないか。
サーロは僅かながらではあるが、生きる希望を取り戻した。
「しかし、金を稼ぐためにまず金がいるとはどういうことだ……!?」
続いて芽生えたのは怒りである。
何事にも金銭がついてまわる資本第一の社会の構造が、あまりにも理不尽なように思われた。
世の全てを動かすのは結局は金であると嘯くのは、悪魔の声なのだろうか。
それとも窮乏に喘ぐ卑屈な被害者意識が呼び込んだ幻聴なのか。
貧困は敵である。
そして、それは常に人生のかたわらにいる。
「俺はピエロか!?畜生!俺の金はどこだ!?戻ってこい!この世界のどこかにあるはずだが!」
サーロの地を揺るがすほどの慟哭。
何事かと観衆が少しずつ集まり始めていた。
地に伏せて身震いするサーロを、哀れむような目で見下しながら、ヨーコが答えた。
「そう興奮するな……お前はピエロだが、取り乱したピエロはもっと見苦しいものだ」
あえて突き放すような物言いは彼女なりの優しさなのだろうか。
「金を稼ぐ方法など、いくらでもある……」
「たとえば!」
「たとえば強盗など、な……」
「ハイ、出ました。金欠→強盗。危険な思考回路は伝染するのだろうか?俺たちは獣の群れか!?」
「あるいは、武闘派としての覚醒……そのようにも考えられないだろうか……」
「武……!」
それは般若の心。
「しかし!武とは個人の物!武を振りかざして、果たして法と心の道は何処にあるか!?」
無法の地にも、雨は降る。
雨あれば、花は咲く。
豊穣は遥かに遠くとも、ひび割れた大地に清浄な水が湧くこともあるだろう。
つまり、サーロは、いまだに人を信じる道を捨てられないのである。
「法は人の決めるものです。心がそれを動かすのです」
イノールが珍しく僧侶らしいことを言ったので、サーロの表情はパッと明るくなった。
もう、一人ではない。
「いいぞイノール!人の世の尊さ、そして愛する心を、この犯罪者予備軍に説いてやるんだ!」
「私の心はこう言っています」
「その道やいかに」
「もう強盗しかないぜ、と」
「ンっほおおおっ……!?」
まさかの反逆である。
サーロは悶絶し、地に頭がつくほど仰け反った。
徳、孤ならず。
必ず隣あり、という。
だが、彼は孤立していた。
「俺の見渡す地平に今、遮るものはない。そうか、これが孤独か……」
「ピエロよ、慌てるなかれ……強盗とは便宜上そう呼ぶのみ……相手は選ぶ」
「相手を選べばいいってもんじゃない気がするが!」
「強くて悪い奴から奪えばいいんですよね?」
「たとえ相手が強くて悪くても奪えば俺たちが悪!」
「となれば、決まりましたね」
「決まった!?いつだ!?俺の時空は歪んでいるのか!?ぜひお聞かせ願おう」
3人の女が声を揃えて言う、その名は。
「デーモンロード」
魔界の公爵である。
地獄の盟主。
鮮血の王。
悪逆の化身。
その存在には次から次へと血生臭い二つ名がつく。
多くの命が奪われた。
夢も。
希望も。
命が紡ぐあらゆる光明が闇に沈んだのだ。
「相手にとって不足なし」
サーロの顔が戦士のそれに変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます